Chapter4〜Tuduki〜

第19話

あたしは部屋から出られずにいた。目の前にはあたしの携帯が転がっている。そこに書かれている文面を、見てみぬふりをしようと思っても‥‥‥できなかった。翠坂中学校の掲示板。


『二年の転校生はメンクイ』

『双子揃って男好き』

『前の中学で問題を起こして転校してきたらしい』

『学校を休んでいたのは、問題を起こして停学になったから』

『この前T学院の女子とモメてるの見た』‥‥‥


どれも根も葉もない、誇張された噂話であるのに、あたかも事実のように語られる。気にしたらダメだって、分かっているのに。なのに‥‥‥。


「苦しいよ‥‥‥」


どうしてみんなそうやって、気軽に悪口を書き込めるの?そんなこと、思ったって無駄なのに、どうしてかその疑問を投げかけてしまう。

書き込んだひとは、書き込んだことなんて覚えていない。忘れていく。どうして書いたのか、誰にもわからない。でも、書かれた本人の心にはずっと、深く深く刺さり続ける。

痛くて、辛くて、涙を流してしまいそうだ。

そんなとき、ピロン、と短く携帯が通知を告げた。あたしは掲示板を閉じて、メッセージアプリを開いた。


えんと:祈が元気ないのって、どうしてかわかる?


あたしは既読をつけずにその文章を見て、すぐに画面を閉じた。きっと五月くんは、祈のことが好きなんだ。そんなの知ってるよ、見てればわかるよ。二人が両思いなの、嬉しいはずなのに、だけどどうしてか苦しくなる。‥‥‥なんでだろうね。


「はあ‥‥‥」


あたしはベッドに携帯を投げて、勉強机に座った。特に勉強をするわけでもないけれど、どうしてか少し、気持ちが落ち着くんだ。


「彩都くん、今どこにいるの?」


思わず泣き言を漏らしてしまいそうになる。泣いたって、無駄なのに。そんなこと、一番分かっているのに。


「会いたいんだよ‥‥‥」


ぽたり、ぽたりと涙が溢れる。ぐっと唇を噛んで、嗚咽を抑えようとするけれど、しゃっくりあげそうになってしまう。


「‥‥‥続?」


控えめにノックする音が聞こえた。この声はおそらく、祈だ。あたしは声をあげることをしない。ううん、できない。喉の奥になにか熱いものが詰まっているような、そんな感覚がする。


「入るよ」


待って、入らないで。その言葉さえも、声にならなかった。喉のずっと奥で、虚しく引っかかっているようだった。


「‥‥‥続?」

「続、ちゃん?」


はっと顔をあげると、祈の後ろから一人の女の子が顔を出していた。はじめましてのような、だけどどこかであったことがあるような。


「幼なじみの、神宮院小桃、こもちゃん。うちの前の豪邸に住んでる子」

「豪邸って。言うほどじゃないよぉ」

「いや、こもちゃんそれ喧嘩売ってるって言うんだよ」


二人の掛け合いには正直ついていけず、あたしはそっぽを向いてしまう。


「続」


祈はそっとあたしに呼びかけた。優しい、そして諭すような声。見てしまったのだろうか。掲示板のあたしや祈への攻撃を。


「こもちゃんが話がしたいって言ってたから連れてきたの。迷惑だった?」


あたしは思わずへっと声を上げそうになってしまう。そんなことかと拍子抜けだ。よかった、掲示板見てないんだ。


「‥‥‥いいよ」


あたしはそう言って目元に残っていた涙の粒を拭った。振り返ってやっとまじまじと神宮院さんの顔を見た。‥‥‥あれ?


「この前、祈を探してた子?」

「そう!嬉しい!ウチ会って話がしたかったの!」


神宮院さんがあたしの手をキュッと握った。あたしは思わず少し後ずさる。距離の詰め方が急すぎて、びっくりする。


「続ちゃんって勝手に呼んでたけど大丈夫?あ、ウチのこと、小桃でもこもちゃんでも、なんて呼んでくれても構わないから!」


神宮院さん――小桃ちゃんはかなり人懐っこい性格で、おそらく人見知りをしない性格だと思われる。あたしとは正反対だ。


「じゃあ、‥‥‥よろしくね、小桃ちゃん」


あたしぎこちなく笑ってみせた。とりあえず、祈の幼なじみだしいい印象を抱いてもらわないと、祈の友情に響くかもなあと考えながら。


「ねえ、どうしよう祈ちゃん」

「どうしたの、こもちゃん」


小桃ちゃんはさっきよりもずっと目を見開いてあたしを見る。どうしたのだろう、なにか気に触るようなことでも言ってしまったのだろうか。


「やばい、めっちゃ可愛い!待って、祈ちゃんと同じ顔なのにずっと可愛く見えるよ!」

「こもちゃん、それ私の目の前で言わないで。めっちゃ傷つく」


もういいでしょ、とべりっとあたしから小桃ちゃんを剥がした。ああ、酷いーと小桃ちゃんは少しジタバタする。


「あ、続ちゃん。よかったらライン交換しない?」


あたしはそう言われて反射的にベッドの上に投げていた携帯を手に取った。


「‥‥‥いいよ」


私はゆっくりと携帯のパスコードを打つ。そしてすぐに目に入ったのは掲示板のあの言葉だった。携帯を切ったときに、このページを閉じるのを忘れてしまっていたのだった。せっかく小桃ちゃんのおかげで少し気持ちがスッキリしていたのに、またも沈んでしまった。


「ん、どうしたの?」


思わず画面に見入ってぼおっとしてしまったあたしを心配するように、小桃ちゃんはあたしを覗き込む。


「――なにこれ」


小桃ちゃんはばっと一瞬であたしの携帯を奪った。


「『二年の転入生はメンクイ』『双子揃って男好き』『前の中学で問題を起こして転校してきたらしい』『学校を休んでいたのは、問題を起こして停学になったから』『この前T学院の女子とモメてるの見た』‥‥‥」


まずい、と思ったときにはもう遅かった。祈は目を見開き、怒りが爆発しそうなほどに頬を赤くした。


「ねえ続、なにこれ」


あたしは祈の顔を見て、ゴクリと唾を飲み込んだ。

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