第15話

へ、変じゃ、ないよね‥‥‥っ?

待ち合わせよりだいぶ早く来てしまった私はまたも、ショーウィンドウで自分の姿を確認する。

夜中の三時までひとりファッションショーしてやっと決めた、タンスの奥から引っ張り出した淡い青色のワンピース。ネットで見ながら一生懸命練習した髪型。ワンピースに合う(と思う)カバン。お母さんからパクったサンダル。

うん、多分大丈夫っ‥‥‥だよねっ!


「祈ー!」


待ち合わせ時間ぴったりに、五月が現れた。

黒いパンツに白いシャツを合わせ、その上から半袖の茶色いジャケットを羽織っている。かかか、かっこいい‥‥‥!めっちゃおしゃれなんですけど!やばい、鼻血吹き出してぶっ倒れそう‥‥‥。


「さ、五月、‥‥‥遅い」


私は五月を一瞥し、すっと視線をそらす。


「ごめんって、祈ちゃん!」


五月へらっと笑うけれど、不覚ながら私は少し頬を染めてしまう。


「映画、なに見るの?」

「ん、今話題の『丘の娘』」


それ、有名な映画監督の最新作で、前から見たくて、公開されたら行こうと思ってたやつだ!


「五月、前売り券買ってくれてたんだよね?何円?返す」

「いらない。これ、兄貴が彼女とデートしようと思って買ってたのに、振られたんだって。だから兄貴のおごり」

「ええ‥‥‥可哀想‥‥‥」


そういえば五月ってお兄さんいたんだっけ。たしか、トップレベルの進学校、あおい高校3年生の。


「ただで使うの、それ聞いたらもっと申し訳なくなってきた‥‥‥」

「兄貴が気にせず使えってさ。逆に使わないほうが申し訳なくない?」


‥‥‥確かに、それは一理ある。せっかく私たちに譲ってくれたんだし、使わないともったいないよね。ありがたく使わせていただこう。


「『丘の娘』って、祈りの好きな広崎ひろさき天音あまね、出演してたよな」

「うん、よく知ってるね。だから見に行きたかったの。嬉しい。だから誘ってくれてありがとね!」


にこりと笑いかけると、そうか、と五月は呟き、そっぽを向いてしまう。私は小首を傾げるけれど、五月は一向にこちらを向かなかった。



『ああ、貴方は、僕がずっと探し求めていた、丘の娘‥‥‥!』

『貴方様は、あのとき助けてくださった、騎士様ですか‥‥‥?』


私は半分涙ぐみながらラストシーンに没頭していた。冒頭の子供時代に出会った彼らが、やっと再開する場面なのだ。


「あー、感動した」


私はハンカチで目元を拭いながらエスカレーターを下る。


「そんな泣くとこあった?」


ははっと五月は笑う。


「もう、何いってんの?感動しかないよ‥‥‥やっぱ広崎天音最高」

「俺は立川たちかわりおのほうが好きだけどな」

「えー、あのお金持ちの、鼻にかけた子?」


立川りおは、『丘の娘』で主人公に意地悪をする悪役令嬢で出演していた。


「役じゃねえよ。顔だよ」


え、立川りおの顔が好みなの?それを女子の前でサラッと言うの、ちょっと引くわー。


「引くなよ。だってちょっと‥‥‥」

「え、なに?」


ボソボソとなにか言うが、全く聞こえない。聞き返すと頬を染めて、なんでもないっ!とそっぽを向いてしまった。

顔を覗き込もうとすると、もっとそっぽを向かれてしまった。


「‥‥‥わあっ!」


五月と話すことに集中していた私は、エスカレーターの終わりの段差に足元をすくわれ、こけそうになる。


「危な」


五月が私の腕を引いて助けてくれた。


「ああああありがと」

「‥‥‥うん」


微妙に顔が近くなって、顔が熱を持つ。気のせいか、ちらりと見えた五月の耳が赤い。体制を立て直してもう大丈夫、というふうに一度うなずいた。五月は私の腕から手を離す。


「あ、そういえば、この前水羽もコケてたな」

「‥‥‥続も?」

「そう。この前数学の問題集運んでたとき。姉妹揃ってドジなの?」


五月は笑いながらいうけれど、私の胸の内は複雑だった。五月は同じように、腕を引いて助けたのだろうか。同じ反応をしてくれたのだろうか。


「‥‥‥祈?」

「なななななんでもない!」


私は慌てて首を振った。このままだと、自分の心の汚いところまで見透かされそうで、怖かった。


「そう?」


五月は首を傾げたあと、前を向いて少し歩いて、私を待っていた。


「やっぱ、またこけたら困るから」


五月はそう言いながら、私に右手を差し出す。え、これって‥‥‥?


「ん」


なにもしない私にしびれを切らしたのか、五月は私の手をとる。


「っっっっっ!!!!!」


私は声にならない悲鳴を上げる。

ずるいずるいずるい!そんなことするの、ずるい!だって‥‥‥もっと好きに、なっちゃうじゃん‥‥‥。

ちらりと見えた五月の耳は、心なしか少し、赤く染まっているように見えた。



「じゃあ、今日はありがとうね」


家の前で、五月と別れる。いつもと同じ光景なのに、なぜだかずっと、寂しく感じる。それに、やっと話した左手が、まだほんのり温かくて、ドキドキする。

私は五月が見えなくなるのを見送ってから、家に入った。


「‥‥‥だって、立川りお、どこか祈に似てるから‥‥‥」


さっき言えなかった言葉を、五月が小さく呟いていたこと。私は知らなかった。

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