第2話 

 僕が彼と話したのはそれが初めてだった。

 見た目から暗い僕は彼と違ってどこにいても一人だった。でも、寂しいとか辛いとかそんなふうに思ったことは一度もなく、むしろ自分以外のことを考えなくていいから楽だった。そんな僕の些細な幸せは彼が見えたあの日をきっかけに、変わってしまった。


春崎はるさき君、それ持って俺と一緒に来て」

目の前に彼がいた。机の上に広げた弁当箱を指さし、早くしてと言わんばかりの目でこちらを見る。彼の友達はかなり驚いていて、それに気づいた彼は「今日は春崎君と食べるから、ごめんね」

と明るく言った。何となく昨日のことだろうと思いつつもこの状況の不思議さに戸惑っていた。広げた弁当箱をまた閉じるのは面倒臭くて、何もしないでいると彼が僕の弁当を閉じ始めた。

「ここじゃダメなの?」

「昨日の話がしたいんだよ」

「口止めなら大丈夫だよ、僕は君のことを話したりしないから」

「そんなんじゃないよ、いいから早く行こう」

僕の腕を掴み、弁当を持って教室から僕を拐った。


 少し歩いたところで手が離れ、少し気まずい空気と一緒に彼の後ろをついて行く。

「ここで話そう」

着いた場所は今まで存在すら知らなかった社会科資料室だった。埴輪や土偶の模型があったり、歴史年表がでかでかと貼られていた。机の数が少ないせいか思ったよりも広い空間のように感じた。

「ここ、いつも君一人で使ってるの?」

「そうだけどさ、その君って呼び方好きじゃないな。苗字でも名前でもいいからちゃんと呼んでよ」

「名前覚えてないから教えて」

「え?!二年間同じクラスだったよね?!」

「それは知ってるけど、興味が無いというか君のことよく見えてなかったというか...」

絶対意味わかんないって言われる、そう思った。

「見えてないってなんだよ、意味わかんない」

言うと思った、と少し達成感みたいなものがあった。正直僕自身もよく分かっていなかったので、理解されたら逆に怖い。

「僕もよく分からないけど、昨日やっと見えたんだよ」

「なんだそれ、地味に傷つくな」

「なんか、ごめん」

「謝らないでよ、春崎君は本当の俺しか見えないってことでしょ」

「君がそう思うなら、多分そうだと思う」

「君じゃなくて緒方千颯おがたちはや

「じゃあ、緒方君で」

「うん、そっちの方が断然マシ」

資料室の中は、少し埃っぽくて昨日知り合ったと言っても過言ではない二人の気まずく、とても奇妙な空気が漂っていた。

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