第12話 心配する権利

「ごめんなさい、急用が出来たので今日は会えません」


 昨日、デートのキャンセルのメッセージ以降、連絡がない。

 朝には何かしらの連絡があると思ってたのにな。

 寂しさを振り切って出勤した。


 お昼の休憩時。

「あ、出石さんお疲れ様です」

 隣の病棟勤務のゆきちゃんだ。

 フロアが一緒なので休憩室は共用なのだ。

「おつかれ〜」

「美樹ちゃん、大丈夫ですか?」

「え?」

「え?」

「美樹ちゃん、どうしたの?」

 思わず、詰め寄る。

「あ、さっきオペ室の同僚に会ったら、休んでるって言うから。熱が出たとか言ってたような。。ご存知なかった..ですか?」

「知らなかった」

「心配かけたくなかっ……

「家、知ってる?」

 話してる途中にもかかわらず問いただしてしまう。

「あ、はい」

「ちょっとごめん」

 幸い、休憩室には2人しかいなかったので、自分のスマホで電話をする。

 やっぱり、出ない。

「お願いがあるんだけど」

 心配そうに、こちらを見ているゆきちゃんに言う。

「はい」

「美樹ちゃんに電話してみてくれる?」

「あぁ、はい」


 ゆきちゃんの電話には出たようだ。

「あ、美樹ちゃん! 大丈夫? うん、、うん、、あ、それが...えっと、ごめん。代わるね!」

 ゆきちゃんは、スマホを私の方に差し出した。

「もしもし」

「え、真由美さん? ごめんなさい。大丈夫ですから。……えっと、真由美さん?」

 怒りとか、無事で良かったとか、でも声が辛そうとか、いろいろ入り混じって、言葉が出なかった。

「今日終わったら行くから」

 それだけ言って、スマホを返した。

 ゆきちゃんはスマホを受け取って、代わりにハンカチを渡してくれた。

 あ、泣いてた?



「大丈夫ですか?」

「ごめんね、ありがとう。ハンカチは洗って返すね。美樹ちゃんの家に行ったことないなんて・・おかしいよね?」

 そういえば誘われたこともなかったな。行ったら迷惑なのかな?

「そうですか?私も、しょうこセンセイの部屋に行ったのは、付き合って随分経ってからでしたよ?」

「でも、うちに泊まってもいつも一泊だし、大抵朝早くに帰っちゃうし」

 え、まさか、誰かが待ってるとか?

「それは、あの、ペットとかかなぁ」

「え、そうなの?」

「たぶん。。今日、私も一緒に行きましょうか?」

「ううん、大丈夫。ありがとう。家の場所だけ教えてくれる?」

「はい」

 いまだ心配そうな顔をしているゆきちゃんより先に休憩室を出た。

 少し心を落ち着かせて、午後の仕事でミスしないように気合いを入れた。


 早く帰りたい一心で、集中して仕事が出来た。

 教えてもらった住所をナビに入れて、途中で必要そうなものを買って、美樹ちゃんの家へ向かった。



「どうぞ、入ってください。散らかってますけど」

 入れてもらえなかったら、荷物ーー経口補水液とか氷とかプリンとかーーだけ置いて帰ろうと思ったけど、あげてくれた。

 調子は悪そうだ。


「熱はあるの?何か食べれそう?」

「それが、お腹も痛くて食べれそうにない。あ、ちょっとトイレ」

「大丈夫?」

 足元がおぼつかないので支えて連れて行く。

「ごめんなさい」か細い声で言う。


 ベッドへ戻り

「水分は?飲めてる?」

 小さく首を横に振る。

「吐気は?」

「少し」

「ちょっと待ってて」

 寝室を出て、2本連絡を入れた。


「美樹ちゃん、ちょっと出てくるけど、飲めそうだったら飲んで」

 氷枕を取り替え、経口補水液を枕元に置いた。

 不安気に見上げて手を差し出してくるから、しっかりと握った。

「すぐ戻ってくるから、待ってて」と言って、おでこにキスをした。



※※※


 私は我儘だ。

 体調が悪くなって、楽しみにしていたデートをキャンセルした。でも、理由は言わなかった。心配させたくないから。

 それに、理由を言えば駆けつけてくれるのが分かってるから。迷惑はかけたくない。

 そう思っていたのに。

 心細くなって、会いたくなって。

 電話も出ないようにしてたのに、声を聞いただけで嬉しくなって。

 大丈夫だからって言ったのに、

 来てくれる。って聞いたら泣けてきた。

 早く会いたい。


 会いに来てくれた真由美さんの顔を見たら、本気で心配してくれてるのが見て取れて、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。ごめんなさい。

 私なんかのこと、そんなに心配しないで。そう思うのに、行かないで! って思ってしまう。


「すぐ戻ってくるから、待ってて」と言って出て行って、どれくらい経っただろう。

 熱もあって頭がぼーっとしているし、下痢と嘔吐で体力も消耗してるけど。

「ただいま〜」と言う彼女の声は確かに聞こえた。

 すぐに寝室にやってきて

「大丈夫?ごめんね、もうどこにも行かないからね」と、1番嬉しい言葉をくれた。


「点滴するね」

 え?驚いてたら

「大丈夫、ちゃんと指示貰ってるし、痛くないようにするから」と言う。

 真由美さんが点滴上手なのは知ってる。入院中に何度かしてくれたから。

 私の部屋で入れてもらうとは思わなかったけど。

「ん、どうした?」

「入院してた頃のこと、思い出してた」

「あぁ、可愛かったね、あの頃。はい、入ったよ!」

「今は?」

「今は……愛おしいよ」


※※※



 まだ少し赤みがかった寝顔を見つめてた。

 私に今出来ることは、全てやったつもりだけど。

 もっと早く気付いてあげられれば良かった。

 そうしたら、こんなに苦しまずに済んだかもしれない。

 彼女の笑顔を守りたい。

 これからもずっと。

 そんなことを考えながら、いつの間にか眠っていたようだ。


※※※


 目が覚めたら、真由美さんがいた。

 約束どおり、ずっと居てくれたんだ。

「おはよ、気分どう?」

「大丈夫そうです。真由美さん、ずっと起きてたの?」

「ううん、寝たよ。ついさっき起きた。ちょっとなら食べれそうだよね、何か作るね。あ、お熱測っとこ」

 体温計を渡された。

「はい。真由美さん、仕事は?」

「うん、今日は休むよ」

「え、嘘?そんなのダメだよ」

 急に休む事がどんなに大変かは分かってる。

「昨日、連絡してあるから大丈夫だよ。有休もいっぱいあるし、私が休みたいから休むの。雑炊とうどん、どっちがいい?」

「う、うどん」

「ん、了解」



「ごちそうさまでした」

「良かった、食べれたね。食べれなかったら今日も点滴の予定だったんだよーあ、薬飲んでね」

「はい」

 熱も下がってきたようで汗ばんでいる。

「落ち着いたら、身体拭くから」

「は?何言ってんですかー」

「清拭だよ」

「それは知ってます」

「いつもやってるから上手いよ」

「それも知ってます」

 真由美さんは、クスッと笑って「嫌?」と聞く。

「シャワー浴びてきます」と返して、ヨロヨロ立ち上がる。

「心配だから一緒に」と言いかけた真由美さんに

「大丈夫だから、今日は一人で」と言い浴室へ向かった。

 後ろから「今日はね」という呟きが聞こえたけれど。




「今日は一日安静に!」とのことで、ベッドの上でゴロゴロしたりウトウトしたり。

 真由美さんも同じ部屋に居てくれた。

 

 午後には体調も回復して、おやつのプリンは起き上がって一緒に食べた。

「カボチャプリンじゃなくてごめんね」

 探したけどなかったんだ。と言っていた。

「プリンなら、なんでも好き」

「良かった」

「私の好物を覚えててくれる真由美さんも好き」

「ありがと」

 照れながら微笑んでいた。そして

「元気になって良かった」と言う。


「心配かけて、ごめんなさい」

「心配はいいけど…」

「知らせなかったことを怒ってる、よね?」

「怒ってるわけじゃないよ。ただ情けないというか悲しいというか。美樹ちゃんの家、知らなかったしーー美樹ちゃんが私の知らないところで苦しんでるなんて耐えられない。私には美樹ちゃんを心配する権利があると思ってたけど、違うのかな?」

「違わないです。ごめんなさい」

「もっと甘えて欲しいだけだよ」

「はい」

 真由美さんの腕にそっと触れたら、ぎゅっと力強く抱きしめられた。

「遠慮しないで」

「移したくないから」

 キスは我慢した。

「あ、そういえば。美樹ちゃん、ペット飼ってる?」

「あぁ、うん。そっちの部屋に…」

「見てもいい?」

「驚かない?」

「え、そんなに珍しいもの?」

「いえ、そんなには」


※※※


「亀?」

 美樹ちゃんが飼っているペットを見せてもらった。

 水槽に2匹の亀がいた。

「ミドリガメです」

 そっか、亀かぁ

「小さいんだね」

「癒されますよ。私の手からエサを食べてくれたり、あ、脱皮もするよ」

「そうなんだ、可愛いね」

 亀を見つめる美樹ちゃんがね。

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