第144話 「婚約者を決めてしまってくれ」

「皆、よく来てくれたな」


「いえ、陛下が御呼びとあれば」


 武芸大会が終わって二日後。

私とティータ、とレティ。そして、ジュンとユフィール。

五人が陛下に呼び出された。


 一体何の用で呼び出されたんだか…禁書が盗まれたってのは団長から聞いたけど、その件?

いや、それならこの五人なのはおかしい。

ジュンは兎も角、ユフィールが呼ばれる理由が無い。


「それで、陛下。本日はどのような?」


「うむ。先ずは簡単な話から済ませよう。ティータ・フレイアルよ」


「はっ」


「武芸大会の優勝、見事であった。お前の武芸と、先の戦争の功績も考慮しフレイアル家を準男爵へと陞爵させる。後日、改めてお前の父には登城してもらう由、伝えておくように」


「はい!か、感謝申し上げます!」


 本当にティータの家が準男爵になったかー。

ティータのお父さんも、派閥争いに巻き込まれそ。


「次に、レティよ」


「は、はい!」


「お前には正式な騎士爵を与え、新たな騎士爵家を興す事とする。お前が初代当主となる。家名を考えておけ」


「は、はい!ありがとうございます!」


 これでレティは正式な貴族、か。

家族は平民のままだけど、これでレティの子供は爵位を継げるわけだ。


 で、此処まではまぁ、予想出来た。

問題はこの後だ。


「さて…此処からが問題なのだが」


「問題、ですか」


「ああ。…ジュンよ」


「はい」


「先ずは武芸大会の優勝。見事であった。まさかお前が剣術でもあれほどの才を見せるとは。アイシスも、聞いてはいたが大した魔法の才だった。感服したぞ」


「「ありがとうございます」」


「うむ。しかし、だ。それで、少しばかり困った事があってな」


「困った事、ですか」


「うむ。ジュンよ…お前、まだ正式な婚約者が居ないというのは真か?」


「は?…あ、いえ、公表はしておりませんが、幼馴染のメイドと婚約しております」


「何、メイド?公表しておらぬのはその者の身分が低い故か?」


「はい」


「ふむ…アイシスよ。お前にも婚約者が居なかったな?」


「え?あ、はい」


「ユフィールもそうだったな?」


「……ハイ」


 一体何?もしかして、私達の婚約者を陛下が決めようって?

いやいや、冗談じゃないぞ。私はジュンと結婚するって決まってるんだし。

まだお互いの親に話してないだけで!


「あの、陛下?それが何か?」


「うむ。実はな…お前達を王家に取り込もうという動きがあってな」


「え?ボクとアイシスさん、ユフィールさんをですか?」


「いや、お前達全員、ティータとレティもだ。もう一人の武芸大会の優勝者、リーシャも同じくな」


 つまり…武芸大会の優勝者全員を王家に取り込もうって?

いやいや…何でさ。スゴい迷惑。


「つまり…ボクはニーナ殿下の夫に。アイシスさん達はエディ殿下の妻にすると?」


「そうではない。王家と言ったのが悪かったか。王族と言うべきだったな」


「えっと…どういう事ですか?」


「つまりな。余の叔母上や叔父上、従姉や又従妹連中が自分の子や孫らにお前達と婚約させるように動いてる、という話だ」


「はいい?」


 それって…陛下の遠い親戚?

確かに王族と言えるけれど…王位継承権は有っても遠すぎて候補にも登らないような人達でしょ?

何でそんな人達が私達と婚約したがる?


「王家…いや、王族にも色々居てな。余にとって代わって自分の子を王位に就けようとアレやコレやと画策しておるのよ。その一環として、武芸大会の優勝者を身内に取り込もう、というのだな。そして、その中でも本命は…」


「魔帝のジュンさん、剣帝のアイシス、ですね」


「うむ。次に公爵家令嬢のユフィールであるな」


「………」


 ユフィールが凄く迷惑そう。

うん、今回ばっかりは心底同意するぞ。


 あれ、そう言えばジュンがユフィールに王家から婚約の話があるかもとか言ってたような?

もしかして、予想してた?


 と、思って聞いてみた。


「あ、いえ。ユフィールさんに王家から縁談が行くとしたら御相手はエディ殿下かジョゼ殿下だと思っていましたが、まさか王族の誰か、だとは。確かにユフィールさんの身分的にはありえる話ですが…」


「あ、あの~…」


「何だ?レティよ、申してみよ」


「は、はい。あたしは貴族になると言っても末端の騎士爵です。王族の方と婚約するような身分ではないと思うのですが…」


「確かにな。だが王族と言ってもピンキリだ。愛人に産ませた子も居るし、気紛れで手を出したメイドの子、とかな。言葉は悪いが、殆ど飼い殺しになってるような者も居る。そういった者をあてがい、少しでも力を取り込もう、と考えておるのだろうな」


「は、はぁ…」


 なんて迷惑な話。権力争いだか何だか知らないけど、私達とは無関係にやって欲しい。


「でも、ボク達と縁を結んだからと言って、王位を取って代われるものですか?」


「無論、出来ん。出来ぬが…何があるかわからぬからな。ヴィクトルのように…」


「それって…」


 エディ殿下やニーナ殿下も暗殺されるかもしれない、って事か。

しかも、王族の誰かの仕業で。はぁ…やだやだ。

これだから権力者ってのは…


「この事態を招いたのは余の不徳が招いた処。それにお前達を巻き込むのは忍びない。そこで、だ。お前達、すまないが婚約者を決めてしまってくれ」


「「「「「は?」」」」」


「このような形で婚約者を決めるのは不本意であるだろうが…王族から婚約を迫られればお前達も断り難いであろう?そこで、表向きだけでも婚約者を決めて公表して欲しいのだ。取り合えずで良い。後で婚約を破棄する前提でも良いから、早急に頼むぞ。こちらも出来るだけ早く、叔母上らを黙らせておく」


 つまり…陛下が王族内のゴタゴタを何とかまとめる迄の時間稼ぎとして、私達に婚約しろ、と。

嘘でもいいから、と。そういう事か。


「あ、じゃあ私はジュンと婚約しまーす!」


「ほう?」


「え、ちょ、アイシスさん!?」


 いい機会だし、この場で陛下に報告して、許可を貰おう。

陛下の許可を頂ければ周りが何と言おうと、結婚出来るし!


「実はー前々からージュンとはーそういうー話をーしてたんですよー」


「そうなのか?ジュンよ」


「え?えっと…はい、嘘ではないです」


「ふむ…魔帝と剣帝が婚約…騒ぐ奴は居るであろうが、手っ取り早くはあるか。良かろう、余は祝福するぞ」


「え?あ…え?」


「ありがとうございます!」


「「「………」」」


 フハハハハ!これぞ棚ぼた!

思わぬ形でジュンとの婚約が正式に成立した!


「………」ギリギリ


 フハハハハ!ユフィールが悔しそうに見つめておるわ!

しかし、陛下がお認めになった以上!貴様にはどうしようもあるまい!


「そうだ。そうであるな…どうせならジュンよ。この場の全員と婚約してしまうのはどうだ?」


「は?」


「「「え」」」


 え?は?ええええ!?ちょっと、陛下!?

あんた何言ってくれてますのん!?


「あの…陛下?一体何を…」


「何、先に言ったようにその場凌ぎの話だ。王族からの婚約を断り、問題が片付けば婚約を解消すれば良いだけの話だ。お互いが事情を把握した上での話なのだから、問題ないであろう?」


「それは…そうかもしれませんが…」


「無論、本当に結婚してしまっても問題は無い。ジュンよ、お前は今、多数の娘らからアピールを受けておるようだが…その者らを躱すのにも便利な口実となるであろう?」


「は、はい…」


「ま、その者達も全員娶ってしまうのも良いかもな。グラウバーン家なら可能であろうし。全く、モテ過ぎるのも困ったものだな?アッハッハッハッ!」


 笑い事じゃないってーの!何言ってんだオッサン!

ティータとレティは兎も角、ユフィールも婚約とか!


「………」ニヤニヤ


 くっ!このっ…さっきまでの悔しそうな顔から一転して、何だそのニヤけ顔は…!

こいつ、絶対その場限りの婚約話で終わらせるつもりないだろう!


「………」フフン


「こ、この…」


「ん?…あー…そうか、ユフィールはグレイルの娘、ロックハート公爵家令嬢であったな。となれば、ジュンと婚約するのは拙いな。すまぬが、ユフィールとの婚約は無しだ。少なくとも今はな」


「!!!」ガーン!


「…す、すまぬな。ユフィールは上手く躱してくれ」


 くくく!そう言えばロックハート公爵家は第一王女派!

王位継承問題が片付くまではジュンと婚約出来ない!グラウバーン家が中立を貫いている間は!

ハッハッハッ!残念だったな、ユフィール!


「話は以上だ。下がってよい」


「あの、陛下。一つよろしいでしょうか」


「ん?何だ、申してみよ」


「はっ。先日、王城から禁書から盗まれたと聞きましたが」


「うむ。まだ犯人は捕まっておらぬし、捜査に進展は無いと聞いている。それが?」


「差支え無ければ、盗まれた禁書の内容を教えて頂きたく」


「…それを知ってどうする?」


「内容によっては、対抗策を講じる必要があるかと。事態が発覚してからでは遅いかと思い」


「…内容は言えぬ。だが、対抗策を講じる必要は無い。危険な物に変わりは無いがな」


「…承知しました」


「うむ。では下がるがよい」


「はっ。それでは」


 禁書の内容、ねぇ。

そんなの知ったからって対抗策なんて立てられるものかな?


「内容がわかれば何か事件が起きた時、禁書に記された魔法かもしれないと、予測出来ますし。もし呪いや魔法薬などの類であれば神聖魔法使いや魔法薬の知識がある人物を集めておくなど、被害を最小限に抑える為の用意も出来ます。知っておいて損はありませんよ」


「なるほどぉ。ジュンちゃん賢い」


「そうね。でも陛下が教えてくださらなかった事を考えると…」


「ええ。今すぐにどうにかしなければならないような、緊急性の高い内容では無かったようですね」


 ふうん…禁書の内容と、その対策かぁ。

それも面倒な事に…いや、盗まれた時点でもうなってるか。


 これ以上面倒な事にならないように、祈っておこう。

当面の問題は…だ。


「さ。早く帰って、私達の今後について、話合おうじゃないか。なー?」


「え、ええ、そうね」


「まさか、ジュンちゃんとこんな形で婚約するなんてね~ダイナに嫉妬されちゃう」


「ユフィールは残念だったなーいや、ほんと」


「………」ギリギリ


「そ、それに関してはゆっくりじっくり話し合うという事で…帰りましょうか」


 じっくり話合ったらティータ達に上手く言いくるめられそうだけど…何とか最小限に抑えなくては!


 少なくとも正妻の座は渡さないぞ!絶対に!

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