第3話 

 それから、昼食を食べながら他愛もない話をした。本題に触れるのを避けるように中身のない話を長々と続けていた。まるで味のしなくなったガムを永遠と噛み続けているようで少しもやっとする。そうやって昨日のようにまた何も言わずに逃げて行きそうな気がした。


「でさ、昨日なんであんな時間にコンビニにいたんだよ」

逃がしてやるかと言わんばかりに唐突に話を切り出した。

「言わないとダメ?」

「ダメっていうか、緒方君が昨日の話をしたいって僕を連れてきたんでしょ?」

「話そうと思ったんだけど、話していいか分からなくなってきちゃって...」

下を向いて不安そうな顔をする。

「僕は無理やりにでも理由を知りたいわけじゃないし、何かないとあんな時間にコンビニになんかいないでしょ」

正直、理由は知りたくはなかった。ただでさえ、みんなの前にいる緒方くんと僕の前に見えている緒方くんは全くの別人に見えて僕が見えていていいものなのかという不安のような感覚で混乱していたからだ。

「春崎君なら大丈夫かもって思えたんだよね。まぁ、直前になって怖くなってるんだけどさ」

「え?」

「昨日さ、俺を見て嫌そうな顔したでしょ」

「いや、あれは嫌というかそのまま帰ったら気まずくなりそうで正直、めんどくさいって思ってて…」

「それで、この人俺の事興味無いんだろうなって思ったんだよ。そしたら俺の隣に来て説教みたいなの始めるし、説得力全然無いしで面白くて気が楽になったんだよね。」

「え、僕、バカにされてない?」

「してないしてない」と言いながら笑って首を振っていた。その笑顔を見て少し安心する。

「あの時泣きそうなのを我慢してて、春崎君を見かけた時最悪って思ってたんだよね。でも、春崎君面白いし、全然踏み込んでこようとしなくて俺が首を振ってただけでも何も言わなかったでしょ。あの距離感が俺にはありがたかった。」

あまり感謝されるのに慣れていないせいか心臓を軽く握られた感覚がして少し目の奥が熱くなった。

「一つだけ聞いてもいい?」

「いいよ、そう言われると少し怖いけど」

「僕でよかった?その…緒方くんの中身?を見せたいと思った人」

「今、春崎君で良かったって話してたじゃん」

「今更何言ってるんだか」と言いたげな笑顔でそう言った。自分の中でモヤッとしていた部分が解決して気分が晴れた。熱いままの目の奥から涙が出た。きっと、コロコロ変わる彼の表情を見ていて自分のせいだと、あの時僕が見つけていなければ彼も言いたくないことを言わなくて良かったのではないかと心の中でずっと思っていたのだと思う。

 流れた涙を拭って顔を上げる。彼は驚いた顔をしていて、少し困っているように見えた。どうしたらいいのか分からない様子でスっと手を伸ばし、僕の頭を撫でた。

「あっ、いや…撫でた方がいいのかとおもって…」

僕と目が合って慌てたようにそう言った。不器用そうに撫でた手の感覚がとても心地よくて、水中に沈むような安心感があった。

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