第141話 「『黒剣ソウルイーター』」
武芸大会決勝終了後。
突然乱入したナッシュに挑まれた決闘。
「ううう…うらああがあああ!!!」
明らかに正気じゃない。
正気じゃないが…受けて立つ。
受けて立つしかない。
『皆、そのまま聞け。ロイ・ナイトハルト・アデルフォンである。ナッシュ・カークランドにより挑まれた決闘をジュン・グラウバーンが受けた事を認め、王国法に則り、これを決闘と認める。以後、二人の戦いを邪魔した者は厳罰を持って処す』
陛下…わざわざ司会進行役から拡声器を奪って、宣言を。
いや、ありがたいか。
「うらあ!うおらぁあああ!」
ナッシュは全然聞いてないが。
陛下の御言葉に、全く耳を傾けず剣を振り回してる。
…なんか、どんどん理性を失ってる感じだ。
やはり、あの黒い剣の影響か?
『最後に…ジュンよ。その者を救ってやるがよい。余からは以上だ』
救ってやれ、ですか。
殺して、楽にしてやれって意味じゃないですよね?
「ジュン・グラウバーン!ナッシュを…を殺さないでくれ!頼む!私に出来る償いはなんでもする!娘を嫁にやってもいい!だから、ナッシュを救ってやってくれ!」
カークランド辺境伯が必死に叫び、ナッシュの助命を願ってる。
その横では長男のダニエルも一緒に頭を下げてる。
その様子を見て、父上は眼を丸くしてる。
あんな態度のカークランド辺境伯を初めて見たのだろう。
カークランド辺境伯には手を上げて応えておく。
陛下やカークランド辺境伯に言われずとも、ボクはナッシュを殺す気は無い。
ボクの中でナッシュの評価は地に堕ちたが、それでも殺したいほどに嫌って、憎んでいるわけじゃない。
必ず救って…
「余所見をぉ!するなぁぁぁ!俺を!俺を見ろぉぉぉ!!!」
ナッシュ…悪いけど、お前の強さじゃボクには到底…ん!?
「うらぁあああああ!!」
これは!?
さっき、カークランド辺境伯達に膝を着かせた何かか!
黒い風のような波が襲って来る!
避け…たら周りにいる人に被害が出る!
「パルーテ!」
光剣パルーテ…光の聖霊パルーテが宿った剣。
パルーテの力を借りて、ナッシュが放った黒い波動を相殺するようにこちらも剣を振るう。
「なんだ、それはぁ!なんだ、それはぁ!それもぉ!よこせえぇぇぇ!!」
「視野狭窄になるのは、おかしくなっても変わらないんだな、ナッシュ!」
しかし、何なんだ?あの黒い剣。
ボクの闇剣ミールと同じで闇の精霊でも宿ってるのか?
いや、それにしては禍々しい…もっと別の何かか。
「ジュン!そいつ、なんか少しずつ動きが良くなって…いや、能力が上がってる気がする!注意して!」
「能力が上がってる?」
動きが良くなってるのではなく能力が上がってる?
つまり、体調の変化により本来の身体能力が発揮されているとか、剣術の腕が上がって剣捌きが上手くなってるとか、そういう事では無く、単純にステータスが上がっていると?
確かに、最初に比べて速くなってはいるようだが…
「…ナッシュ!お前、その剣を何処で手に入れた!それは一体何だ!」
「これはぁ!俺のモノだぁ!お前に渡すものかぁあ!」
ダメか。やはり今のナッシュとはまともに会話が成立しない。
ならば…『鑑定』の出番だ。
「『黒剣ソウルイーター』?」
ソウルイーター…詳細までは解らないが、確実にヤバい物だろう、それ。
「うらあああ!」
「誰か!ナッシュが持つ剣『黒剣ソウルイーター』について、知ってる人は居ませんか!…くっ!」
「ソウルイーターだと!あれがか!あの小僧、何処でそんな物を手に入れた?」
「知っているのですか?エメラルダ様」
いつの間にか父上の近くまで来ていたエメラルダ様が知っているらしい。
知ってるなら、早く説明をっ!
「『黒剣ソウルイーター』とは剣というより魔法道具。それも禁忌とされた魔法道具だ。使用者のMP、その他を対価として吸収し、使用者の能力を大幅に増幅。副作用で精神に影響が出るという危険極まりない代物だ」
「……それだけですか?確かに危険な物だとは思いますが、禁忌の魔法道具と言う程ではないように思えるのですが」
「いいや。MPとその他、と言ったのはな、ガイン。あの剣が主に吸収するのは魔力だが、別の何かも吸っているんだ。それは体力だったり…HPだったりする」
「え?」
「HP…生命力と言い換えても良い。今、ナッシュから吸収しているのは主にMPだろう。だがMPが枯渇すれば次に吸われるのは生命力。生命力が枯渇すれば当然…死ぬ」
「なっ…それでは息子は!?ナッシュは!?」
「このままでは確実に死ぬという事だ。ナッシュがソウルイーターに力を求めれば求めるほど、対価に必要なMPとHPは増大していく。ましてや、ナッシュとやらは宮廷騎士だっただのろう?なら魔法はそれほど得意ではあるまい。ならばMPは少ない筈…となれば」
直ぐにMPは枯渇して、HPを大量に吸われ僅かな時間で死に至る…という事か。
「そんな…何とか、何とかならんのですか!エメラルダ様!」
「…これは決闘だ。何とか出来るとしたらジュン殿しか居ない。ナッシュを行動不能にし、剣を奪う。可能な限り早急に。それしかナッシュを救う術はない。だが、それも簡単な事では無いぞ。ソウルイーターの力でナッシュの能力は増大しているし、HPが吸われているとはいえ防御力も上がっている。簡単には奪えないぞ」
「……ジュ、ジュン殿ぉ!」
「わかってますよ!」
ナッシュは恐らく、誰かに利用されている。
ボクに復讐したいと願うナッシュを使い、ボク戦わせて何を狙っているのかはわからないが…直ぐに終わらせる!
「悪いがナッシュ!直ぐに終わらせてやる!これは決闘で武芸大会の試合じゃないからな!魔法で圧倒させてもらう!」
「うるさいぃぃぃ!」
剣でも圧倒出来るんだが…『魔帝』として戦えるなら魔法で全力を出した方が早い。
気絶させればいいなら、この魔法で!
「ショックスタン!」
雷属性の中位攻撃魔法ショックスタン。
対象を電撃により一時的に麻痺状態にする。
これなら、ナッシュを殺さずに無力化出来るはず………防がれた?
何だ、あの虹色の壁は?
「アレは…『七色の壁』か!あいつ、そんな物まで!」
「エメラルダ様、その『七色の壁』とは?」
「アレは古代遺跡から稀に発掘される古代文明の遺物。魔法道具の『七色の壁』だ。使い捨ての道具だが。魔法防御に絶対的な防御能力を持つ。あの壁を魔法で突破するには七種の属性魔法を同時に当てる必要がある。一人で七種の属性魔法を当てるなど、いくらジュン殿でも不可能だ。魔法では勝ち目がないぞ」
「…!聞こえたか、ジュン!その壁は七種の属性魔法を同時に当てないと突破出来ん!剣だ!剣で戦え!」
「大丈夫ですよ、父上。魔法でやります。なんせボクは『魔帝』ですから」
確かに、七種の属性魔法を同時に発動はちょっと難しい。
だが、ちょっと難しいだけだ。ボクなら出来る。
恐らくはアレもソウルイーターと同じく何者かが用意した物だろうが…小細工だ。
「先ずはファイアショット」
「だから単発じゃ意味が……滞空してる?」
「お次はアクアショット」
次はアースショット。その次はウインドショット。
サンダーショット、ライトショット、ダークショットと続き。
七種の属性魔法全てをナッシュ周辺に滞空させる。そして…
「うらあああ!」
「直ぐに周りが見えなくなるのはお前の悪い癖だ、ナッシュ!行け!セブンスショット!」
滞空させてる魔法を全てナッシュに向けて飛ばす。
これなら七種の属性魔法全てを同時詠唱しなくても同時に当てられる。
これで『七色の壁』は…砕けた!
「まだだああ!ソウルイーター!俺にもっと力をよこせええええええ!」
ナッシュの叫びに呼応するように。
ソウルイーターは怪しく、黒い光を放ち。
ナッシュは痩せていく。
「ナ、ナッシュ!やめろ、それ以上剣を使ったら、お前は!」
「ジュン!死ねぇぇぇ!」
ダメだな。父親であるカークランド辺境伯の声も全く聞こえていない。
ショックスタンで麻痺させるなんて悠長な事を言ってる時間も無さそうだ。
ならば…
「ウインドカッター!」
「ぐっ!?ぐぁぁぁぁ!」
ソウルイーターを持つ右手を魔法で斬り飛ばす。
これでもう、ソウルイーターによる強化は無い。
これ以上、HPを吸われる事も無い。
「ぐううあああ!ジュン!ジュンー!!!」
しかし、精神には影響が残ってるのか。
ナッシュはまだ戦うつもりらしい。
「憎い…お前が憎いぃぃ…お前の全てを…お前の全てをよこせぇぇぇ!」
「ナッシュ…それは憎しみじゃない。それはきっと…嫉妬だよ」
「…嫉妬だと!?ふざけ…がぁああああ!」
「今はお休み、ナッシュ。眼が覚めたら話をしよう」
今度こそ、魔法で気絶させる事が出来た。
腕を斬り飛ばされたり、魔法で痛めつけられたり…自業自得な面もあるが、ナッシュは散々だな。
尤も…ナッシュの本当の受難はこの後…これから始まるのかもしれないが。
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