第23話
「水羽。待たせてごめん」
「ううん、大丈夫だよ」
五月くんが現れたのは、あたしの涙が収まった頃だった。もしかしたらもう少し前から部屋の外にいて、あたしが泣き止むのを待っていてくれたのかもしれない。
「これ、‥‥‥水羽へ、だよな」
五月くんに手渡された薄紅色の封筒には、見覚えのある字で『つんちゃんへ』と書いてあった。『つんちゃん』と呼ぶのはただ一人、彩都くんだけだ。
あたしはおもむろに彼からその封筒を受け取った。でも中身を見るのが怖くて、開けられない。
「今、無理に見る必要、ないんじゃない?水羽が見たくなったときに、開ければいいよ。それ、あげるから」
「‥‥‥ありがとう」
あたしはその封筒を長いこと眺めてから、丁寧に鞄にしまった。
帰りも五月くんに送ってもらい、家に帰った。もうとっぷり日が暮れていて、お母さんには少し怒られてしまった。祈はあたしの顔を見て、少し複雑な表情を見せたが、すぐに目をそらされた。
「‥‥‥祈」
あたしもそれっきり、声をかけられなかった。もしかしたら祈、あたしが五月くんの家に行ったところを見たのかもしれない。‥‥‥そりゃ、嫌だよね。好きな人を、ぽっと出の妹に取られたら。
五月くんとは、なにもない。五月くんはあたしのことが好きなわけでもないし、あたしも、五月くんが好きなわけではない。‥‥‥と思う。
恋愛の『好き』と友情の『好き』。正直あたしは何が違うのかわからない。彩都くんに抱いていた『好き』は、恋愛の『好き』なのか、友情の『好き』なのか、それとも単なる憧れだったのか。
ただ、自分でもわかるのは、彩都くんに対する『好き』は、五月くんに対する『好き』とはまるで違う、ということ。でも五月くんに対する『好き』も種類はわからない。
「ああ‥‥‥」
あたしは自室の机の上に、彩都くんからの手紙をおいて、しばらく見つめていた。開けるか、開けるまいか。きっと、開けるべきなんだと思う。三年も前に書かれた手紙、もしかしたらもう、期限切れのことばかりかもしれない。例えば‥‥‥ボクに会いに来てほしい、とか‥‥‥。
考えるだけ無駄なんだろうけど、どうしても考えすぎてしまう。
「‥‥‥続?」
ドアの外から誰かに呼びかけられ、どうぞ、と応じる。この声はおそらく祈。ドアが開き、顔をのぞかせたのは、やはり祈だ。どこかよそよそしい瞳をあたしに向け、こっちが気まずくなってしまう。
「‥‥‥なにかあった?」
先に口を開き、そう問ったのは、あたしではなく祈だった。あたしはそう聞かれ、驚いてしまう。
「なにか‥‥‥って」
祈は彩都くんのことを知らない。知る必要はない、知らなくていい。だって‥‥‥友達の兄が死んでる、なんて、‥‥‥悲しいでしょ。あたしは本能的に、彩都くんの手紙を祈から見えないように隠した。
「特に、なにもないよ」
あたしはそう答えるしかなかった。じゃなかったら、彩都くんのことを話さなければならなくなってしまう。
「‥‥‥そっか」
それならいいんだ、と祈は微笑んで、じゃあ、と部屋を出ていってしまった。あたしはなんだか悪いことをしてしまった気分になって、少し胸が痛む。
「‥‥‥彩都くん、手紙、読むね」
彩都くんが聞いているはずもないのに、誰にともなく呟いて、あたしはそうっと封を切った。
――つんちゃんへ
この手紙がつんちゃんに渡ったってことは、お母さんからかな?それともお父さん?誰からにせよ、つんちゃんに届いてよかった。
手紙を書こうと思ったけど、いまいち何書いていいかわかんないから、結構ぐちゃぐちゃだと思うけど、許してね。
渡してくれた誰かから聞いたかもしれないけど、ボク、もうこの世にはいない。ずっと遠くにいる。‥‥‥って、なんだか変な感じがするな。あれ、ボクだけ?
まあ、前置きはこれくらいにして。
つんちゃん。ボクがつんちゃんに退院するって伝えたとき、つんちゃんすごく悲しそうな顔をしてた。彩都くんのほうが遅く来たくせに、って思ったんでしょ。ふふ、ボクにはお見通しだよ?その気持ちはわかるけど、ボクは少しでも笑顔で見送ってほしかったなって、思っちゃったんだ。そんなこと無理だって、ボクは痛いほどわかってるよ。だけど、ボクはその時はもう、つんちゃんとは二度と会えないってわかってたから。ちょっとでも後悔は残したくないって思っちゃったんだ。こんなこと、今更言っても遅いし、つんちゃんに闇を残しちゃうってわかってるよ。でもこれは、つんちゃんに闇を抱えてほしいんじゃない、抱えないでほしい。これから先、もっと辛いことがあると思うけど、後悔しないように生きてほしいんだ。一瞬一瞬を、会える時間を大切にしていてほしい。ボクが伝えたかったのは、これだよ。
大丈夫だよ、つんちゃん。泣かないで。辛くても、苦しくても、ボクはずっとずっと、近くにいる。
つんちゃん、ありがとう。
彩都
‥‥‥彩都くん。
あたしだって本当は、笑顔でバイバイしたかった。あんな終わりなんて、絶対に嫌だ。涙が溢れそうになるけど、あたしは必死でそれを抑える。
「泣かない。泣かないよ、彩都くん‥‥‥」
唇を噛み締め、涙をこらえる。血の味がした。
「‥‥‥五月、くん‥‥‥」
あたしはなぜか、そう呟いてしまった。なんでなのか自分でもわからず、一瞬驚いてしまう。
「‥‥‥っ」
ごめん、祈。あたしはそう、胸の中で小さく呟いた。
あたしは多分、五月くんに惹かれてる‥‥‥。
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