夢観るボクと、現実(いま)見る君と
神之億錄
誕生日ケーキに灯った火と、それを吹き消す儀式
十八回目の誕生日がやってくる。
甘酸っぱい苺を背負った丸型の白いケーキに、既に三十四回も繰り返したことある蝋燭に灯った火を勢いよく吹き消すこの儀式。
我が家では歳の数だけあるこの蝋燭に灯った火を吹き消す儀式を二回繰り返す。
家族全員がそれぞれの誕生日で二回も繰り返すわけではない。僕だけだ。
僕は物心ついた頃から、誕生日には蝋燭の火を二回吹き消すことを必ずやった。
「誕生日おめでとう」から始まり蝋燭に火が灯された暗い部屋で一気に歳の数だけこの火を吹き消した。そして、再度蝋燭に火が灯された暗い部屋でそれを繰り返した。
僕が初めてこれを言い出した時には、父さんも母さんも目を丸くして首を傾げていた。
誕生日にお呼ばれされた近所の幼馴染みの柚木ちゃんは「いいなー」って羨ましがっていた。
「そうかな?」と幼い頃の僕はその「いいなー」に対して疑問を抱くことなんてなかったし、誕生日に蝋燭の火を二回吹き消すのは当たり前だと思っていた。
だって誕生日に蝋燭の火を吹き消すのは「一人一回」が当たり前なのだから。
それが当たり前ではない事を知ったのは小学生を終える頃だった。
母と喧嘩をした。
僕には兄がいた。物心ついた時には一緒にいた。お風呂の時も、絵本を読む時も、遊ぶ時も、寝る時もいつも一緒の仲のいい兄ちゃん。
もちろん母さんに甘える時も、父さんに遊んでもらうのも仲良く一緒。
僕は兄ちゃんが大好きだったし、兄ちゃんも僕のことが大好きだった。
でも、兄ちゃんは僕ほど両親に愛されてはいなかった。
「どうして?」
もうすぐ小学校の卒業を控えていた頃、時おり辛そうにしていた兄ちゃんが可哀想で母さんに聞いた。でも母さんは酷く取り乱して怒った。
それでも引き下がらない僕は初めて母さんに頬を打たれた。そして兄ちゃんも。
あんまりだ! 子供ながらに母さんを許せないと思った。僕は大声を張り上げて呪いの言葉を放った。
「死んでしまえっ!」
そう言い放った直後、母さんは膝から崩れ落ちてすすり泣き、今度は兄ちゃんが怒り、僕を激しく叱った。
泣きながら何度も何度も「母さんに謝れ!」と……
僕は頑として謝らなかった。だってそんなの変じゃん! おかしいじゃん!
僕と兄ちゃんはその日初めての兄弟喧嘩をした。何度も話しかけられたけど口なんて聞かなかった。————聞いてやるものか!
その日の夜、仕事から帰ってきた父さんが僕と兄ちゃんの部屋へやってきた。
父さんは僕と兄ちゃんを二段ベッドの下の方に座らせて、自分はその前に椅子を引いてきてそこへ座った。
僕は怒られると思い、黙り込んで床を見つめていた。でも謝りたくはなかった。
————悪いことは……言ったけど、僕は悪くない!
兄ちゃんは黙っていた。
父さんはそんな僕と兄ちゃんをしばらくジッと見つめていたが、とうとう口をひらいた。
「あのな——……」
その日、父の口から優しく発せられた言葉に僕は泣いた。
大きな声をあげて泣いた。
一通り泣いた後に僕はリビングで未だにすすり泣いていた母さんを抱きしめて謝った。「ひどい事を言ってごめんなさい」と。
母さんは僕と兄ちゃんを強く抱きしめて泣いていた。
僕には双子の兄ちゃんがいる。
幼い頃に二人して交通事故に遭い、双子だった兄ちゃんの一部は僕の一部になり瀕死の重傷だった僕は一命を取り留めた。
あの頃から兄ちゃんは僕になり、僕と共に生きた。
あの日の夜、兄ちゃんは辛そうな顔をしていた。でも、泣いてはいなかった。
きっと兄ちゃんは全部知っていたのだ。
そして、十八歳の誕生日を迎えたあの日。誕生日ケーキに刺さった二回目の蝋燭の火を吹き消した後、満足そうに笑い兄ちゃんはこの世をさった。
夢観るボクと、現実(いま)見る君と 神之億錄 @gamino0969
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