第28話 こくはく


 ゴクリ。


 生唾を飲み込む。


「ぼ、僕は、ミクラが……」


「ま、まずベランダに出ましょう。そこでまずお話を聞きます」


「あ、うん、ここじゃあれだよね」


 二人してベランダに出て柵に寄りかかる。


 風が吹く。ミクラの髪が舞い上がりうなじが見えた。


 その女性的な部分にドクンと心臓が高鳴る。


「風が気持ち良いですね、本当に」

「そうだね。……ここに来るまで本当に辛い日々だったね」

「そうですね。……ごめんなさい、もう私が無理です、足がガクガクします。伝えたいことを言ってください」

「う、うん。風が祝福している今のうちに言ってしまうね」


 再度ミクラの肩をがっしりとつかみ、その目を見つめる。


「僕は、ミクラ、君が好きだ」



 下を向いて沈黙するミクラ。


 風が吹く。


 土の香り。


「私は、私は……」



「好きじゃありません」


「えっ。好きじゃ、ない……?」


 目の前が真っ白になる。

 頭の中がぐるぐると回り、体がふらついてくる。

 強烈な吐き気が襲い、思わず吐いてしまう


「おええ」


「わわわ! 大丈夫ですか!? 違うんです、好きを通り越してもう愛してるって言いたかったんです!! ごめんなさいー!!」



 汚物処理をしてから、ベランダの椅子に腰掛ける僕たち。

 椅子は密着させてあり、お互い手を握っている。


「ごめんな、心臓が弱くて」


「もっと言葉を選べば良かったです」


 二人とも謝っているけど、言葉は穏やかだな。


「何度も口をすすいでくださいよ。あれ……そう、アレが出来ないです」


「そ、そうだね。ご飯食べて歯磨きした後かな?」


「遠いですけど、仕方ないですね」


 なんかペースを取られているけど、ミクラはこういうのに強いのかな。


「思えば死ぬ寸前にフィルク様に拾われてから、人生が変わりました。フィルク様は常に私に投資していただいて……感謝の念とか、もうそう言う次元ではないです。言葉では表現できない思いです」


「仲間だからね、仲間に投資するのは当たり前でしょ?」


 そう、仲間はそう言うものなんだ。あのつよつよ冒険者パーティでは僕は搾取されていた、と思う。実際何もなしで解雇されたからね。


 仲間は、見捨てるモノではないし、道具でもないんだ。


「そうはいっても、私に高等教育まで受けさせていただいて……。でも、ヒトになれました」


「亜人は長生きするからね、知恵をつけて悪いことはなにもない。僕は専門教育、ブキョー国立大学に進学させようって思っているよ」


「そんな! さすがにそこまでは!」


 僕の手を強く握る拳を優しく握り返して。


「知恵はつけられるチャンスがあるときにつけた方が良いんだ。専門教育を受けている間に僕も高等教育を受けるからさ。僕は高等までで大丈夫だけどね」


「フィルク様……」


 感極まって泣きそうなミクラを抱きかかえて室内に案内し、ディナーを食べることにした。


「本当、ここまでいろんな事があったよね。僕は解雇されるし、途中でトラバサミに引っかかった女の子を見つけるし」


「村でマナーや初等教育を受けさせてくれた恩は忘れません」


「あの村良かったのになあ。ウェルドア辺境伯には苦労させられたよね。準備期間も含めて大変だった」


 あいつがいなければ、インプラントを再生する旅には出ていなかった。

 でもあいつがいなかったらミクラは捨てられなかった。運の神様は気まぐれだ


「あのあと辺境伯の土地はどうなったんでしょうね」


「さあね、知らなくても言い情報だよ。サガットは短い旅だったけど熱かったなあ。そしてブキョーに来た」


「ここは全ての常識を覆されました。本当に、本当に……」


 ミクラは自分に付いているインプラントを見つめながらそう言う。


「そうだね、ナツメウナドラゴンさんとかもね。さて、ディナーも食べたし歯を磨こうか」


「あ、はい……」


 洗面台に行き、仲良く歯ブラシを手に取る。棒に植物の毛がつけられているだけの代物だが、こんなの王国なんかにはない。貴族でも楊枝で詰まった食べかすをとるくらいだったはずだ。


 シャカシャカと歯の表面をこすり汚れを取る。ブキョーで生活しているうち食後の歯磨きが日課になってしまった。


「よし、じゃあ……」


 僕はダブルベッドに座り、ミクラの目は閉じさせる。

 ダブルベットの宿を取ったのは僕ではない、所長だ。まったく……。

 僕が座ったのは身長差がありすぎるから。この方がやりやすいだろう。


「じゃあ、するよ、愛するミクラ」


 そういって僕たちは熱い情熱的な接吻をし始めたのだった。




 朝、目が覚める。隣を向くとすやすやと寝ているミクラ。

 愛情表現をしてそのまま性欲全開というのはいかがなものかと考えていたんだけど、実際その場面になると、愛情表現の中にある性なんだなというのも感じることが出来た。


「ぁ、おはにょうごじゃます、ふぃるしゃま」


「おはよう。まだ寝てて良いよ。午後からはインプラントの訓練だったよね」


「あい、あいがとうございます……」


 そういって二度目の眠りにつくミクラ。

 ああ、何もかもが愛おしいな。



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