第19話 花火

「あっつ〜い」

 梅雨が明けた途端に猛暑だ。

「夏だもんね」

 真由美さんは、何故か涼しげに言う。

「真由美さんは、暑いの得意なの?」

「得意じゃないけど、夏は好きだよ。美樹こそ、夏が似合う気がするんだけど?」

「えっ、どのへんが?」

「明るくて元気なところ。だから周りも元気になる。例えるなら……」

 そう言って、少し考えてから

「ひまわりとか、花火とか?」

 と、付け加えていた。


 なんだか、こそばゆくて。

「なんか、丸いイメージ?」

 なんて照れ隠しで言ってしまったので

「あ、花火は好きだよ!」

 と、こちらも付け加えてみたら。


「花火かぁ、いいねぇ。行く?」

「えっ、行きたーい! どこの?」

「地元のやつなら、穴場があるよ。久しぶりに行くかなぁ」

「やった‼︎」


 思いがけず、夏の楽しみができた。


「真由美さん、浴衣着る?」

「あぁ、私、持ってないんだ。美樹は?あるなら着て!」

「真由美さんが着ないならいいや」

「えぇぇ〜美樹の浴衣姿、見たいなぁ。着付けしてあげるから、見せてよ」

 可愛いおねだりに、思わず頷いた。


 花火当日

 約束通り、浴衣を着せてもらって、真由美さんの地元へ向かう。

「髪はアップにする?」と聞くから

「ん~結ぶだけでいいかな」と答えたら、微かに笑ったのが見えた。




「真由美さん、見過ぎ」

「えっ、」

「ちゃんと前見て運転してください」

「ごめん、、だって、ポニーテールにするから」

「じゃ、ほどきますよ?」

「えぇー、安全運転するから、そのままでいて」

「わかったから、前見てー」


 安全運転で到着した場所は、一度来たことがあった。

「拓海くんのお店?」

「うん。海の方は、車は停めれなくなるから、ここに置かせてもらうの」

 居酒屋をやっている、真由美さんの従兄弟の拓海くん。

 一度目はお客として会ったから普通に接してくれたけれど、前回は真由美さんの恋人として挨拶をした。

 あまり話さなかったけれど、少し視線が冷たかったような気がする。


「こんにちはー」

 真由美さんは、元気よくドアを開け入っていく。

「おう、来たな。あ、いらっしゃい」

「お邪魔します」


「悪い、今ちょっと忙しくて。奥で寛いでくれてていいから」

「あれ?一人?」

「うちのが、具合悪くて。もう少ししたらバイトの子が来てくれるんだけど」

「え、千香さん、体調悪いの?ちょっと看てもいい?」

「あぁ、頼む!」


「じゃ、私、お店手伝います」

 と言うと。

「えっ?」

 拓海くんは、驚いて真由美さんの方を窺っていたけれど、真由美さんが頷いたのを見て

「じゃ、頼みます」と言った。



 手伝うと言ったけれど、常連さんが多いみたいで、あまりやる事はなかった。

 料理を運んだり、テーブルを拭いたり。

 あとは常連さんとお話をしたり。

「拓海、いつの間にこんな可愛い子雇った?」

「この子は、そういうんじゃないから」

 そうこうしてる間にバイトの子もやってきて。

 奥から真由美さんも顔を出した。


「拓ちゃん、千香さん疲労だと思う。今日はゆっくり休んでもらった方がいいよ。私もお店手伝うから」

「いや、いいよ。花火、行くんだろ?」

「大丈夫だよ」

 チラッと私の方を見た後

「後で、上貸して!」と頼んでいた。

 それから、私を連れて奥へ行って「ごめんね」と言いながら抱き寄せられた。

 え、こんなところで?

 驚いていたら違った!

「お店にいる間はポニテ禁止」と髪を解かれた。

「ん?」

「他の人に見せないで」と拗ねていた。


 暗くなり出した頃から、花火の人出もあり、お客さんが多くなってきた。

 時々、交代で休憩しながら、お手伝いをした。いつもは飲む側だけど、こういうのも新鮮でいいな。

 時々、酔っ払いに話しかけられ絡まれたりするけど、すかさず真由美さんが間に入ってくれて、いなしてくれる。さすがだ。


「そろそろ、いいぞ!」

 忙しさのピークが過ぎた頃、声をかけられた。

「そう?じゃ、美樹、こっち来て!」

 真由美さんは、私を連れて階段を登っていく。




「うわぁ、凄い‼︎」


 お店にいた時から、音は聞こえていたけれど。

 屋上に上がったら、目の前に大きな花火が上がっていた。

「ここ特等席じゃん」

「子供の頃は、ここでみんなで見てたんだよ」

「家族で?」

「そう、うちと拓ちゃんとこと、おじいちゃんおばあちゃんも。ま、大人は下で飲んでるだけだったけど」


「楽しかったよな」

 拓海くんが料理を持ってきてくれた。

「居酒屋メニューだけど」と言って。

「ありがとう」

「いや、こちらこそ。助かったよ。下に正樹来てるよ」

「え、お兄ちゃん?ちょっと行ってくる。美樹は食べてて!」


 真由美さんが降りて行っても、拓海くんはそこにいた。


 拓海くんと花火を見てもな〜と思いながらも。

 美味しいです。と言いながら料理を頂いていた。


「昔は、たくちゃんたくちゃんって、まとわりついてたんだよ」

 真由美さんのことだ。

「泣き虫だったな」

 懐かしむように話し続ける。

「あいつには幸せになって欲しい」


「私では、役不足ですか?」


「いや、それは俺が決めることではないけど」と言いながら、じっと海の方を見ていた。

 その後、「君は幸せか?」と聞いた。

 もちろん「幸せです」と答えた。


「・・・だったら、あいつも幸せなんだろう」

 と言って、ゴムを渡してくれた。

 カウンターに忘れてあったから。と。

「ありがとうございます」

 そう言った時、真由美さんが登ってきたのだけど・・・


 真由美さんは、浴衣を着ていた。


「拓ちゃんが電話してくれたの?」

「うん、まぁ」

 お兄さんが実家に置いてあった浴衣を持ってきてくれたらしい。


「真由美さん、綺麗です。ね?」

 最後の「ね」は、拓海くんに向かって言った。

「ん?あぁ」

 少し顔を赤くしてないか?


「あ、そろそろクライマックスじゃない?」

 花火の音が一段と大きくなった。

「あ、じゃ俺行くから」

 拓海くんは、降りていった。

 私は手にしていたゴムで髪を結んだ。

 もちろんポニーテールだ。


 手を繋いで、二人きりで花火を見る。


「真由美さん、私、幸せです」

「うん。私もだよ……え、なに?」

「なんでもない」

 そう言って、頬にキスをした。

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