Chapter3〜Inori〜
第13話
「さ、五月くん!」
「水羽?」
続が急に、五月に対して積極的になった。何かあるごとに話しかけ、何かあるごとに付きまとう。当然女子からはあまり良く思われない訳で。
「‥‥‥なんなの、水羽続」
風子は続を思いっきり睨む。続はそれに全く気が付かないように‥‥‥ていうか、全く気がつかずにニコニコ笑いながら話しかける。
続、なんだか嫌だな。そう思っているのは風子だけではなくて、多くの女子が、おそらくそう思っている。私もそう思ってしまったから。
「いのりん、いいの?このままじゃ、続ちゃんに五月、取られちゃうよ」
「‥‥‥うん、知ってる」
五月はきっと、そう簡単に流されるやつじゃない‥‥‥と思うけど。
でも、でも、もしかしたら続のことが気になり出して、告白でもしたら?
私は軽く唇を噛んだ。
と、突如、私と真麻の携帯が同時に通知を告げた。
私の通う学校では、遠くから通学してくる子もいるため、携帯の持ち込みが許可されている。授業中は電源を切るのが規則だ。
私と真麻は顔を見合わせ、携帯を開く。どうやらクラスの女子グループラインだったようだ。
私は文面を見て、口元を押さえた。
『fu:転入生の水羽さん、五月くんに近づいて、なんか嫌な感じ』
fu、つまり、ふう、風子のことだ。
私は気がついたら続を目で追っていて、ふと顔を上げた彼女と、目が合った。私はふいっと視線を逸らした。
次に風子を探すけど‥‥‥どうやら教室にいないようだった。
私は反対の意を書き込もうとするけど、その腕を真麻が掴んで、止める。
「だめ、そんなことしたら。余計火がついて、広まるだけ。無視するの」
そう静かにたしなめられ、私はトーク画面を閉じた。相変わらず続は、楽しそうに五月と話していた。
「あたしね、部活入ることにしたの」
二人で家の前のゆるい坂を登っているとき、突如続がそう切り出した。
「へえ、何部?」
「男子バレーボール部のマネージャー」
私は笑顔が固まるのを感じた。
「五月くんに言ってみたらね、大歓迎だって。マネージャーだったらそんなにきつくないし、程よく体力もつくんじゃないかなって。あたしスポーツ見るのは好きだから」
「へえ、マネージャーの募集もあったんだ、すごいね‥‥‥」
なるべく冷たくならないように、必死にそう返す。
言えなかった。五月が目当てなんでしょ、なんて。私の心の黒さがにじみ出そうで、言えなかった。
「お母さんたちもいいよって言ってたの。やりたいことやりなさいって。‥‥‥あたしが永く生きられないからそう言うけどさ、なんかちょっと、寂しいよねえ」
ふふっと笑う続は、なんだか鏡を見ているような気がしなかった。どうしてだかにくいと、そう思ってしまった。
どうしてお母さんたちにも、家族じゃない五月に相談したのに、姉である私には相談してくれなかったんだろう。それに続は‥‥‥私が五月に好意を寄せていることも、知っているはずなのに‥‥‥ひどい。
私は制服も脱がず、かばんも投げ捨てて布団に倒れ込んだ。体が布団の中に沈んでいくように、私も夢の中へと沈んでいった。
『続ちゃん!』
彼が呼びかける先にいるのは、純白の洋服を身にまとった私‥‥‥ううん、続だった。続は振り返って、彼に笑いかける。愛らしい、その笑顔は、今日見たものと同じ。あのにくかった笑顔。
彼は続の隣に並んで、どちらからともなく手を繋いだ。そして、透明な空へと続く長い長い階段を、一段一段登っていく。ゆっくりと、笑いながら。
その先に続くのは――。
「行ったらだめ!」
私は飛び起きた。目に入ったのは天井。いつもの、私の部屋。
「祈、大丈夫?」
そして、ドアのところに立っていたのは、お母さんだった。時計を見てみると、朝の八時。学校から帰ってからずっと眠ってしまったようだ。よく見れば、制服のままだったはずなのにいつの間にやらパジャマに着替えている。
「学校いかな――」
立ち上がろうとして、体が重たいことに気がついた。体ががくんっと倒れ込みそうになる。
「今日は学校休みなさい。熱がこんなにあって、よく行こうと思うわねえ」
と、突きつけられた体温計には、くっきりと38.6という数字が表示されていた。
「随分うなされてたよ。なんか嫌なことでもあった?」
お母さんは優しく問いかけ、私を横にし、布団をかける。
「‥‥‥続のこと?」
私は少し、目を見開いた。
「あたりね?」
お母さんはエスパーなのだろうか。
「続は、悪い子じゃないんだけどね。ちょっとずれてるっていうか、周りが読めないっていうか」
私は全力でうなずく。
「でも、あの子なりに考えてるし、言葉数が少ないだけで、理由がきちんとあると思うの。だからね、続の話、もっと聞いてあげて」
私は目を伏せた。
思えば続の行動は、読めないものばかりだった。その理由を説明することはないし、私も説明を求めることはしなかった。ただ単に、面倒だっただけなんだけど。
「急に双子なのよ――なんて言われて、どうしていいかわかんなかったと思うけど、あなたはよくお姉さんをやってくれていると思う。ありがとう」
お母さんはそっと立ち上がった。
「お粥取ってくるね。お腹すいたでしょ」
ドアノブに手をかけ、廊下に出ようとするお母さんの背中に、声をかけた。夢、と。お母さんは、ん?と振り返る。
「夢、見たの。続が、男の子と一緒に天国に行こうとする夢」
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