第134話 「復讐?」

「おはようございます、皆さん。ギリギリでしたね」


「あ、ジュン。おはよ」


「おはようございます、ジュンさん」


「おはよー…」


 今日は武芸大会最終日。

時間ギリギリにアイシスさん達はやって来た。


 事情は聞いているので、仕方無いと言える。


「襲撃されたと聞きましたが、大丈夫でしたか?アイシスさん」


「あ、もう知ってるんだ。うん、大きな被害は無かったよ。玄関扉が破壊されたくらい。だけど、問題が無いわけでも無くて…」


「…何かありましたか?」


 詳しい話を聞くと。

どうやらロックハート公爵邸に現れた暗殺者と思しき人物が、ニルヴァーナ子爵邸に現れ、その素顔がサラと瓜二つだったらしい。


 もしかしたらサラの生き別れの姉妹かもしれない。

だが、彼女は暗殺者として現れた。

それで、サラは酷く落ち込んでいるらしい。


「本当なら、暫くはそっとしといてあげたいんだけど…」


「ですが、漸くつかんだ闇ギルドの手掛かりです。今頃、彼女には黄天騎士団が事情聴取しているでしょう」


「闇ギルドですか…」


 ボクも噂には聞いた事がある。

構成人数、本拠地、依頼方法など全てが謎の犯罪者集団。


 殺人、盗み、誘拐。

あらゆる犯罪を代行する闇の組織だ。


 まさか十歳前後の子供が構成員に居るとは思わなかった。


「ですが、彼女に聞いても何もわからないのでは?」


「うん…サラも家族の事は何も覚えてないって言ってるんだけど」


「それでも調べないわけにも行きませんから。あまり落ち込んでないといいのですけど…」


 彼女…サラちゃんが悪い事をしたわけじゃない。

落ち込む必要は無く、責められる謂れもない。


 だけど…家族が関わってるかもしれないとなれば、気にするなというのは無理な話だろう。


「ところで…レティさんはどうしたんです?」


「あ、アハハ…何でも無いよ?」


「アイシスが答えてどうするの…何でも無いなんて事はないでしょ」


「うぅ…ジュンちゃん…あたし、アイシスに穢されちゃった…」


「え」


「大袈裟な…ただ一緒に寝て抱き枕にしただけじゃん」


「それだけじゃないでしょ!あたしを全裸にして全身撫で回して…お、おっぱいまで…う、うわ〜ん!ジュンちゃぁん!」


「あ〜…はいはい。よしよし」


 一体何したんですか、アイシスさん。

今は入れ替わって無いというのに。

まさか同性愛者に目覚めた?


「泣く事無いじゃん…あの程度で。ちょっと激しめのスキンシップだろ」


「アレがスキンシップならアイシスに顎を砕かれた子爵のボンボンは無罪だよ!被害者だよ!」


「いやいや。何言ってんだ。アレとは全然違うでしよ。アレは有罪。私は無罪。被害者は私」


「絶対違うぅ!もう!金輪際アイシスとは一緒に寝ないから!」


「寂しい事言うなよ。レティの抱き心地は中々だったぞ?レティだって気持ち良さそうに…」


「わー!アイシスのバカ!スケベ!変態!」


「…朝から酷い会話ね。周りに聞こえてるから、そろそろ止めた方がいいわよ」


 手遅れですね。

今日は決勝戦のみだから周りにいる人は少ない。


 でも、それ故に声は通る。

周りで聞いてた人はアイシスさんから若干距離を開けてる。


 が、逆に近付いて来る人が一人。


「……フケツ」


「あ?何だ、居たのか」


 ユフィールさんだ。

アイシスさんに対しては遠慮が無くなって来たのか、はっきりとした声を出してる。悪口だけど。


「おはようございます、ユフィールさん。今、来られたのですか?」


「……」フルフル


「ユフィールさんはボクと一緒に来たのですが、ギリギリまで一緒居るようにと、御家族に引き止められていて。先程まで観客席に居たんですよ」


「ん?一緒に来た?」


「ええ。昨日からロックハート公爵家の方全員、うちの屋敷に泊まってまして」


「なっ!何で!?」


「アイシスさんも御存知の通り、ロックハート公爵邸は魔獣の襲撃で穴だらけですから。修繕ではなく建て直すそうで。その間はうちの王都屋敷に滞在するそうです」


「な、なな…」


「……」フフン


 何かアイシスさんが驚愕してるけど。

そんなに驚くような内容だったろうか?


「や、屋敷を建て直すのはわかるけど!何でジュンの屋敷に泊まる!?」


「いや、ボクの屋敷というか…まぁ、そこはいいです。実は父上とグレイル様は友人で。昔から仲が良かったそうです。祖父母も友人関係だったらしいですし」


「なっ…くっ!油断した!」


「油断って…昨日は貴女が実家で寝たから、最愛の事態は避けられたのでしょ?ラッキーだったじゃない。本当に強運よね、アイシスは」


 確かに。

アイシスさんの行動は迷惑なだけで終わらず、幸運な一面も確かにある。


 三年前の入れ替わりも、今回の入れ替わりも。

もし入れ替わってなければどうなっていたか。


 戦争で白天騎士団は多数の死者を出しただろう。

グレイル様は死に、魔獣の襲撃でも死者を出したろう。


 それらを回避出来たのはアイシスさんの御蔭…と言えなくもない。


「しかし、襲撃犯の目的がわからないですね。ニルヴァーナ子爵邸だけでなく、他の貴族家も襲われたそうですが、大した被害は無かったそうですし。闇ギルドを使っての襲撃にしては御粗末です」


「そうですね…ジュンさんでも何も思い付きませんか?」


「確証の無い憶測なら。一番可能性がありそうなのは囮…陽動かな、と」


「あ、それ。私も考えた。勘だけど」


「…アイシスの勘は当たるからね。腹立つけど」


「レティ…そろそろ機嫌治せって」


 アイシスさんの考えも同じか。

ボクの考えも確証は無いし、殆ど勘と変わらない。


 本当に陽動だとして、じゃあ本命は?と問われてもわからないのが現状だ。


「興味深い話をしているな」


「あ、ロイエンタール団長」


「もしかして、また事情聴取ですか?」


「いいや、違う。ニルヴァーナ子爵邸襲撃に関しては部下がやっているし、サラ嬢にも部下が話を聞きに行っている。私が来たのは別件だ。…いや、もしかしたら今、君達がしていた話と繋がっているのかもしれないが」


「…というと?」


「小声で話す。よく聞いてくれたまえ。…ナッシュ・カークランドが失踪した」


「え?」


「…失踪、ですか」


「うむ。カークランド辺境伯は誘拐されたと考えているようだが、自分から出奔した可能性もある」


「…辺境伯が誘拐されたと考える理由は何ですか?」


「ナッシュには逃亡防止用の腕輪を着けていたらしい。それに軟禁状態とはいえ、監視の眼はあった。それらを掻い潜り、行方を晦ます技術はナッシュには無い。だから辺境伯は誘拐と考えている」


「…ナッシュが居なくなったと判明したのはいつ頃ですか」


「昨夜、メイドがナッシュの部屋に食事を運んだ時にはもう居なかったそうだ」


「それって…他の貴族家が襲撃されるよりも前ですよね?」


「うむ。だから仮にナッシュが誘拐されたのだとしても、君達の言う本命ではなく、陽動の一環になるのだろう」


 ナッシュを誘拐…何の為に?

身代金目当てなら、もっと他に狙い目の人物が居た筈。


 わざわざ軟禁されていて、剣術の心得があるナッシュを狙う理由がない。


「…ロイエンタール団長はどう考えているんです?」


「…誘拐ではないと考えている。部屋には争った形跡も無いし、誘拐なら犯人から何かしらの要求がある筈だ。だが、それも今の所確認出来ない」


「ならナッシュは自ら姿を消したと?」


「それもわからない。だが、ナッシュの捜索はカークランド辺境伯の要請もあって黄天騎士団の主導で行っている。夜通しな。ナッシュが個人の力で隠れているなら簡単に発見出来る筈だ。誘拐ではないとしても、何者かが力を貸してるのは間違いない」


 つまり…誘拐だとしても、自ら出奔したのだとしても、ナッシュの側には誰かが居る。


 そして、その誰かは…襲撃事件の犯人と関わりがある?

…そこまで考えるのは飛躍しすぎだろうか。


「もし、ナッシュが自ら姿を消したなら、その目的が問題になる。そして、その目的とは…」


「ボク、ですか」


「うむ。君への復讐が目的だろう」


「復讐?ジュンに?逆恨みじゃん」


「そうね。でもナッシュにとっては正当なんでしょうね」


 ナッシュにとっては正当、か。

昔からそういうとこはあったな、ナッシュには。


「話は以上だ。君なら大丈夫だとは思うが、十分に注意したまえ。何かわかったら報せよう」


「ありがとうございます。お願いします」


 ナッシュが失踪、か。

ボクを狙って来るならいずれは姿を見せるだろう。

それなら返り討ちにするだけだし、問題無い。


 だけど本当に誘拐だったなら…カークランド辺境伯はさぞかし心配だろう。


 仕方無い。

ナッシュは嫌いだけど、昨日のカークランド辺境伯の誠実さに免じて、武芸大会が終わり次第ボクも捜索してやろう。

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