唯一清らかったあの言葉は遥か遠くの空音だった

安野瑠優

第一試合 体育館履きに隠れて

アップタイム

あの日始まったカウントダウン

「ノータイム!」

2階のギャラリーから清佳きよか綺麗きれいな声がひびく。

 残り時間15秒。春太しゅんたがその長身をかして、誰よりも高い位置でリバウンドを取った。

「よし、速攻!」

今度は遥香はるかが声を張り上げる。俺の背中を思いっきり押すような声のおかげで、俺は最高に良いスタートを切れた。

 春太が着地すると同時にすかさず左サイドでパスを受ける夏輝なつき。そのまま流れるように空いているコート中央へドリブルで切り込もうとしたが、敵のディフェンスにはばまれる。

 そこへ秋斗あきとがここぞとばかりに飛び込んだ。迷いの無い夏輝のパスが秋斗につながれる。

 逆サイドを走っていた俺は、そこで秋斗にパスを求めた。

「秋斗!」

待ってましたと言わんばかりにパッシュっとはなたれたボールは俺の胸元にドンピシャで飛び込んできた。

「ナイスパス!」

美波みなみが歓声をあげる。

 ボールを受け取りながらゴールにねらいをさだめる。

 横に敵の影が見えた。相手チームの6番、今試合こんしあいの俺の宿敵しゅくてきだ。

「いっけー!」

琴羽姉ことはねえが楽しそうに声をあげる。

 タタッキュッ。

 俺はそれに応えるように着地と同時に右サイドにドライブを仕掛しかける。ウィークサイド。

 しかし相手は手強てごわい。ミドルポスト辺りでスパッとコースをふさがれた。

 俺は一瞬止まる。が、内側の足をじくにして体を素早く回転させ進行方向を切り替えた。ストロングサイド!

 そのままワンステップで踏み切って空高くリングに食らいつく。


 俺はバスケットボールをリングへ放った。

 一瞬世界の音が消える。時間がゆっくりになり、ボールがリングに吸い込まれていく。

 着地の瞬間相手の6番の悔しがる顔が視野しやに入った。

 ストン、シュパッ、ダーン、ビー!

 俺のレイアップが決まったと同時に試合終了のブザーが鳴り響いた。

 わっと味方側のベンチとギャラリーがく。

 コートにくと俺以外の味方4人はもう整列している。俺もそこへ駆けて行った。

拓偉たくいナイッシュー!」

「最後の美味おいしいとこともっていきやがって」

「やったな。やっと一発かましてやれた」

 そう言ってハイタッチを求めてくる春太、夏輝、秋斗。俺はそれに応えてハイタッチをした。

 そのまま整列して相手チームの5人と礼をする。

 83-32

 俺たち葛南高校かつなんこうこう海楽高校かいらくこうこうに敗れた。


 6月22日、日曜日。試合に敗れた俺達3年は部活引退となった。男子も女子も共に地区大会2回戦敗退という結果だったが悔いはなかった。

 元々強いチームではなく、例年は一回戦敗退が普通だった。でも今年は、一回戦を突破して、最高のパフォーマンスが出来たと、皆でハイタッチを交わして笑い合うことができた。

 それは前例のない笑顔の敗退。俺達を見に来てくれた先輩たちもよくやったと讃えてくれた。

 心未清佳ここみきよか伊頼遥香いよりはるか美波由依みなみゆい大西秋斗おおにしあきと東山春太とうやましゅんた南原夏輝なんばらなつき。そして俺、色井拓偉いろいたくい

 7人はやりきった、楽しかったと手を振って、後輩たちに後をたくした。

 そしてその夜、俺たちは7人で焼肉をお腹いっぱい食べた。誰となく「夜は焼肉っしょ!」と言って、みんなが賛成さんせいした。

 約2年半の部活動人生の思い出にひたった。うれしい事もつらい事も一緒に乗り越えてきた仲間達。それも今日のこの日で終わる。明日からは本格的に受験生となる。それぞれの道に一人一人進んでいく。最高に楽しく、濃い1日だった。
 “やり残したことはもう無い”その時はまだそう思っていた。

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