第2話
「いのりん、部活、今日ミーティングだって!」
教室から飛び出してきた真麻は、登校早々私に言う。私と真麻は同じ、バドミントン部に所属している。昨年は一年生ながら、真麻と二人でダブルスを組み、新人戦では先輩を差し置いて、区大会三位、市大会出場まで果たしたのだ。
「続はどうする?先帰る?」
隣に立っていた続に問う。
続は部活に入る気はないらしい。いつも、ホームルームが終わると、ふらりとどこかにいったと思えば部活終わりにふらりと出てきて一緒に帰ったり、私が部活をしてるのを見ていたり、かと思えば先に帰ったりもする。
「今日は先に帰ろうかな」
「そう」
続は私の返事を聞く前に、すっと教室に入っていく。お互い、別に避けてるわけじゃないんだけどね。やっぱり離れていた分、温度差はあって。家だけじゃなくて学校でも一緒ってなると息が詰まる。
「おはよ、祈、竜田」
私は頭を軽くはたかれ、びっくりする。犯人は登校してきたばかりの五月だった。
「お、おはよう!」
「おっはー」
五月は他の男子に声をかけながら教室に入っていった。
なんだか視線を感じて隣を見ると、生暖かい瞳で見つめる真麻だった。
「なーんか進展してんじゃん?」
「べべべっ、別にっ!?続と名字が一緒で紛らわしいからそう呼ばれてるだけだしっ!」
「ふう〜ん」
真麻はニヤニヤしながら私を見つめる。私はいたたまれなくて視線をそらした。ふと、続と目があった。続はなんだか、寂しそうな目をしていた。
バドミントン部のミーティングの内容は、主に新一年生のことについてだった。来週から始まる仮入部に向けて、二年生の五人と三年生の二人、七人が指導に当たる。私と真麻は免除され、自分の練習に専念しろ、とのことだ。
「祈、一緒に帰ろうぜー」
ちょうど男子バレーボール部も終わったのだろうか。真麻と校門を出ると五月がやってきて、いつものように私の頭をはたく。
「もう!はたかないでよ!背が縮むでしょ!」
「変わんないって」
にひっと五月は笑う。
「いのりん、あたし塾だから、こっちから行くねー!」
「‥‥‥あっ!」
真麻は本当に塾なのか、私と五月が二人で帰れるようになのかわからないけれど、そそくさと反対の道へ帰っていった。
「てか、水羽と祈って姉妹だったんだろ?なんで違うとこ住んでたんだ?」
「それが、私もわかんないんだよね。ていうか、私も続も水羽なんだけど」
「悪い悪い。なんか続って呼ぶの、申し訳なくってさ。だってまだ会ったばっかりだし」
そりゃ、私は八年間同じクラスの腐れ縁で仲は悪くないとは思うけど。だって『祈』って呼ばれたら。
「‥‥‥意識しちゃうんだよ‥‥‥」
「ん?なんか言った?」
「‥‥‥なんでもない!」
結構勇気出して言ったのに。まあ、聞こえてなくてよかったけどさ。振られる未来しか見えないから。
「送ってくれてありがと。また明日ね」
「おう」
知ってるよ、五月。
私は家に入るふりをして、五月の後ろ姿を見た。来た方と同じ方向に向かって歩いている。こっちに来たのは私を送るためで、本当はもうちょっと前の通りを曲がらなきゃいけなかったんだ。
五月の後ろ姿が曲がり角の向こうに消えるのを見届けてから、今度こそ本当に家に入った。
「ただいま」
家の中は真っ暗だ。続、先に帰ったはずなのに。そういえば今日、珍しく家の鍵が閉まっていた。いつもは、お母さんがいるから開いているのだ。
パチン、とリビングの電気をつけると、ダイニングテーブルに置いてある、置き手紙が目に入った。
『いのりへ
用事があるのでつづきと出かけます。
八時には帰るから、夜ご飯の準備お願いね!
母』
なんだ、続と出かけたのか。お母さんが出かけることを知っていたから、続は先に家に帰ったのだろうか。まあいい。こういうことは前にもよくあった。不定期だが、お母さんが夜遅くなるからと、夜ご飯の準備を頼まれるのだ。多い時は週に二、三度。少なくても二週間に一回くらい。でも最近はめっきりだったから驚いた。
「‥‥‥冷蔵庫の中、何もないじゃん」
冷蔵庫を開けてつぶやく。中には卵と、少し野菜があるくらいだ。
「冷やご飯あるし‥‥‥チャーハンでいっか」
私は卵と入っていたキャベツ、ネギを出してさっと作る。
「「ただいまー」」
二人が帰ってきたのは、ちょうど出来上がった頃だった。ナイスタイミングだ。
「あ、夜ご飯、チャーハンだ」
「お母さん、冷蔵庫の中何もないよ」
「あはは、ごめんごめん!買い物行くの忘れてた」
笑い飛ばすお母さんを見て、私は少し呆れる。続は私の作ったチャーハンを物珍しそうに見つめている。
「これ、祈が作ったの?冷凍食品じゃなくて?」
「そうだよ、失礼な」
「うわぁ!すごい!あたし、ご飯作ったこと、一度もないんだ!」
続は私が作ったチャーハンを大絶賛。今度作り方を教えることになった。でも続、包丁すら握ったことがないらしいのだが‥‥‥大丈夫なのか?
——待って。調理実習って小学校からあるよね。きっとどの小学校‥‥‥続が通っていたであろうあおい小学校でも同じように。どうして包丁すら握ったことないの?
「うわぁ!美味しいね!美味しいね!すごいね!すごいね!」
そんな小さな疑問は、続の嬉しそうな笑顔でかき消されて——やがて、忘れていった。
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