第125話 「問題ありません」
「ふむ。それで魔獣を召喚した者は何か言っていたかね?」
「いえ、何も」
ボク達は今、闘技場にある、本来は選手の控室であろう部屋で黄天騎士団のロイエンタール団長から、聴取を受けていた。
無論、ロックハート公爵暗殺未遂事件に関してだ。
魔獣を召喚した人物を追って居たのはボクになったアイシスさんとノルンなので、聞いた話でしかないのだが。
「ふむ。アイシス君とティータ君はどうだ?早朝の散歩中だったとの事だが、事前に怪しい人物を見かけたりはしてないか?」
「見てないです」
「私も同じく」
「ふむ。君が撃退した暗殺者は子供のようだったと、他のロックハート公爵家の方は言っていたが、間違い無いかね?ユフィール君」
「……」コクコク
「ユフィール君…頼むから声に出してくれないかね」
こんな時でも、ユフィールさんは無口だった。
流石のロイエンタール団長も困り顔だ。
「聴取は以上でしょうか?」
「いいや、まだだ。君達は何故、一緒に行動していた?」
「…何故とは?」
「私の部下が目撃していてね。アイシス君とティータ君。そしてジュン殿と…この場には居ないが、メイドが一人。王城で合流してから四人で何処かへ連れ立って行ったと。そして向かった先が、ロックハート公爵邸のある方向と一致している、と」
「「「……」」」
これはどうするか。
本来なら、それくらいで何かを怪しまれるような行動では無い。
だけど、偶然と片付けるには色々と重なり過ぎている。
普段はしていない早朝の散歩に偶々ロックハート公爵邸の近くを通りかかったら事件が起きた、というだけでも偶然で片付けるには無理があるのに。
まさか四人が合流した時を目撃されていて、それが黄天騎士団だったとは。
どう返すべきか…
「偶然です」
「…偶然?」
アイシスさーん!
もう少し考えてくださいよ!
偶然で押し通すには無理がありますって!
「はい。偶然です」
「ならば君は偶然、早朝の散歩に出たら王城前でジュン殿達と合流し、向かった先がロックハート公爵邸だったのも、全て偶然だと?」
「はい。その通りです」
…堂々と自信たっぷりに言ってのけた。
事情の裏側を知っているボクらからしたら、なんて嘘つきだって思ってしまう。
「強いて言うなら勘ですね」
「勘?勘とは?」
「私、『第六感強化』っていうアビリティを持ってるんです」
「あ、ああ、そう!そうなんです!」
「アイシスの勘は妙に当たるんです!あの時も、こっちに進むと何かある気がするとか言って!」
「ふむ。なるほど」
な、納得して貰えた?
上手く誤魔化せたか?
「フフン」
アイシスさん…得意気な顔してますけど、綱渡りでしたからね?
ロイエンタール団長相手に、偶然で押し通そうとする度胸は認めますけど。
「…ほ、他には何か?」
「いや、以上で…ああ、いや。ナッシュ・カークランドの一件についてだが」
「…はい」
正直、ナッシュに興味はもう無いんだけど。
一応は関係者になるから、聞く必要があるか。
「彼は連行後も容疑を認めようとはしなかったが、最終的には折れた」
「…よくその日の内に折れましたね。ナッシュはどれだけ証拠を突き付けても認めないかと思ってましたが」
「我々は黄天騎士団だぞ?彼程度の口を割らせるなど、造作もない。直ぐに折れたさ。で、彼に与えられた罰だが…宮廷騎士団からは除名。脅迫した運営員に迷惑料、及び謝罪費として金貨二百枚。罰則金として王国に金貨千枚。ジュン殿には金貨百枚の支払いを命じた。拒否した場合は犯罪奴隷となる」
…金貨は三枚もあれば平民なら一ヶ月は暮らせる金額だ。
それを合計で千三百枚。とてもナッシュ個人で払える金額では無いだろう。
「当然、父君であるカークランド辺境伯にも連絡した。辺境伯と、ナッシュの入団を認めた宮廷騎士団団長はそれはもうお怒りだったよ。ナッシュの顔を形が変わるまで殴り続けた。ああいうのも見慣れているが、やはり気持ちの良い物ではないな」
それはそうだろう。
他家なら、その場で殺される事だってあるかもしれない。
「それでもカークランド辺境伯は息子が可愛いらしい。罰金は全て肩代わりして、ナッシュのカークランド家からの除籍はしないそうだ。今後はカークランド家の騎士にするそうだよ」
不祥事を起こして宮廷騎士団を除名され、自領に戻された次男、か。
今後は肩身の狭い暮らしをする事になるだろう。
自業自得だとしか思わないが。
「ナッシュは最後まで君に対して怨嗟の言葉を吐いていた。下手な事をして失敗すれば次はない事は理解してるだろうし、君に手出ししないように警告もしておいた。何もしないとは思うが、一応注意したまえ」
「…わかりました」
ナッシュは自業自得だと考える事は無さそうだ。
逆恨みで襲って来たら排除するまでだ。
「しかし、彼はどうして君を敵視する?カークランド家とグラウバーン家の仲が悪い事は聞いているが、それだけでも無さそうだ。過去に何かあったのかね?」
「心当たりは有りません。ですが…」
「ですが?何かね」
「ボクはナッシュに対してもう遠慮はしません。今後も彼がボクやグラウバーン家に対して何かするというなら排除するまでです」
「…それを黄天騎士団の私に言うのかね?」
「問題ありません。違法な手段を取るつもりはありませんので。向こうが手出ししない限り、こちらから何かするつもりもありませんし」
「…そうか」
と言っても、ナッシュは次男で、家督を継ぐ立場には無い。
ナッシュの兄に何かあって、ナッシュが家督を相続でもしない限り大した事は出来ないだろう。
宮廷騎士団を除名された次男を婿に入れる貴族家も無いだろうし、警戒する必要も無い。
出来て、精々闇討ちを仕掛けてくるくらいか。
「話は以上だ。長々とすまなかったね」
「いえ、必要な事と理解しています」
「それでは、失礼します」
「失礼しまーす」
「……」ペコリ
さて…時間がかかってしまったけど、レティさんの試合はまだ終わってないだろうか。
「急いで戻ろう。レティが拗ねる前に」
「ですね」
今日は全部門、準決勝まで。
せめてレティさんが決勝まで残ってくれれば、明日は応援出来るのだが。
「………」
「あ、レティ?」
「どうしたの?いつになく真剣な顔して……もしかして負け、た?のかしら」
「負けてないよ。決勝まで進んだよ」
「じゃあ、その真剣な顔は何?」
「アレだよアレ。アレ見て」
アレって…弓部門もう一つの準決勝か。
今、黄緑色の長い髪の女性が一射目を放った後のようだ。
的の中心、ど真ん中に命中している。
「一番遠い距離から命中させてる。良い腕だね」
「弓も魔法が付与された特別製みたいね」
「良い腕なんてもんじゃないよ。見てて」
続く第二射。
二本目の矢は一本目の矢と寸分たがわぬ位置に命中、一本の矢を縦に裂いて、的の中心に刺さった。
そのまま第三、第四射と同じ事を繰り返し、第五射も同様にやってのけた。
対戦相手も決して悪い腕では無いが、相手が悪すぎた。
「よーし!良いぞ!リーシャ!流石は翠天騎士団期待の星だ!」
「ど~も~」
ああ、あの人も翠天騎士団の団員なのか。
見た所、アイシスさんと近い年齢の女性に見える。
「翠天騎士団に腕の良い弓兵が居るとは聞いていましたが、彼女の事でしたか」
「風の魔法が付与された弓みたいだな。だけど武器に頼り切ってるわけでもないな」
「だね。強敵だよ」
弓部門の決勝は白天騎士団のレティさんと翠天騎士団のリーシャさんか。
…とりあえず、どっちが勝っても女性で良かったですね、アイシスさん。
『それではこれより!魔法部門の本選を始めます!』
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