第142話 「何事だ?」

「…う、うぅ…」


「…目が覚めたか?ナッシュ・カークランド」


「此処は…何処だ?」


「闘技場の医務室だ。本来なら一旦城で身柄を拘留したい所なのだがな。カークランド辺境伯からの嘆願と、グラウバーン男爵からの進言もあって、此処に運んだ。君の傷を治したのも男爵殿だ。感謝するのだな」


 ナッシュとの決闘の後。

武芸大会は陛下の宣言の後に終了。


 本来なら屋敷に戻って宴を開く予定…だったのだが。

ナッシュの眼が覚めるのを医務室で待っていた。


 この場にはカークランド辺境伯の面々。

父上とセバスチャン、メリーアンにノルン。


 そして黄天騎士団の騎士が数名と、ロイエンタール団長だ。


「そうか…また負けたのか…俺は…」


「…さて、ナッシュ・カークランド。君には闇ギルドと関わりを持った嫌疑が掛けられている。私の質問に答えて貰おう。嘘は無駄なのは理解しているな?」


「…ええ。身を以て、理解しています」


 と、ナッシュは黄天騎士団の一人を見て、そう答える。


 あの人が、嘘を見破る能力でも持っているのだろうか?


「結構。では質問する。君はカークランド家の屋敷にて軟禁状態にあった筈だ。それが忽然と姿を消し、我々黄天騎士団の捜索から逃れ続けた。それを君一人で成し遂げたとは思えない。君には協力者が居た筈だ。それは何処の誰だ?」


「…知りません。顔は隠していたし、名前は名乗りませんでした」


「では屋敷から脱走した後の詳しい足取りを。屋敷から出て、何処へ向かった?」


「…グラウバーン家の屋敷に。ジュンに決闘を挑もうと思ったが、ロックハート公爵家が一緒に居たので止めました」


 あの時の気配はナッシュか。

隠れるのが下手な訳だ。


「その後は?」


「その後は…あまり覚えていません。武芸大会で決闘を挑めば逃げられないとか、それまでは安全に隠れられる場所を用意するとか言われたのは覚えています。何処で何をしていたのかは、少しも…気がついたら闘技場に一人で居ました」


「……」


 ロイエンタール団長が部下の一人に眼をやる。

部下は黙って頷いた。どうやらナッシュの言葉に嘘は無いらしい。


「次だ。君が使っていたあの武器と魔法道具。アレは君が用意した物か?」


「…武器?魔法道具?」


「…『黒剣ソウルイーター』と『七色の壁』。君がジュン殿との決闘で使っていた物だ。アレを何処で手に入れた?」


「…ソウルイーター…七色の…すみません、闘技場に着いてからの記憶が曖昧で。恐らくはあの男が用意した物だと思うのですが」


「あの男?君を連れ出し、一緒に行動していたのは男なのか?」


「はい。顔は見てませんが、声と体型から男とわかりました」


 …ナッシュを連れ出した人物が、ロックハート家やニルヴァーナ家、他の貴族家を襲撃した者達の仲間であるなら。


 その男はサラとそっくりな女のコと仲間という事になる。

サラの為にも、何か手掛かりを掴みたい所なのだが。


「では最後に。一番重要な質問をする。君はどうやって闇ギルドと接触し、依頼した?」


「え?」


「君と同行していた男と、この二日目の間に王都にある貴族屋敷を襲撃した者達は闇ギルドの一員だと我々は考えている。闇ギルドは謎が多く、接触方法すらわかっていない。君はどうやって闇ギルドと接触した?」


「…いえ、私から接触したのではありません。気付いた時には、私の部屋に居ました」


「…接触して来たのは向こうからだ、そう言うのかね?」


「はい…私が彼に来るように連絡したわけでは…」


 再び、部下に眼をやるロイエンタール団長。

そして頷く部下。これも本当の事らしい。


「ただ…」


「ただ…何かね?」


「私が必要としたから現れた、そう言ってました」


「必要としたから?」


「はい。『我らは我らを必要とする者の前にだけ現れる』そんな事を言ってました」


 必要としたから?何だ、それは。

どうしてそんな事がわかる?


「…ならば報酬は?要求されただろう?」


「いえ…すみません、思い出せません。記憶が何処か曖昧で…」


「…そうか。私からは以上だ」


「…私はどれくらいの罪になるのでしょうか?」


「…今回は君は罪に問われない」


「え?」


「あの決闘は陛下も認められたし、ジュン殿が正式に名乗りを挙げて受けた、王国の法に則った物だ。闇ギルドを雇ったというのも容疑止まりだ。君に接触した者が何者か、まだはっきりとしてないし、我々は君は何かに利用されただけだと解釈している」


「……」


「故に、君は罪に問われない。だが、君の行動で武芸大会大会の進行が遅れたのは事実。それに関しては罰金の支払いが命じられるだろう。以上だ。正式に決闘として受けてくれたジュン殿と、ジュン殿の意志を汲んで決闘を認めてくださった陛下に感謝するように」


「はい…」


 あの時、決闘を受けなかったら。

それでもナッシュはボクに襲いかかっただろう。


 それでもアイシスさんを始め、周りに居た人達に鎮圧され、被害は出なかっただろうけど、ナッシュは罪に問われる事になったのは間違い無い。


 別に、ナッシュを助けたかったわけじゃない。

ナッシュの為に必死に叫ぶカークランド辺境伯の姿を見たから、仕方無く、だ。


「ジュン…俺は…お前が憎い」


「ナッシュ!」


「構いませんよ、カークランド辺境伯様。…決闘中にも言ったけれどね、ナッシュ。それは多分憎しみじゃない。嫉妬だよ」


「…嫉妬か。そうかもしれないな。お前は、俺が欲しいと思った何もかもを持っていた」


「…ボクの何が欲しいだ?」


「言っただろう。全てだ。称号も能力も。『帝』に至ったという名誉も。お前に寄ってくる女も、周りに居る女も。男爵という地位も、公爵家の嫡男という立場も。全てが羨ましかった。いや、今もそれは変わらん」


「でも、ボクを殺したって…それは手に入らない」


「わかっている…だけど、それでも…」


 それでも欲しかった、か。

でも、ボクもナッシュを羨ましいと思った事が一つだけあったんだ。


「今、思い出したんだけどね、ナッシュ。ボクもナッシュを羨ましいと思った事があるんだ」


「…何?」


「ナッシュは学院時代、沢山の男友達に囲まれていたろう?ボクの周りに居たのは恩納友達ばかりで…男友達とはしゃいでバカをやる。なんて事は出来なかった。男友達と楽しそうにしてるナッシュが、とても羨ましかったよ」


「……あいつらは、辺境伯家の子息という立場に寄って来ただけだ。友達…まして親友なんかじゃない」


「それを言ったら、ボクの周りに居た女のコだって、殆どがそうだよ。全員がそうとは言わないけどね。でもナッシュだってそうだろ?」


「……」


「…それじゃ、ボク達はこれで。帰りましょう、父上」


「そうだな。帰って宴だ」


「ジュン殿。本当にすまなかった。後程、御詫びの品を贈らせてもらう」


「はい。ああ、そうだ。そちらのお嬢さんをボクに嫁がせるとか仰ってましたが、御断りします。ナッシュを義兄さんと呼びたく無い程度には、彼が嫌いなので」


 ナッシュとカークランド辺境伯、それからダニエルさんはボクの言葉を聞いて、眼をパチパチとして驚いた顔をした。


 親子だけあって、似てますね。


「…ふふ。そうか、それは助かる。私もガインと親戚にならずに済むからな」


「…ふん。やっと俺を見たな。俺だってお前を義弟にしたくねぇよ」


「私は残念です。魔帝と縁を結ぶチャンスだったのですが」


 ダニエルさんはボクを嫌ってはいないらしい。

意外…でもないか。今日初めて顔合わせしたんだし。


「大変です!ロイエンタール団長!」


「何事だ?」


「それが…あっ」


 さぁ帰ろうと、扉を開けようとした時、血相を変えて一人の黄天騎士団の団員が入って来た。


 直ぐ報告しようと口を開きかけたが、ボク達の存在が気になるようだ。


「構わん。続けてくれ」


「…はっ。何者かが王城に浸入、厳重に補完されていた禁書を盗み出した、と報告がありました!」


「何っ!?」


 禁書を…盗み出した?

まさか、それが一連の事件の真の狙い、か?


 禁書…内容によっては拙い事態になる。


 一体、どんな禁書だ?

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