第136話 「単なる勘」

『武芸大会格闘部門優勝はユフィール・ロックハート!予選から決勝まで圧倒的な強さで優勝を決めました!』


「よくやったユフィール!」


「お前は最高だ!」


「ロックハート家の誇りじゃぞ!」


 弓部門レティさんの優勝に続き、ユフィールさんの優勝に沸く観客席。

騒いでいるのは主に我がグラウバーン家の隣に陣取ったロックハート家の皆さんだが。


 司会の言うようにユフィールさんは此処まで全て圧倒的な試合内容で優勝してしまった。

『闘姫』の称号は伊達ではないという事か。


「おめでとうございます、ユフィールさん」


「ふん…私に比べたら大した事ないけど。ま、おめでとうさん」


「アイシスのバカはスルーしていいからね~おめでとっ、ユフィールちゃん」


「おめでとうございます、ユフィールさん」


「………ウン」


 相変わらずの小声ではあるが、最初に比べたら打ち解けて来ているようだ。

言葉は少なくとも、表情は嬉しそうに笑っている事から、それがわかる。


「さーて!次は私の番だな!相手は誰だっけ!」


「聞こえるわよ…ほら、あの人よ」


「アリア・ウラウ・カフカって名前だっけ。宮廷魔導士で、伯爵家令嬢…だったよね?」


「はい。あの三色の帯は自身が使える属性の数を示している筈です。つまり彼女は火と土と闇の属性魔法が使えると考えていいかと」


 三属性の魔法が使えて宮廷魔導士に選ばれているなら、魔法の実力は確かだ。

更に彼女には魔導の大家出身ならでは強みがある筈。


「気を付けてください、アイシスさん。彼女にはカフカ家のオリジナル魔法がある筈です」


「オリジナル魔法?」


「カフカ家が長年の研究によって完成されたオリジナルの魔法です。帝国の書庫で見た魔導書のように、カフカ家が研究し、研鑽し続けた末の魔法。それを彼女は持っていると思います。そういう魔法は門外不出が基本なので、こんな大勢の前で使うかはわかりませんが」


「…それってつまり、ジュンも知らない魔法を使って来る可能性があるって事?」


「その通りです」


「どう気を付ければいいの?それ」


 そう言われると困るのだけど。

兎に角、用心しろとしか言えないが…アイシスさんに言うなら、こうか。


「何か嫌な予感がしたら、その感に従ってください。アイシスさんなら、それで大丈夫でしょう」


「オッケー!わかった!行って来る!」


「わかったんだ…今ので」


「作戦でもなんでもないけど…ジュンさんもアイシスの扱いがわかってきましたね」


「………単純」


 とはいえ、どんな魔法を使って来るか読めない以上、綿密な作戦なんか用意出来ないし。


『魔法部門決勝アイシス・ニルヴァーナ対アリア・ウラウ・カフカ!試合開始です!』


「開幕からイキナリドーン!」


 …ああ、うん。

これまでの試合もずっとそうだったし、予想は出来てたけど。


 アイシスさんには様子見とか慎重に行くという考えはこれっぽっちも無いらしい。

試合が始まって直ぐに、得意のマジックショットの連射で先制攻撃。


 これまではこれで倒せていたが…流石は宮廷魔導士。

それだけでは終わらないようだ。


「お?耐えたか…少しはやるな!」


「…何とか、ギリギリですけどね」


 アリアさんはアイシスさんの当然、これまでの試合を見ていたのだろう。

開始して直ぐに魔法障壁と結界を同時に展開。


 直ぐに結界は破壊され魔法障壁も破られかけるが途中で魔法障壁に角度を付け、マジックショットを受け止めるのではなく受け流す事で耐えきっていた。


「次は私の番です。行きますよ、剣帝様」


「お?いいだろう!受けて立つ!」


 …正面から受けるつもりですか。

せめてもう少し距離を取るとかしないんだろうか。


 しないんだろうなぁ…


「では…ファイアーバード!アースモール!シャドウスネイク!」


「おお?何だそれ!面白!」


 アレは…オリジナル魔法ではないな。

それぞれの属性魔法のアレンジに過ぎない。


 だが本物の鳥のように飛ぶ火の鳥の群れに、地面に潜るモグラ、地面を這う多数の蛇。

三つの属性の魔法を同時に使い、あれだけの数を操るアリアさんの技術はかなりのモノだとは言える。


 アイシスさんはそれらの魔法をマジックショットで迎撃しつつ、自身も動き回る事で回避していた。


「ジュンさん…アレがカフカ家のオリジナル魔法ですか?」


「いいえ。アレは単なるアレンジです。鳥の形をしたのはファイアショットの形を鳥にしてそれっぽい動きにしてるだけ。あのモグラもアースショットをモグラの形にして、地面に潜らせてるだけです。黒い蛇はシャドウバインドのアレンジですね」


「じゃあさじゃあさ。動物の形にする理由ってなあに?」


「動物の形にして動きも真似る事で魔法の軌道を複雑に出来るんです。ファイアショットとアースショットは基本、真っ直ぐ飛んで行くだけの魔法ですし、シャドウバインドも手から鞭のような物が伸びて相手を縛る魔法です。あんな風に手から離れて地面を這わせるなんて、出来ません。普通なら」


 純粋な魔導士なら数と複雑な動きをする魔法に成す術なく敗北しただろう。

だが、アイシスさんは魔帝であり剣帝だ。いや…剣帝であり魔帝と言った方が正しいか。


 アリアさんの魔法を全て回避・迎撃に成功していた。


「……流石ですね。まさか一発も当てる事が出来ないとは思いませんでした」


「ふふん!アンタの魔法も中々だったぞ!じゃ、次は私の番だな!」


「ええ、どうぞ」


 …どういうわけか、交互に魔法を放つ事が二人の間で決まったらしい。

試合とはいえ、そんなルールは無いのだが。


「ええっと…決勝だし、マジックショットばかり使うのも芸が無いな。折角いい芸を見せてもらった事だし、ちょっと真似させてもらおうかな」


「私の魔法は芸ではありませんが…真似?」


「ファイアーバード!アースモール!シャドウスネイク!………こんな感じだったよな?」


「なっ……」


 何と……これは凄い。

アイシスさんはたった今、一度だけ見た魔法を完全に再現して見せた。


 アイシスさんは訓練時も、ボクに手本を見せてもらって、それを真似するだけでいい、何て言ってはいたが。


 それじゃ完璧にマスターした事にはならないと、呪文を覚える事から訓練していた。

だが、アイシスさんは今、見た目は完璧にアリアさんの魔法をコピーして見せた。


 後は軌道と威力に問題が無ければ、完全にモノにしたと言っていいだろう。


「いっけぇぇぇ!」


「くぅっ!」


 アリアさんはアイシスさんのように俊敏に動けないのだろう。

先程と同じように結界と魔法障壁を張って耐えようとしたが直ぐに限界を迎える。


 ならばと迎撃を開始するが全てを防ぐ事は出来ず。

左脚と左腕に被弾。ダメージを負ってしまう。


「ぐっ…ま、まさか私の魔法を真似るなんて…そしてこの威力…あ、貴女は本当に剣帝ですか」


「アハハ!よく言われる!さぁ、次はそっちの番だぞ!もっと私に色んな魔法を見せてみろ!」


 普通に考えて、魔法に関してはアイシスさんよりアリアさんの方が先達なのだが。

まるでアイシスさんの方が熟練の魔導士のような態度。人によっては怒る…おや?


「み、見せてみろ?魔導の大家、カフカ家の者に向かって?そして私の魔法を真似て私に怪我を負わせるなんて………調子に乗るなよ!このアバズレが!」


「お、おお!?突然なんだ?」


 突然、アリアさんがキレた。

先程迄の清楚で御淑やかな様相から豹変。


 ガラの悪いチンピラのような態度に。

表情も怒りに染まっていて、まるっきり別人のようだ。


「あたいを舐めるとどうなるか!思い知らせたらぁ!死にさらせ!フレアブレイズ!」


「どおう!?」


 フレアブレイズ…超高熱の火柱を上げる魔法。

それが複数、アイシスさんに襲い掛かる。


「こんなの!えっと…フリージングランス!」


 アイシスさんは氷の槍を飛ばす魔法でライジングフレアを迎撃。

全てのライジンフレアを打ち消し、更にアリアさんに向けて放つ。


「ふん!ダークホール!」


「ん!?吸い込まれた!?なんかヤバい気がする!」


「返すぞ!ホワイトホール!」


「やっぱりぃ!?」


 アレは…どういう魔法だ?

黒い穴…アリアさんの右手側に出た空中に浮かんだ闇のような魔法にアイシスさんのフリージングランスは吸い込まれ、そしてアリアさんの左手側に出た白い煙の塊のようなものからフリージングランスが飛び出た。


 アイシスさんの魔法を吸収して、打ち出した?

結果だけを見れば、そういう表現になるのだが…


「ジュンさん、もしかしてアレが…」


「ええ、多分、カフカ家のオリジナル魔法でしょう」


 少なくとも、ボクはあんな魔法の存在を知らない。

何かの魔法のアレンジでもない。


 流石は魔導の大家、カフカ家出身の宮廷魔導士。

面白い魔法を持っている。


「この魔法を出した以上!テメェに勝機はねぇ!これから先、テメェが使う魔法が全てテメェに返って来ると思え!」


「ふうん……じゃ、ちょっと試しに」


 アイシスさんは、マジックショットを一発だけ放った。

ダークホールとは別の方向、ホワイトホールの方へ。


 しかし、マジックショットは方向を変え、ダークホールへ吸い込まれて行った。

そしてホワイトホールから飛び出してアイシスさんに向かって飛ぶ。


「っと…ふうん。なんか、吸引力?みたいなモノがあるんだな。ある程度距離が離れててもその穴に吸い込まれる。んで、吸い込まれた魔法は別の穴から出て来る、と」


「そうだ!吸い込む魔法に制限は無し!どんな魔法だって吸い込んで送り返してやる!さぁ!どんどん打って来いや!」


「ふうん…でもさ、それってひょっとして、アンタ自身の魔法も吸い込んじゃうんじゃないの?」


「………」


「あ、図星?単なる勘だったんだけど」


 …どうやら、本当に図星らしい。

本当に勘が良いですね、アイシスさんは。


「つまり、このまま何もせず、制限時間まで待つか、その魔法を消すまで待つかすれば、私の勝ちは確定的なわけだけど。それじゃつまんないよな。その魔法!真向から打ち破ってやる!」


「テメェ…何処までも舐め腐って…やれるもんならやって見やが………れ?」


 ………随分とまぁ、シンプルな作戦で来ましたね、アイシスさん。


「な、なんだ、それは!」


「マジックショットだよ。ただし、私の残りMPの半分を注ぎ込んだ特大のマジックショットだけど」


 通常のマジックショットが手の平ぐらいの大きさだとしたら、今、アイシスさんが出したマジックショットは馬…いや象並。


 恐らくはダークホールに吸収出来る魔法には何か制限があると、アイシスさんはふんだ。

そこで先ず、大きさとMPの量で限界が無いかを試すつもりみたいだ。


「ほれ、行くぞ~!しっかり吸い込めよ~!」


「こ、このアマ!吸い込めダークホール!」


 特大マジックショットはダークホールよりもずっと大きい。

その為、穴に入らず引っ掛かってる感じだったのだが、やがてスポっと入っていた。


「よ、よーし!撃ち出せ!ホワイトホール!」


「その前に!弾けろ!」


 アイシスさんが弾けろと言った瞬間。

ダークホールとホワイトホールの穴から爆裂音が聞こえる。

何か、アリアさんの前方の空間からお腹に響くような振動音も。


 それらが治まった後、ダークホールとホワイトホールは消えた。


「な、な……」


「あ、上手く行ったみたいだな」


「な、何をした!」


「よくわかんないけどさ。その黒い穴に魔法が吸い込まれて、白い穴から出て来るまでに、少し時間が掛かってたよね。だから、眼に見えないだけで、何処か道を通るのに時間が掛かってるんだろうなって思ったんだ。なら、その道を通ってる最中に、魔法を爆発させたら、どうなるんだろうなって、思って」


「思ってって…まさか思いつきか!?」


「うん、そう。思いつき、単なる勘」


 恐るべし、アイシスさんの勘…なんという的中率だ。

でも、御蔭であの魔法の正体が朧気ながらに読めた。


 アレは恐らく、空間魔法の一種だ。

あの黒い穴と白い穴は空間を飛び越えて移動する為の入口のような物。


 そう考えれば、一応の説明は付く。


 再現も出来るかもしれない。


「こ、こんな……このクソアマがぁ!」


「クソアマ…そう言えばさっきもアバズレとか言ってくれたな。忘れてないぞ」


「それがどうし、ひうっ」


「口が悪い女は嫌いだぞ!矯正して出直して来い!」


「ひゃあああああ!」


 アイシスさんはマジックショットとファイアーバードを同時使用。

二つの魔法を連射し、アリアさんの魔法道具を全て点灯させた。


 撃ち終わった頃にはアリアさんはズダボロ…ギリギリ生きてはいるようだが。


「……やりすぎたか?おお~い、ジュン~治してやって~」


「はいはい…」


 アイシスさんも回復魔法使え…いや、まだ回復魔法は教えて無かったか。

やれやれ…ボクが居なかったら殺してたかもしれませんよ?


『試合終了!魔法部門の優勝はまさかの剣帝!アイシス・ニルヴァーナ!』

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