美味しい血の判断方法

将月真琴

美味しい血の判断方法

 私が夕食を作っていると、「今日は飲み会があるから晩御飯は大丈夫」と言って会社に行ったはずの和泉いずみが酔っ払った姿で帰ってきた。キッチンに顔を出すと、スーツ姿のまま私に近づいてくる。

「あれ、今日飲み会じゃなかったの?」

「ん~? あは、マリのこと考えてたらなんか帰りたくなっちゃった」

「お酒臭いから離れて。あと着替えて」

「つめたい! 疲れて帰ってきた彼女に温かい言葉をかけてくれよぅ」

 そんなことを言いながら、火を使っている私に抱きつくなんてことはやめてほしいのだが。酔っぱらっているとはいえ、そのくらいは気を付けてほしいと注意しようと後ろを振り返った瞬間に顔を掴まれて強引にキスされる。舌をからめるようなキスをして、和泉は満足そうに私から離れる。

「マーリ、腰でも抜けちゃった? かーわいー」

「いず、み…………あんた口の中怪我してるじゃん……」

「違うよ」

 本能に逆らうように荒い息を吐く私に、和泉はにっこりと笑う。

「さっきわざと舌噛んだんだー。美味しかったでしょ?」

「アルコールの味がして不味い」

「ちょっとぉ!」

 不機嫌そうに頬を膨らませた和泉を押しのけ、私は専用の保存庫からパックを取り出して栓を切る。そのまま一息に飲み干して大きく息を吐く。

「あー、私がいるのにパックの血液飲まないでよー! 前に約束したじゃんかぁ!」

「和泉が私に血を分けられない状況になって、吸血衝動が抑えられそうにない時はパックに頼ってもいい、っていうルールもあったと思うけど」

「私ちゃんと吸われる準備できてるんですけど! かもん!」

「酔っぱらっている人の血液を吸うと私も酔っぱらうからダメ。というかさっきも言ったけど早く着替えてきなさいよ」

 ぶつくさと文句を言いながら自室に消える和泉を見送った私は、頭を軽く振ってすっきりさせつつ料理を再開する。とはいえ和泉が帰ってくるまでにある程度完成はしていたので味を調えて盛り付けるだけだ。

「よし、できた」

 皿を持ってリビングに移動し、飲み物も準備して手を合わせたところで和泉がリビングに入ってきた。

「あ、おいしそう。私も食べたい」

「飲み会で食べてきたんじゃなかったの?」

「マリが作ったご飯見てたらお腹減っちゃった~」

「酔っ払いはそっちで大人しくしてろっての」

「やーだー! 私もマリが作ったパスタ食べたい~!」

「はぁ、仕方ないから一口ね。ほら」

 あーん、と口を開けて私が差し出したフォークをパクリと口に含んだ和泉は、目を輝かせてローテーブルをぺしぺしと叩く。どうやらお気に召したらしい。

「やっぱり美味しいね、マリの料理は」

「そりゃどーも」

「毎日でも食べたい!」

「普段から食べてるじゃん」

「だから私はいつも幸せなんだな!」

 あはははは!と笑いながら後ろに倒れる和泉。頭を打った音は聞こえなかったからちゃんと減速はしたようだ。体を乗り出して見れば、すでに寝息を立てている。

「まったく、しょうがないなぁ」

 パスタが冷めないうちに和泉を寝室に連れていこう、と膝裏と背中に腕を突っ込んで持ち上げる。

「ん、ぅ…………」

「寝てたらかわいいのに」

 寝室に連れてきてベッドに転がし、布団をかけてさて戻るか、というところで微かな抵抗を感じる。

「だーめ。私がご飯食べて片付けてお風呂入るまで待ってなさい」

「なまごろしかよぉ……」

「…………なるべく早くに戻ってあげるから」

「んー」

 引っ張ってくる抵抗がなくなったことを感じ、私はリビングに戻って気持ち急いで食事をとる。洗い物は明日の私に任せて、シャワーを浴びる。

「おまたせ」

「またされたぁ……」

 ベッドに潜り込むと、目の前にとろんとした顔の和泉が横たわっている。動く気がないのかだらりとしている彼女に私は問いかける。

「ほら、また私に脱がされたいの?」

「やだぁ……」

「じゃあ早く脱いで。私も我慢してるんだから」

「じゃあさっきわたしから吸えばよかったじゃぁん……」

「それはそれ、これはこれ。わざわざボタンのないシャツを着てるんだから吸われたかったんでしょ」

「えへへ…………」

「早く脱げ。脱がすぞ」

「そんなにわたしのカラダが見たいのかー? この変態」

「うるさいな。先に手を出してきたのはそっちじゃん」

「あは、パックの血液不味いって言ってたもんね」

 だんだんと目が覚めてきたのか、言葉がはっきりとしてきた和泉はベッドの中で器用にシャツを脱ぐ。その肌がすべて外気に振れた瞬間、私は布団をはねのけて彼女を押し倒す。

「ほら、いいよ」

「…………」

 和泉の言葉と共に、私は彼女の首筋に遠慮なく牙を突き立てる。和泉はぎゅっと目をつむって私の肩に爪を立てて強くつかむ。

 お互いに痛みを与えるような吸血の時間はそう長くは続かない。一分間ほど飲んだ後、私は名残惜しむように彼女から離れる。

 唾液の橋が私の口から彼女の首筋まで伸びているのを見て、私はとても愛おしくなる。

「マリ」

 唾液をぬぐって傷口を脱脂綿で押さえる和泉が私の名前を呼ぶ。

「私の血、美味しい?」

「さぁ?」

「さぁってなにさー! 美味しいか美味しくないかは分かるでしょー!」

 分かるわけないでしょ、と私は心の中でつぶやく。

 だって比べられるような相手がいないんだもの。

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