第140話 「お前の全てが憎い」

~~ナッシュ~~



 初めから嫌いだったわけじゃない。

初めから憎かったわけでもない。

むしろ第一印象は良かったかもしれない。


 ジュンと初めて会ったのはあいつが初等学院に入学した時で、学年が違ったから遠巻きに見ただけだが「なんだ、意外と普通じゃないか」と思ったのを覚えてる。


 カークランド家のグラウバーン家の仲が良くないのは知っていた。

父上からはグラウバーン家に関して何かを言われた事は無かったが、家臣からはよく聞かされていた。


 グラウバーン家の嫡男が【魔帝と成る者】という御大葬な称号を持って生まれ、周りから期待されているとか。


 あのガイン・グラウバーンの息子だから、きっとおだてられて調子に乗った我儘な悪ガキに違いないとか。


 そんな風に聞かされていたのに、実際に見てみれば大人しくて素直そうな奴だと思った。

実際、聞こえて来る噂は礼儀正しくて、穏やかな奴だと。魔法だけじゃなく勉学も得意な優等生だと。


 家臣のが言っていた事とは真逆な人間像だった。


 悪い噂と言えば、いつも家臣の娘を侍らせていて、いつも女の子に囲まれている、という事くらいだった。


 しかし、それはたまたま一緒に入学できる家臣の子供が娘しか居なかった為だろう、と思っていた。


 逆に、俺の周りには男しか居なかったからだ。


 だから、本当に俺は最初はジュンの事は何とも思っていなかったのだ。


 あいつが飛び級して、同じクラスになるまでは。


 ジュンは確かに優秀だった。

魔法は既に宮廷魔導士級、学力も学院で歴代最高の評価を得ての飛び級。

それまで学年でトップだった俺の成績をあっさり抜きやがった。


 気に入らない。


 それで運動音痴とか見た目が悪いとか、何か弱点があれば可愛げがあって仲良く出来たかもしれないが、あいつは運動もそこそこ出来た。


 気に入らない。


 何より異常に女にモテた。

同じクラスの女も、別クラスの女も。学年が違う女にもモテた。


 気に入らない。


 俺の初恋、マクスウェル公爵令嬢セーラ様までもがジュンに靡いた。


 気に入らない。


 ジュンと同じように入学した家臣の娘達が、休み時間に来るようになった。

その娘達も可愛らしく、男子に人気があった。


 気に入らない。


 いつもジュンの傍に居る女共の中に、俺好みの飛び切り可愛い女が居て、そいつをジュンから奪ってやろうとした事がある。

グラウバーン家よりも好待遇で迎えてやるから、カークランド家に来ないか、と。

だが「私はジュン様と婚約していますので」と、悩む素振りも見せずに断った。


 気に入らない。


 取り巻きや下級貴族の子息を使ってジュンに嫌がらせをしても、ジュンは「またか」と。

そんな程度の反応で済ませ、ジュンが何も言わなくても周りの女共がジュンの味方をして、護っていた。


 気に入らない。


 俺が直接ジュンに何かしても、周りの女がジュンを護り、ジュン自身、気にしてないように振る舞い、俺の事をまともに見ようともしない。


 気に入らない。


 同じクラスになって二月もする頃には、ジュンの何もかもが気に入らない。

そう思うようになっていた。


 気に入らない。気に入らない。気に入らない。気に入らない。気に入らない。


 ジュンの全てが気に入らない。

そんな風に思ってる奴と、毎日のように顔を合わせる日々。


 そんな日々を続けていたら、嫌いになり憎しみが育つのは自然の成り行きだった。


 そして遂に、俺が唯一ジュンよりも才能があると、自他共に認められていた剣術においても、俺の上を行った。


 ジュンのせいで、不正もバレた。

結果、宮廷騎士団からも除名…俺の人生の全てが奪われた。

そんな気分だった。


 いや、気分じゃない。


 事実だ。


 ジュンが、俺の全てを奪って行ったのだ。


 ジュンが居なければ、俺の学院生活はもっと明るいモノになっていた筈だし、セーラ様とも上手く行っていた筈。

剣帝だってそうだ。


 宮廷騎士団をクビになる事だって、父上に殴られる事だって無かったんだ。


 嫌いだ、憎い、復讐したい!

ジュンが持つ全てを奪ってやる!


 父上に殴られ、屋敷に軟禁されてる間ずっとそればかりを考えて居た。


 そんな時だ、アイツが現れたのは。


「…復讐したいのか?」


「な、何者だ?」


 見るからに怪しい、黒づくめの衣装を着て顔を隠した男。

子供なのか、大人なのかわからない。

抑揚のない声をした、侵入者。


「…部屋の前には監視が居た筈だ。どうやって入った。目的はなんだ」


「…依頼を受けに来た」


「依頼?お前のように怪しげな奴を呼んだ覚えは無い。失せろ。出なければ、斬る」


「呼ぶ必要は無い。我らは我らを必要とする者の前にだけ現れる」


「……必要?俺が、お前を?」


「復讐したいのだろう?」


「何?」


「我らなら、出来る。お前を此処から連れ出し、お前が望む復讐、その手伝いが出来る」


「しかし…」


「力を与える事も出来る」


「…力?」


「お前が憎いと思う者。その者を確実に殺せる力だ」


「……詳しい話を聞こう」





 そして、今。

俺の眼の前には、憎いあいつがいる。


 そうだ、憎いんだ。


 憎い。


憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い


「お前の全てが憎いぃぃぃ!!だからぁぁぁ!お前の全てを!!!よこせぇぇぇ!!」


「……それはきっと憎しみじゃない。ナッシュ。お前に勝って、それを教えてあげるよ」


「死ねぇぇえ!!!」


 手に入れる!お前の!全てを!

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