第23話 二百万の右目っていったい……

 混浴の貸し切り温泉がブキョーにはある。

 そこで僕はとある人を待っている。

 最高のパートナーを、待っている。


 ガラガラガラ


 王国では貴重だったガラス、それで出来たドアが開かれて、女性が一人浴室へ入ってくる。

 僕はまだ入り口へ体を背にしてその人を見ない。


「ふぃ、フィルク様、そ、その、その、視線をいたた、いただいても……」


 緊張して噛みまくっているし、最後の方は小さくて聞き取れない。

 でも僕は振り返った。



 そこには何もつけていないミクラの姿があった。

 肌の艶がとか、色の白さとか、そういうのはどうでも良い、形容し難いまでに美しい。

 それほどまでにかわいらしい。


「そ、その! 帰ってきましたぁぁぁ!」


 ミクラはそういうと走り寄ってきて、



 滑ってこけた。



「早速怪我しちゃったね」


「ケアで治しました。それにしても混浴って恥ずかしいですね」


「慣れないと肌を見せ合うのは恥ずかしいね。こうやってタオルを巻き付けた方が何かとやりやすいや」


 それにしても


「お帰りなさい、ミクラ。左手、本当に綺麗になっているよ」


 そうして左手を取り、抉られていたところを撫でる。


「ありがとうございます……ブクブクブク」


 ミクラはお礼を一度言うと、顔をお湯の中に入れて隠れてしまった。


 僕はひょいとミクラを抱き上げる。


「わわ!? フィルク様!」


「その、なんだ。インプラント手術が成功したら僕の気持ちを打ち明けても良いかな」


 唐突にそんな話を切り出す。何事もタイミングが重要だ。今しか無いって思った。


「ええ、ええと、その、えと……、わ、わ、わ、分かりました! 私はすでに気持ちは一つですから!」


「ありがとう、いつもありがとう、ミクラ」


「こちらこそありがとうございます、フィルク様」


 二人は抱きしめ合ったままお湯に浸かり、見事にのぼせましたとさ。キスすらしてねえよ。




「準備は良いか、ミクラ」


「はい、出来ました」


 ダンジョンボスを倒すのは至難の業である。なので準備期間と道具が欲しい。


 なのでここに来るわけだ




 ひゅおうあうぇあうあぇあ


「今日はよだれとヒゲで良いのかの? あ、右目つけてあげる。また面白い冒険話を聞かせておくれー」


 そう、ナツメウナドラゴンさんだ。

 ナツメウナドラゴンさんは基本温厚でのんびりしているドラゴンである。

 狂気に陥らなければそんなに問題があるわけでも無い。お願いすれば大抵のモノはくれる。

 狂気に陥らなければ、発狂しなければ、だが。




「今回は右目も持ってきたのですか……。ちょっと依頼主に確認を取ります」


 冒険者ギルドのヤミちゃんは今日も元気に働いている。先日はキュウとビャクヤをパーティーメンバーに入れてもらった。これでペットお断りな国に入ってもふたりとも連れ歩くことが出来る。


「確認が取れました。二百万ユロルだそうです。いかがですか?」


「願ってもない! これでビャクヤの借金が少し返せる!」


「また、採取者を晩餐会に招待したいとのことなのですが、いかがでしょう? 服装はこちらでお作り出来ます」



 へ?



 晩餐会当日のことはミクラが非常に素敵なドレスを着ていたこと、依頼主がチャン・ウェン国家主席だったこと、メインディッシュに右目やよだれが使われていたことくらいしか覚えていない。


 我々は、国家主席のお友達になってしまった。



「ブキョーの正式名称はブキョー社会主義国。社会主義のため主席に権力が集まる。その国家主席と私的なお友達。凄いことですね」


 最近ブキョーの私立高等学校による高等教育を受け始めたミクラは国の実情をすらすらと言える。


「凄いけど一声かければ十万二十万の人を動かすことが出来るような人だぞ……」


「サガバール王家と趣旨は変わりませんよ。規模が違うだけで」


「そういうものだろうか……」


「そう言うものです。フィルク様、チャン国家主席が最近大規模なスタンピードが起こりそうだっておっしゃっていたの覚えてますか?」


「え、そうなの」


「もう……。ここじゃあスタンピードは自然現象と捉えられていて、予測が出来るんですよ。発生源はダンジョン、ダンジョン内のモンスター密度が高まるとスタンピードになるって。悪魔の行進なんてもう古いんです」


「あ、そうなの」


 この間、口が開きっぱなしである。


「それで軍が動くのでモンスターコアが手に入りそうだから、武功を上げてくれっておっしゃってました。さすがにコアみたいな貴重品を個人的な親友にあげるわけにはいかないって事だそうです」


「あ、なるほど」


「もー! しっかりして下さい! 武功を上げないとインプラントの材料が手に入らないんですよー!」


 晩餐会や舞踏会ならミクラの方が何かと強いな、うん。そういうところでは任せて、逆らわないようにしておこう。





 さてスタンピードが起こりそうなダンジョンというのはナツメウナドラゴンさんも述べていた都市カヤクのオルクが出るダンジョン。



 内部第一階層のモンスター数がかなり凄い数だそうで。

 内部のモンスターを処理すればスタンピードは起きないんだけど、ダンジョンに入るためには転送装置を使って階層移動しないといけない。

 転送装置には一度に送り込む数に限界があるので、各個撃破されてしまう。

 なのである程度の量を超えたら外で待ち構えていた方が良いのだ。

 ちなみにスタンピードのモンスターは転送装置を使わずに一気に出現する。各個撃破は出来ない。


「だそうだ。ガイドブックって本当に詳しいね」

 ソファーで二人肩を合わせながらガイドブックを読んでいた。

「そうですね。ダンジョンは魔素と自然が絡み合って作られた構造物というのも書いてありますよ」

「ダンジョンは不思議だね」

「不思議ですね」



 さて、準備をしてカヤクに乗り込みますか!

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