にせ写楽枕絵奇譚(その44)
「いやねえ・・・」
お遼の鼻にかかった声が頭の上でした。
「・・・ちっとも、いやがっていないではないか」
男のかすれた声がした。
・・・桐座の楽日の公演の二番目の『四方錦故郷旅路』が打ち上げになる直前に、芝居小屋を出る手はずになっていた。
それが、岡っ引きが女房を使って張っていると信吉が言うので、それぞれがばらばらに見物客にまぎれて小屋を出ることになった。
小屋をでたところで、先手組の侍が行く手をさえぎり、横手から現れた別の侍がお遼をかっさらって路地に逃げた。
『かどわかされるかもしれないから、驚かないで・・・』
昨夜お遼が寝物語に言っていたので、驚かなかったが、かどわかされたというよりも、みずから逃げたようなお遼の不審な行動が、『先手組の山村さんを頼る』と言っていたのとどうつながるのかまったく分からなかった。
・・・お遼は先手組の侍とともに日本橋まで小走りで走り、橋を渡ったところで、辻駕籠に乗せられ、四谷木戸口あたりの旗本の組屋敷に連れ込まれた。
駕籠のあとをつけた幸吉は、廃屋のような組屋敷の長屋の床下に潜り込んだ。
「山村さま、こんな廃屋同様の長屋では色気がなさすぎます」
お遼が不満を口にすると、
「赤城の万次郎がどうなったか確かめてからではないと、うかつには動けん。それまでは、ちと辛抱じゃ。そなたは、儂を慕っておると手紙にあった。まずはその気持ちとやらを確かめようぞ。・・・生娘でもあるまいて・・・、辛抱たまらんのじゃ」
そんなふたりの会話があってから、もつれあって、帯を解く音が聞こえた。
「ああ、そのようなところをいきなり・・・」
「なるほど、万次郎が溺れただけあって・・・感じやすいのう。拙者にも四十八手の手ほどきをしてくれ」
「山村さまこそ、お遊び慣れた手練れではございませんか。とてもお上手で・・・」
頭の上で、男と女の組んずほぐれずの愛欲絵図がはじまると思うと、幸吉は我慢がならなくなった。
床下から這い出した幸吉は、夕焼けに染まった障子の破れ目から中を覗いた。
・・・着流しの山村が、着物の前をはだけたお遼の白い裸身にのしかかろうとしていた。
山村の足元に転がる大小を見つけた瞬間、幸吉は我を忘れた。
部屋に飛び込み、山村の小太刀を抜き、驚いて振り向いた山村の喉に切っ先を突き入れた。
喉から噴き出た血潮が、お遼の裸身に降り注いだ。
「なんてえことをするんだい!」
のしかかる山村を押しのけたお遼は、着物でからだを被うと、幸吉を怒鳴り上げた。
「俺というものがありながら、よくもこんな奴と・・・」
幸吉も負けずに言い返すと、
「だれが、こんな鬼瓦みたいなご面相の男と喜んで寝るものか」
「・・・・・」
「のぼせるだけのぼせておいて、とことん利用してやろうと思ったのに・・・、あんたのおかげでぶち壊しだよう。この落とし前をどうつけるんだい!」
首うなだれた幸吉が何も言い返せないのをいいことに、本性をあらわにしたお遼は、とことん幸吉をいたぶった。
着物を着て帯を締めたお遼は、煤けた畳に転がる山村の胴巻きに手を突っ込んで奪った財布の中身を改めると、
「しけた奴だねえ。たいした銭も持ってやしねえ。銭がなきゃあ、お侍を殺したお尋ね者は逃げおおせないよ。どうするつもりだい」
とお遼は幸吉を睨みつけた。
そうは言ったお遼だが、幸吉に手伝わせて山村の死体を縁側へ運び、床下の奥深くに引きずり込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます