第14話

「祈、一緒に帰ろうぜ」


学校の校門を出たあたりでたっと駆け寄ってきたのは五月だった。続はいない。今日はおそらく病院の日だ。


「久しぶりだな、一緒に帰るの。最近なんか、祈と話せてない気がするし」


――それは、だって。続とずうっと一緒にいるんだもん。話したくても、話しかけられないし。

なにも言わない私の顔を、ちらりと見てかりかりと頭をかく。


「しといるより‥‥‥」

「‥‥‥祈?」

「私といるより、続といるほうが楽しいんだ」

「‥‥‥は?」

「そうでしょう?私と話すより、続と話すほうが、楽しそうなんだもの!」

「なんだ、それ?」


五月は首を傾げる。


「俺、そんなこと思ってないぜ。水羽は男バレのマネだしいろいろ話すけど、それ以下でもそれ以上でもないし。むしろ俺、祈といるほうが自然でいられる気がして、いい」


にひっと五月は笑う。なんだか笑顔を久しぶりに正面から見た気がして、少し目を見開いた。


「‥‥‥そ」


私は熱を持った頬を隠すようにわざとそっけなく返し、反対を向いた。五月はまた、にひっと笑った。



もう帰っているのだろうか、玄関の鍵が空いている。


「ただいま」

「もう放っておいてよ!」


家に入ったとたん、続の叫び声が響いた。私は驚いてリビングを覗こうとすると、勝手にドアが開いて、涙でぐちゃぐちゃの続が出てきた。私に気がついていないのか、自室に戻るのだろう、大きな足音を立てながら階段を登っていった。

私はそっとリビングを覗くと、お母さんがソファに腰掛けていた。帰ってきたばかりなのか、かばんが足元に転がっており、夜ご飯の準備もしていない。泣いているのか、目元を抑え、規則的に鼻をすするような音が聞こえる。

なんだか声をかけられず、私は顔を引っ込め、次は続の部屋に向かった。忍び足で階段を登り、部屋に近づいた。音を立てないようにそっと覗くと、勉強机に腰掛け、一冊のノートを開いていた。しかしその手は、ひたすら目元を拭うばかりだった。私はその背中に、声をかけることができなかった。

なんだか拒絶されているような、そんな気配を感じたから。



次の日の家の空気は、最悪だった。

いや、昨日の夜の空気がよかったのかと言われれば、そういう訳でもなく。とりあえず、ギスギスというか、チクチクというか、そんな空気が漂っていた。お父さんはそんな空気をいち早く感じ取ったのか、秒で朝ごはんを片付けると、ソッコー家を出ていった。おそらくいつもより一本早い電車で会社に向かったのだろう。お父さんめ、逃げやがって‥‥‥。

お母さんは八つ当たりなのか、はたまたたまたまなのか、今日のパン、ビミョーに焦げていた。まあ、文句行ったらそれこそ『油に火を注ぐ』ことになっちゃうから何も言わずに食べたんだけど‥‥‥。私はもそもそと朝ごはんを食べている続を横目で見ながら、牛乳を流し込んだ。



「早くしてよ、続」

「ちょっと待って」


今日ももたもた靴紐を結ぶ続。病気だから仕方ないのはわかっているんだけど。


「もうっ、先行ってるよ!」


私は続を待つのをやめて先に外に出た。やり場のないイライラをぶつけるように、玄関の戸を力いっぱい、ガチャンッと大きな音を立てて閉めた。

一緒に行くんだから、急いじゃダメだってことはわかってるけど、やはり少し、早歩きをしてしまう。一緒に歩くことが辛いのもそうだし、なにより若干、遅刻ギリギリなのだ。


「待ってよ、祈」


坂の上の方、小さく見える続が歩いている。仕方ないと私は歩みを止めて待つ。


「ありがと」


ゆっくりと歩いて追いついてきた続だけど、私は少しイラっとした。どうして遅刻ギリギリなのに、そんなにゆっくり歩けるのか。病気だから運動しちゃいけないのはわかってるけど、やっぱり遅刻はよくないんだから、少しは急げばいいのに。


「祈、水羽!」


学校の敷地が見えてきたあたりで名前を呼ばれ、振り返ると五月だった。寝坊したのだろうか、寝癖がたっている。

か、可愛い‥‥‥。


「おはよう、五月くん」


続は何事もなかったかのようにあいさつを返す。それも、五月の顔すら見ることなく。いつもだったら五月くんっ、と何かしら話しかけるのに‥‥‥今日はしないの?


「あっ、おはよ、五月」


自分があいさつを返していないことに気がついて、慌てて返す。


「なあ、水羽ってなんかあった?」

「さあ。朝からなんだか機嫌ワルくって。昨日お母さんと喧嘩してたっぽいからそれかなあ、みたいな」


五月はなるほどというように頷いた。


「祈、あたし学校でやることあるから先行くね」


私と五月の会話が聞こえたのか聞こえなかったのか、続は私の顔を見ることなくそう言うと、回れ右して少し早足で歩き出した。

なに、それ!早歩きできるんじゃん!じゃあ最初っからそのスピードで歩いてよ!

私はイライラをぶつけるように、拳を強く握った。


「‥‥‥なあ、祈」

「‥‥‥ん」


私のイライラを感じ取ったのか、感じ取っていないのか、五月はそう声をかける。


「今度の土曜、もし空いてれば、よかったら一緒に映画でもいかない?」

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