Chapter1〜Inori〜
第1話
「二年一組、三十五番」
私は自分の名を見つけた後に、すぐ彼女の名前を探してしまう。しかしそれは、いとも簡単に見つかった。私の名の下に、彼女の名がある。
「祈、同じクラスだね!」
彼女はそう言って私の肩を軽く叩く。
水羽続。真新しいセーラー服に身を包んでいる。
私は
私たちは一卵性の双子の姉妹なのだ。しかし、そのことを知ったのはつい数日前のことで、それまで私はずっと一人っ子だと思ってきた。
「おう、水羽。また同じクラスだな」
そう言って続の頭を軽くはたいたのは、
「‥‥‥誰」
頭をはたかれた続は五月を見て、顔をしかめる。五月はえ、と大きく目を見開く。少しして、隣に立つ私にも気がついたようだ。
「み、水羽が二人‥‥‥?」
五月は私と続を見比べる。
「水羽続、私の妹」
「み、水羽って、双子だったのか!?なんで教えてくれなかったんだよ!?」
‥‥‥まあ、私だってついこないだまで知らなかったんだけどね。私は曖昧に笑って返す。
「ま、いいや。水羽‥‥‥ってややこしいな。祈、教室行こうぜ」
「‥‥‥っ!う、うん!」
五月‥‥‥初めて下の名前で呼んでくれたっ‥‥‥!
「祈、あたし職員室寄って先生と行くから」
「あ、うん」
続のこと、一瞬忘れちゃってた。申し訳ないけど。
「おはよお、いのりん!」
「わわっ!?」
靴を履き替えながら驚いたような声をあげたのは、「いのりん」こと祈、私ではなく、続だった。
「‥‥‥誰」
出ました、本日二度目の、続の「誰」。
「え‥‥‥」
振り返ってみると、驚いた顔をしているのは、友達の
「ドドド、ドッペルゲンガー‥‥‥!」
「違う違う違う、そしたら私、もう死んじゃってる」
私は真麻の前で手を振る。
「水羽続、私の妹」
「なななんで言ってくれなかったの‥‥‥?」
‥‥‥いや、私だってついこないだまで知らなかったんだけどね(二回目)。
「じゃああたし、本当に職員室行くから」
じゃあね、と靴箱で別れ、私は二年一組のある三階まで五月、真麻とともに登り始めた。
「水羽続、あおい中学校から来ました。よろしくお願いします」
続はそう言って、小さく頭を下げた。私と続を見比べる生徒たちを一瞥もせず、私の後ろの席に座った。
あおい中学校は、東京都の中心部のほうにある、ここ翠坂中学校より大きな中学校。続があおい中学校に通っていたのは知らなかった。
簡単なホームルームが終わると、さっそく私たちを囲む人たち。話したことのない人たちばっかりだ。
「なんで双子なのに違う中学校通ってたの?」
‥‥‥デリカシーゼロかよ。
私はその質問をぶっかけてきた
「やっぱ双子だし、できるの?テレパシーとか」
「「テレパシー‥‥‥」」
私と続の声が重なる。いきなりファンタジー‥‥‥。この学年、双子っていないんだったっけ。
「ていうかなんで姉妹なのに同じクラスになれたの?親のコネ?」
いや、そんなの知らないし。
「そうだ!」
「ぐっ!」
続の後ろに立っていた
「ちょっと——」
転入生がクラスメイトの双子の妹だったことに驚くのもわかるけど、さすがにやりすぎ——と、そう声をあげようとした。
「——そろそろやめなよ」
ヒヤリとするくらい、冷静な声がした。そちらの方を見ると、五月が立っていた。
平田を始めとしたギャラリーは、顔を見合わせると、バツの悪そうな顔をしてバラけていった。
「‥‥‥大丈夫?」
「う、うん」
五月が心配そうにそう聞くと、続は少し頰を染めて頷いた。
それにしても、どうして続の存在を教えてくれなかったのだろうか。
生まれてから、私は一人っ子だと思って育ってきた。この十三年と数ヶ月の間、ずっと。
「祈、話があるんだ」
四月になったばかり、春休み真っただ中。部活がOFF日なのをいいことに昼までのんびり眠っていた私は、お父さんの声ではっとして飛び起きた。いつもだったら入ってこないでよっ!と怒鳴るところなのだが、お父さんの顔を見ると、その言葉は喉で止まってしまった。
寝間着から普段着に着替え、軽く身支度を整えてからリビングに向かう。話って何なのだろうか。
リビングのドアを開けると、お父さんとお母さんは、ダイニングテーブルに腰掛け、もうひとり、私に背を向けて誰かが座っていた。背格好が、私に似ているような気がした。
「祈、こっち」
お母さんに手招きされ、空いていた誰かの隣に腰掛けた。
「祈、続」
お母さんに名前を呼ばれ、顔を上げた。「続」と呼ばれた子も顔を上げる。
驚かないで聞いてほしい。そう言うお母さんの声は、なんだか少し、震えていた。
「貴方たちは、一卵性双生児、姉妹なの」
私はお母さんの口から出てきた突拍子もない言葉に、まばたきを繰り返す。
一卵性双生児‥‥‥つまり、双子。‥‥‥私とこの子が?
私はそろそろと彼女の顔を見た。彼女も私の顔を見た。
‥‥‥そっくりだった。まるで、鏡を見ているような、そんな気がした。目の下にある小さなほくろの位置でさえも、そっくりおんなじなのだ。
お母さんは私たちに向かって一枚の紙を差し出した。
『血液型一致』
『DNA型一致』
『姉妹である確率100%』
私は言葉すら出なかった。無意識のうちに留めていた息を、ほうっと一息に吐き出す。
どうして教えてくれなかったの——聞こうとしたけれど、聞けなかった。お母さんもお父さんも、話す気はない。そんな心の声が、聞こえた気がしたから。私はその言葉を飲み込んで、じっと手元の紙を見つめ続けた。
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