第131話 「面倒だな」
武芸大会二日目が終わり。
危なげ無く、決勝まで進む事が出来た。
ただ、朝早く…いや、夜中からロックハート公爵様の暗殺未遂騒ぎでドタバタしていたので、流石に疲れた。
今日は早く寝よう。
「ジュン様ー!こちらですよー!」
「ああ!今行くよ!」
父上とノルン、メリーアン達が闘技場の外で出迎えてくれてる。
皆、ボクの決勝進出を喜んでくれているのか、ニコニコ顔だ。
「それじゃ、アイシスさん、ティータさん、レティさん。失礼します」
「うん。また明日ね」
「おつかれ、ジュンちゃん」
「今日はゆっくり休んでください、ジュンさん」
「ええ。ニルヴァーナ子爵様、エマ様も、失礼します」
「ええ、グラウバーン公爵閣下によろしく」
「後日、パーティーの招待状をお送りします」
「はい、それでは」
……はて?
誰かを忘れているような…
「って、うわぁ!またですか、ユフィールさん!」
「……」
いつの間にかボクの背後に…気配を完全に消してるから、さっきまで一緒だったのに存在を忘れてしまうとこだった。
「どうしたんです?帰らないんですか?」
「……アレ」
「アレ?」
よく見るとグラウバーン家のメイド隊の後ろにロックハート公爵家の面々が。
相変わらずボクを見る男性陣の眼が笑ってない…というか、もしかして、今日からグラウバーン家の屋敷に来る気なのか?
「あの…父上?ロックハート家の方々が居るのは、もしかして…」
「ああ…グレイルの奴、グラウバーン家の屋敷なら警備は万全だろうから今日から泊めてくれと来た」
「…ロックハート家の屋敷はどうするんです?もぬけの殻ですか?」
「建て直しの工事が始まるまでは使用人と騎士達が残るってよ…全く、図々しい奴だ」
…まぁ、仕方ない、かな?
でも、アヴェリー殿下も居るのに、いいのかな、その辺は。
「アヴェリー殿下の件は言ってあるさ。ま、セーラ嬢達も居るし、今更だな」
「え?セーラさん達も?自分の家の屋敷に戻ったのでは?」
「昨日だけな。今日からまたお世話になりますって言って戻って来た。今はアヴェリー殿下と一緒に先に屋敷に向かってる。何やら企んでる様子だったな」
「えー…」
一体何を企んでるんだろうか。
ろくな事じゃなさそうな…
「おっと、そんな事よりも、だ。今日はよくやったな。まさかお前が此処まで剣の腕を上げているとは。俺も鼻が高いぞ。ガッハッハッ!」
「ありがとうございます、父上」
「ガハハハ…で、人が良い気分で笑ってるのに、何か用か?カークランド辺境伯」
「……フン」
来たか、カルロ・カークランド辺境伯。
ゆっくりと近付いて来るのは視界の端で捉えていたけど。
何の用だ?
「…折角の良い気分を台無しにするようで、すまないなグラウバーン公爵」
「わかってるならサッサと用件を言え。今夜はジュンの武芸大会優勝の前祝いの宴をするんだ」
「フン…気の早い事だ。今日はお前に用は無い。用件はジュン殿にある」
「……何でしょうか」
「…先日はナッシュが迷惑をかけた。本来ならばナッシュ本人に謝罪させるべきだが、ナッシュは今、屋敷で軟禁、謹慎させている。父親である私が代わりに謝罪させていただく。本当にすまなかった」
…意外だ。
カークランド辺境伯が父上を嫌ってるのは知ってる。
その父上の前で、ボクに頭を下げるなんて…てっきり悪態をつきに来たのかと。
「ロイエンタール団長から聞いていると思うが、これは君に支払うように命じられた金貨だ。少しばかり増額してある。私の詫びの気持ちだ。受け取って欲しい」
「…わかりました。お受け取りします」
「…どうした、随分素直じゃないか。いつも俺に対しては悪態を見せる癖に」
「フン…私も頭を下げるべき時くらい解る。今回はナッシュが全面的に悪い。次男とはいえ、武家の息子が武芸大会で不正など…言語道断だからな。今後は領内で隔離してジュン殿には関わらせないと誓おう。では、失礼する」
「…待ってください、カークランド辺境伯様。一つお伺いしたい事が」
「…何かね」
「ナッシュは…失礼、ナッシュ殿は何故、ボクをあれほど敵視するのか。理由を御存知ですか?」
「…いいや。だが誤解の無いように言っておくが、私は息子達にグラウバーン家を敵視するように言ってはいない。カークランド家とグラウバーン家は代々仲が悪いのは確かだが…私はグラウバーン家が嫌いなのでは無く、ガイン・グラウバーン個人が嫌いなだけだ」
「おーおー…本人を目の前にして言ってくれるじゃねぇか。俺もお前が大嫌いだよ」
「フン…その証拠に長男のダニエルはグラウバーン家を敵視してはいない。今の所は、な」
長男のダニエル…ボクはまだ会った事は無いけど、ナッシュより四つ年上で、既にカークランド辺境伯領の政治を手伝っているとか。
それなりに優秀な人物だと聞いている。
ただ、武人としての才は並以下だとも。
「…今日の試合は私も見ていた。見事な腕だった。明日は優勝出来るよう、私も応援させてもらうぞジュン殿」
「…ありがとう御座います」
「…では、失礼する」
カークランド辺境伯…ちょっとイメージが変わったな。
もしかしたら平静を装いつつ、内心では腸が煮えくり返っているのかもしれないが。
思ったよりまともな人物らしい。
「父上は何故、カークランド辺境伯が嫌いなんですか?」
「あん?あいつは昔っから突っ掛かって来たからな…初等学院時代から面倒くさい奴だったんだ」
「切っ掛けはお前のイタズラだと思うけどな、ガイン」
「グレイル…聞いてたのか」
初等学院時代…もしかしてグレイル様と同じく幼馴染みなのか。
それも知らなかったな…グレイル様と違って仲は良くないみたいだけど。
「グレイル様はカークランド辺境伯と御友人なのですか?」
「いいや?敵対関係とまでは行かないが、私はガインと一緒に居たからな。彼から見たら敵に見えたかもしれないがね」
「では、父上がしたイタズラとは…」
「よーし、話はそこまでだ!帰って宴と行こう!優勝の前祝いだ!」
「誤魔化すのが下手だな、お前は」
「良いから帰るぞ!馬車に乗れ!」
父上が強引に命じて屋敷に帰る。
グラウバーン家のメイドやロックハート家の使用人も数名来ているので馬車数台が行列で帰る事に。
珍しい光景では無いが、少々目立つ。
「…ところで。何故ユフィール様はこちらの馬車に?それもジュン様の隣に」
「……」
「何故ジュン様の腕に顔を埋めるのですか?それがゆるされるのはノルンだけです。離れてください」
「ノルン、こわーい」
「ノルンは独占欲強過ぎだよぉ」
ボクと同じ馬車に何故かユフィールさんが一緒だ。
父上に、ノルンとメリーアン達メイドも一緒なんだが、ノルンの小言をずっと無視してる。
もしかして、屋敷に着く迄このままなのだろうか。
「ん?アレは…」
「ジュン、どうかしたか?」
「外に誰か居ましたか?」
「ああ、いや…何でもない」
窓から街中をサラが歩いている姿が見えた気がしたけれど、直ぐ見えなくなった。
一人で歩いていたし、エマ様がサラは屋敷に居ると言っていたし、見間違いだろう。
キンタローも居なかったしね。
屋敷に着くと、セーラさん達が出迎えてくれる。
アヴェリー殿下はもう部屋に引き籠もったのだろう。
「お帰りなさい、ジュン君…あら?ユフィールさん?それにロックハート公爵様…ジュン君、どういう事?」
「詳しい説明は後でしますが…訳あってロックハート公爵家の方々は暫くの間この屋敷に滞在する事になったんです」
「なっ……ま、まさかロックハート公爵家が一家総出でグラウバーン家の取り込みに!?」
「違います。いや、まるで見当外れでもないですけど」
「…拙いわね。まさか公爵自ら動き出すなんて…」
「セーラさん?聞いてます?」
ダメだ、聞いてない。
何やら小声で他の令嬢方と相談してるし。
「やっぱりやるの?セーラ」
「…やるしかないわ!ジュン君!」
「はい?何…むぐっ!?」
「「「「あっー!」」」」
ま、またしても…またしても無理矢理キスされてしまった。
男相手なら無理矢理キスしても問題無いとか思ってるんだろうか…この国の女性は。
「フ…フフフ…これで貴女に並んだわね、ユフィールさん?」
「……」キッ
「フフフ…大方ジュン君とキスしたという事実を盾に、婚約を迫るつもりだったのでしょうけど。これで私も条件は同じよ。残念だったわね、オホホホホ!」
「…ね?グレイル様。ボクの言った通りですよね?」
「……ああ、うん。そうだな」
予想はしてたが、まさか今だとは思わなかった。
セーラさんも真っ赤だし…恥ずかしいなら無理しないでいいのに。
「…ジュン様!」
「はい、ノルン。そう来るとは思ってたけど、今はやめなさい。ややこしくなるだけだから」
「うぅ…」
いつものパターンでノルンがキスしようとして来た。
今は自重して欲しい、お願いだから。
「…ジュン様、ガイン様」
「うん、わかってる」
「消えたな」
「…」
「何がだ?」
屋敷に到着してからずっと、何者かの視線と気配を感じていたのだが。
それが今、消えた。
どうやら立ち去ったらしい。
メリーアンには立ち去った方角もわかるようだ。
「追いますか?」
「いや、良い。だが今夜は警戒を怠るな。騎士達にも伝えておけ」
「畏まりました」
今、この屋敷には重要人物が集まり過ぎている。
今夜のボクの安眠の為に、結界を張っておくとしよう。
しかし、何者だ?
ロックハート公爵を襲撃と同じ一味か?
いや、それにしては稚拙な監視だった。
なら別口か?
どちらにせよ…
「面倒だな、全く…」
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