第143話 「王家って、案外多いのよ?」

 禁書が盗まれた。

その大事件の前に、王家や上級貴族、七天騎士団の面々は頭を抱えて…無かった。


「ガハハハ!飲んでるか、ジュン!」


「ボクはまだ未成年ですよ、父上…」


「硬い事言うな!飲め飲め!ガハハハ!」


 ナッシュからの聴取が終わった後、予定通りに宴が開かれた。


 優勝者全員がほぼ身内のようなものなので、合同で。

居候中のロックハート公爵家は勿論。

アイシスさんのニルヴァーナ家も。

ティータさんのフレイアル家も。

レティさんの御家族も来ている。


 他にも、レティさんと同様に弓部門優勝のリーシャさんとその家族。


 応援してくれた七天騎士団の団長達。

それからセーラさん達の御家族…マクスウェル公爵達も招待した。


 宴というよりはもう大パーティーだ。

七天騎士団の団員達も呼びたいとこではあったが、流石に入り切らないので、各騎士団の本部へ食べ物とお酒を届けてあるそうだ。


 全てセバスチャンが手配してくれていた。

何も言わなくてもやってくれるあたり、流石だ。


「良いんですかね、パーティーなんてしてて…」


「良いんだ!確かに大事件だが、まだ公式に発表されていない以上、俺達が表立って動くわけにも行かんし、泥棒を追うのは俺達の仕事じゃない。協力要請があるまでは何もやる事は無い。それに何より!」


「何より?」


「お前の優勝を祝う以上に大切な事など無い!だから気にするな!ガハハハ!飲め飲めーい!」


 …まぁ、確かに。

捜査は黄天騎士団が担当するだろうし、何にでもしゃしゃり出るわけにも行かないか。


 今はパーティーを楽しもう。


「姉ちゃん、此処すっげぇな!」


「でしょ?公爵様の御屋敷だからね!」


「公爵様って、やっぱり偉いの?」


「偉いよ~王様の次くらいに偉いんだよ~」


「そんな人と姉ちゃんは知り合いなのか!」


「お姉ちゃん、すっごい」


「アハハ!そうだ!お姉ちゃんはすっごいんだ!」


 あの一角に居るのはレティさんの一家か。

御両親と八人兄妹の十人家族。

大家族だな…ちょっと羨ましい。


「ティータ。今日の試合は見事だった」


「昨日は腑抜けた試合もあったが、今日は良かったぞ。優勝、おめでとう」


「おめでとう、ティータ」


「ありがとうございます」


「うむ…だが酒は飲むなよ」


「折角のめでたい席だが、お前が酒を飲むと、な…」


「はい…」


 隣に居るのはティータさんのフレイアル家の皆さんだ。


 当主である父君と次期当主の兄君。

そして母君の四人家族。先程少し話をしたが、兄君には婚約者が一人居るそうだ。

準男爵に陞爵出来たら、二人に増やさないとダメかもしれないが。


「はわわわ…グラウバーン公爵閣下だけでなく、マクスウェル公爵閣下にロックハート公爵閣下まで…他にも七天騎士団の団長がいっぱい…ど、どうしよう、エマ!」


「どうもこうも無い。堂々としてろ、ノア」


「情けないよ、パパ」


「旦那様、気をしっかり持ってください」


「アンアン!」


 ノア様は相変わらず、こういう場は苦手らしい。

エマ様やアイシスさんは堂々としてるんだけど。


 サラは…聞いた限りじゃ落ち込んでいたらしいけど、今はなんとか持ち直したみたいだ。


 本来、こういう場に犬の連れ込みなんつ認められないんだけど…今回は特別だ。


「ジュン君、改めて優勝おめでとう」


「おめでとう御座います、ジュン様」


「ありがとうございます、ラティスさん。クリムゾン団長」


 ラティスさんとクリムゾン団長が一緒に祝いに来てくれた。


 やっぱり、仲良いんじゃ?


「ラティスと仲は良くないですわよ。それより、前から気になっていたのですが」


「何でしょうか?」


「何故、ラティスは名前で呼んでいるのに、わたくしはクリムゾン団長と呼ぶのです?わたくしも名前で呼んでくださいませ」


「無視して良いわよ、ジュン君。ネーナと会話する事なんて、今後も僅かな機会しか無いのだから。私と違って」


「こ、この…」


「はいはい、おめでたい席なんだから、喧嘩しちゃダメよん。はあい、ジュンちゃん。優勝おめでと~。あたし達まで招待してくれて、ありがとねぇ」


「ありがとうございます。ヒューゴ団長も楽しんで行ってください」


「よくやったな、魔帝!約束通り、フィルと魔帝はともだちだ!」


「ありがとう、フィルちゃん。美味しい物が沢山あるから、いっぱい食べてね」


 ラティスさんとクリムゾン団長の仲裁をするように、ヒューゴ団長一家が来てくれた。


 おかしな恰好をしてても空気は読めるんですね、ヒューゴ団長。


「うん!じゃ、じゃあ…これ!これ頂戴!」


「これ?はい、どうぞ」


「えっと…あ、あ~ん」


「え?」


「あ~ん!」


 …もしかして食べさせろと?

意外と甘えん坊さんだな、フィルちゃんは。


「はいはい。あ~ん」


「あ~ん!…お、美味しいかも」


「それは良かった…ん?」


「……」


「ユフィールさん?どうかしました?」


「……」


 口を開けて見つめて来るユフィールさん…もしかしなくても、同じ事をやれと?


「……」コクコク


「はいはい…美味しいですか?」


「……」コクコク


「むぅ…」


「……」フフン


 何もこんな小さな子に張り合わなくても。

結構子供っぽいとこが…ハッ!?


「「「「……」」」」


「あらあら。なんて微笑ましい」


 ロックハート公爵家男性陣から熱視線…これくらいでそんな眼しなくても…ハッ!またしても殺気が!?


「ジュン君?ユフィールさんとは随分仲が良いのね?」


「セーラさん…何ですか、怖い顔して」


「あら失礼ね。こんなニコニコ顔の美少女を捕まえて」


 いえ、その笑顔が怖いです。

得体の知れない何かを感じます。


「私にもお前が怖く見えるぞ、セーラ」


「それじゃ男の人は捕まえられないわよ、セーラ」


「うっ…お父様、お母様…」


 セーラさんの父君、ジェイムズ・マクスウェル公爵様と、その妻フランシスカ・マクスウェル公爵夫人だ。


 マクスウェル公爵様は四十代前半。軍務系貴族の代表のような存在だが本人は文官肌。

あまり荒事には向いてないような印象を受ける、恰幅の良い方だ。


 フランシスカ様はセーラさんの母君だけあって美人。

セーラさんの金髪は母親譲りのようだ。


「マクスウェル公爵様、フランシスカ様。急な招待に応じて頂き、感謝申し上げます」


「いやいや。こちらこそ、招待して頂いて感謝申し上げるよ、魔帝殿」


「娘がお世話になってますし、一度はご挨拶しなければと思ってましたし。我儘な娘で、大変でしょう?」


「いえ、そんな事は」


「そうよ、お母様。居候の身で、我儘なんて言いませんー」


 …少しは言ってたと思いますけどね。まぁ良いですけど。


「あら、そう?なら、ジュン様とは何処まで進んだの?」


「え?何処までって…」


「同衾したりした?」


「ど!?してないわよ!何て事聞くのよ、お母様!」


 …フランシスカ様とは以前も会った事があるけれど…こんな人だったっけ。


 いきなり凄い事聞く人だな。


「あら。じゃあやっぱり処女のままなのね。はぁ…この数ヶ月の間、何をしてたのかしら」


「な、何って…」


「ちゃんと教えてあげたでしょう?男なんてね、胃袋と玉袋を掴めば簡単におとせるのよ」


「た、玉袋…こんな場所でそんな事口にしないで!」


「そんな程度で恥じらうから進展が無いのよ」


「キ…キスはしたもん!」


「キ~ス~?どうせ唇が触れ合うだけのお子ちゃまキスでしょ?そちらのユフィールさんがしたのを見て、焦って無理矢理しただけの」


「どうしてわかるの!?」


 鋭い。まるで見ていたかのような的確な指摘。


「仕方無いわねぇ。もう一度レクチャーしてあげる。男爵家の三女に過ぎなかった私がマクスウェル公爵夫人の座を勝ち取った、その手練手管を!」


「あー…つまり、マクスウェル公爵様が如何にしてフランシスカ様に口説かれたか、その過程をこの場で公表してくださると」


「やめてくれ、フランシスカ。頼むから」


「えぇーじゃあ、あっちで話しましょ。興味がある人は一緒に来なさい。あ、セーラは強制参加よ」


「是非、私にも聞かせてください」


「わたくしもお願いしますわ」


「リーランド団長も行きましょ。私も行きますから」


「何か、あの集団に混じるのは気が引けるが…仕方無い」


 ……フランシスカ様が急遽始めた恋愛テクニック講座に、ラティスさんを始め、未婚女性の殆どが参加してしまった。


 ユフィールさんやフィルちゃんまで参加するとは思わなかった。


「大変ねぇ、ジュンちゃん」


「ヒューゴ団長は良いんですか?フィルちゃんまで参加してますけど」


「妻が着いて行ったから、大丈夫よ。それより、ジュンちゃんは早いとこ婚約者を決めて、公表した方が良いわよ」


「え?というと?」


「だあってさぁ。『魔帝』ってだけでも十分なのに、武芸大会で優勝までしちゃって。オマケに男らしく決闘を受けて堂々と勝利。更には超が付く美少年。もう何処の物語の主人公かって話よ。王位継承問題があってもなくても、ジュンちゃんと縁を結びたい貴族家は沢山いるわ。いえ、王家が動き出しても不思議じゃないわね」


「…陛下はそんな…動かないでしょう。王家継承問題が片付くまでは」


「…王家って、案外多いのよ?ジュンちゃん」


「それって…」


「やぁ、ジュン殿!遅れて申し訳無い!」


「あら、来たのクリスちゃん」


 蒼天騎士団クリス・ビッテンフェルト団長だ。

正直、あまり招待したくなかったけど…オーク・ゴブリン連合の討伐も手伝って戴いたし、招待しないわけにも行かなかった。


「だから兄さん。ジュン君に近付かないで」


「ふん!お前にそんな指図される謂れは無い!」


「あるわよ。ビッテンフェルト伯爵家にも影響が出るんだから」


「それは問題無い。父上や兄上も、ジュン殿と仲良くするように言っていたじゃないか」


「それは兄さんじゃなくて、私に言ったの!もう…遅れてごめんなさい、ジュン君。少し家での話し合いが長引いてしまって」


「何かあったのですか?」


「ううん、久しぶりに帰ったものだから積もる話があっただけよ」


 ビッテンフェルト団長の妹、ルクレツィアさんも白天騎士団の副団長。何だかんだで白天騎士団は王都から離れてるし、家族と会う時間は取れてないのだろう。


「妹には縁談が来ていたのだよ」


「兄さん!」


「縁談ですか」


「ルクレツィアも良い歳だからね。いい加減に身を固めるように言われてるのさ」


「はぁ。ビッテンフェルト団長は結婚されないのですか?」


「ん?ふふ、わかっている癖に。中々意地悪な事を聞くな、魔帝殿。私は君とーー」


「ひぇっ」


「ちょっと兄さん!ジュン君から離れ…兄さん?」


 ビッテンフェルト団長に腰に手を回され抱き寄せられた。

止めてください、誤解されます……?

何か様子がおかしいな。

ビッテンフェルト団長が驚愕に震えた顔してる。


 それ、どちからと言うとボクがする顔では?


「な、何という事だ…」


「ちょっとクリスちゃん?どうしたのよ?」


「兄さん?」


「ジュン殿…君は…君は既に…」


「はい?あ、先ずは離れてくれませんか」


「君は既に…女を知っているのか!」


「は?」


「「「え」」」


 女を…知っている?

この場合は…まさか童貞か非童貞かって話ですか?


 ……いやいやいや!何故それがわかる!


「クリスちゃん?何言ってるの?」


「私は!腰に触れればその子が童貞か非童貞かくらいはわかる!断言しよう!ジュン殿は既に女を知っている!」


「デカい声でナニ言ってるんですか!ハッ!?」


 あああ!ま、周りの女性陣からの視線が!視線で殺されそう!


「ああ…何という事だ…悪夢を見ているようだ…」


「それはボクのセリフ…ハッ!?」


「ジュン君?」


「どういう事か…詳しく聞かせて頂いても?」


「……」プルプル


 ヒィ!か、囲まれている!


「ア、アイシスさん!助けてください!」


「…ごめん、ジュン。無理」


「ちょっとおぉぉぉ!」


 全ての!全ての元凶の癖に!何て薄情な!

いや、違った!この件に関しては父上が発端だったか!確か!


「だから父上!何とか…父上?」


「ガイン様なら寝てるわ」


「意外とお酒に弱いんですのねぇ」


 そんな!だ、誰か味方は!味方は居ないのか!?


「やはり軍の再編と増強に予算を回すべきだと思うのだが…」


「しかし、三年近い戦争で予算は逼迫しています。今すぐには無理ですね」


 ダメだ!近くに居た筈のマクスウェル公爵はロックハート公爵と話し込んでる!わざとらしく、我関せずと言いたげに!


「御安心を、ジュン様」


「私達が御守りします!」


「おぉ!」


 ノルンにメリーアン達メイド隊!

こんな危険地帯に飛び込んで来るなんて!

何という忠誠心!


「皆様、私がジュン様の童貞を奪ったメリーアンです!」


「おい!」


「そして私がジュン様のお相手を毎晩のようにしてる婚約者のノルンです!」


「おいおいおい!」


 火に油を注いでどうする!何の解決にも…あれ?


「何だメイドかぁ」


「メイドに手を出す貴族なんて珍しくないし…ジュン君も男の子だものね」


「誰かに無理矢理で無ければ大した問題じゃありませんわね」


「だね。だけど君はジュン君の婚約者だったのかい?」


「はい。旦那様にも認められた正式な婚約者です」


「ううん…ノルンが今の所は最大のライバルなのかぁ」


 …何故冷静になる?今の話の流れで。


「そりゃあ、皆貴族令嬢だもの。公爵家の嫡男、そして男爵位持ちとなれば複数の妻を娶る必要があるし。そういう前提であの子達も動いてるし。そうじゃないと困るのよ。あ、うちのフィルも将来はお願いね」


 そういう…もの何だろうか。

じゃあ何故怒ったのか、説明して欲しい。


 …藪蛇になりそうだから、言わないけど。


「ま、だからさっきも言ったけれど。ジュンちゃんは早いとこ婚約者を決めて公表しちゃいなさい。あの子…ノルンちゃんは婚約者らしいけど、身分が低いから公表してないんでしょ?逆につけこまれるから」


「…ええ、そうです」


「なら、出来るだけ早く決めなさい。年長者からのアドバイスよ。あーほら、クリスちゃん、いつまでも落ち込んでないで」


「はぁぁぁ…」


 出来るだけ早く、か。そう言われてもなぁ。


「ところでさらっと仰ってましたけど。フィルちゃんをボクの妻にさせる気なんですか?」


「ん~実はね。今、私の実家には女児が居ないのよね」


「実家というと、ニューゲイト公爵家ですか」


「そ。ロックハート家やマクスウェル家がジュンちゃん獲得に動いてるのは知ってるから。だけどニューゲイト家には適当な女の子が居ないのよ。で、家臣や同じ派閥の女児に期待したんだけど…芳しい成果は上がってないでしょう?セーラちゃんに上手くコントロールされて」


「ああ、まぁ…」


「そこで、うちのフィルよ。まだ子供だけど、せめて婚約まで持っていけってね。フィル自身、ジュンちゃんを気に入ってるみたいだし。親としてもジュンちゃんなら問題無いし~」


「フィルちゃんてまだ六歳でしょう?婚約とかわかるんですか?」


「ま、わかってないわね。恋とかもわかってないでしょうし。でも、最初はそれでいいのよ。今は兎に角仲良くしておけば。だから、将来フィルが本気でジュンちゃんと婚約したいって言った時には、御願いね。ウフン♪」


「は、はぁ…」


 いや、ほんと。そんな事言われましても。困ったなぁ…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る