第9話
数日の検査を終えて、あたしは退院した。病院にいても、病が進行することに変わりはない。そういうことだ。
余命宣告されたその日から、やりたいことノートを開いていない。ううん、開けなくなったんだ。病気が治ることはない。あと三年で死ぬ。もう無理なんだ。夢を見たって仕方ない。現実を見ることしかできないんだ。
家に帰ってきたあたしを、祈は複雑そうな表情で迎え入れた。でも、大丈夫、とは聞かない。前と同じように接する。そんな祈に、どこか安心していた。
自宅で二、三日安静にして、学校に登校した。もともとそんなに友達は多くない。前と同じように、みんな干渉してこない。でもそれも、前よりもかなり、よそよそしい。
「おはよ、水羽!」
登校したあたしに声をかけてくれたのは、五月くんだった。
「お、おはよ」
そう返すけれど、その声に五月くんは気が付かない。‥‥‥すぐに、祈と竜田さんのところに飛んでいくから。五月くんは、あたしのことなど、眼中にないから。仕方ない。はあ、とため息を付いて自分の席に向かう。席替えをしたのだろうか、いつもの場所にあるのはあたしのものじゃない。
「水羽、席ここだぞ!」
それに気がついた五月くんが、そう声をかけてくれる。廊下側の、一番うしろ。祈は――と目を走らせると、窓側の一番前の席に腰掛けるのが見えた。端と端。あーあ、最悪だ。
「俺、水羽の隣だ」
嬉しそうに笑いながら隣りに座った五月くん。その顔を見ると、つられて笑いそうになる。頬が熱くなったのを感じて五月くんから視線をそらした。
前からだったけど、なんだかおかしい。五月くんといると、胸がほかほかする。でも同時に、なんだか苦しい。
それはきっと——。ぐっと胸が締め付けられ、私は顔を歪めた。はあ、こんなこと考えてしまうなんて、あたしは馬鹿だなぁ。
「水羽、一緒に帰ろうぜ!」
ホームルームが終わった途端、五月くんはそうあたしに声をかける。教室を見渡してみると、祈は跡形もなく消え去っていた。おそらく部活に行ったのだろう。
「‥‥‥今日、祈いないよ」
「そんなこと知ってるし」
俺、祈狙いだと思われてたのかよ、と苦笑いしながら呟く。今日は部活がないのだろうか。
「まあ、いいけど」
今日はさっさと帰ろうと思っていたし。あたしはカバンを肩にかけ、立ち上がった。五月くんは、ゆっくりと歩くあたしに歩幅を合わせて歩いてくれる。
「祈ちゃん、やっと付き合い始めたのー?おめでとおー!」
違うクラスであろう女子がそう言いながら、あたしたちの横を通り過ぎて行った。
「ええっ‥‥‥俺、祈とそういうことになってたのかよ‥‥‥」
「いや待って、問題はそこじゃない。あたし、祈じゃなくて続だから」
違うところを気にする五月くんに突っ込む。別に祈と五月くんがそういう関係でも関係じゃなくてもいいんだが、あたしを巻き込むのはやめてくれ。
校門を出て、ゆっくりと大通りを歩いて行く。お互いに何も言わず、ただ歩くだけ。
「——祈ちゃんー!」
後ろから、ポンと背中を叩かれてびくりとする。振り返ると、初めましての女の子だった。
「やっだー!ウチだよウチ!幼なじみのこと、忘れないでよねー!」
いやぁ、本当にわかんないんですが。あたし幼なじみいないし、第一祈じゃないし。
「こいつ、祈じゃなくて続だぞ?」
五月くんが代わりに答えてくれる。
「へっ!?」
女の子はぱちくり。
「ごごご、ごめんなさーい!人違いでーす!」
顔を真っ赤にして地面に頭を打ちつけそうな勢いで礼をする。
「祈なら、今部活で学校ですよ」
なんだか可哀想になって、教えてあげることにした。
「すみませーん!」
女の子は頭をかきながら、学校の方へかけて行った。
「騒がしいやつだな。さすが祈の幼なじみなだけある」
「全く同感」
あたしは五月くんの言葉にうんうんと頷く。
「ていうか、あたし今日、二回も祈に間違えられたんだけど」
「ちょっとラッキーでいじゃない?」
「そうかもね」
あたしはちょっぴり苦笑い。祈に間違えられて、悪い気はしないけど、いい気もしない。あたしがいても、祈がいても、どっちでもいいような気がするから。『あたし』を求められていないような気がするから。
「続?」
後ろから声をかけられ、振り返る。今日初めて間違えられずに続って呼ばれた気がする。
「おお、お母さん!?」
あらら〜と笑うのは、買い物袋を持ったお母さんだった。
「ごめんなさいねえ、続。じゃあよろしくね、五月くん」
お母さんは、ふんふふ〜んと鼻歌でも歌いそうな勢いで、私たちを追い抜かして帰っていった。
「お母さんと五月くん、知り合いなの?」
「祈と小学生の時からクラスずっと一緒だったからな」
‥‥‥いいなあ。
「‥‥‥じゃなくて。お母さん多分、誤解してるよね!?あたしと五月くんが付き合ってるって、絶対思ったよね、あの顔!?」
「まあ、いいんじゃね?」
五月くんは何も気にしない様子で先立って歩いていく。
‥‥‥まあ、五月くんはそうかもしれないけどさ。置いていかれそうになって、ちょっと急ぎ足で五月くんの背を追いかけた。
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