第126話 「私のおごりだ」
「試合終了!勝者アイシス・ニルヴァーナ!」
ふう。
武芸大会本選と言えども、こんなものか。
予選の時と変わらないな。
「お疲れ様、アイシス」
「一回戦は楽々突破ですね」
「技術も駆け引きも無い、ごり押しだけどねー」
…まだ微妙に拗ねてるのかな、レティ。
ちょっと辛口だぞ。
「そうでもないですよ。マジックショットは初歩中の初歩、基本の中の基本の魔法ですが、それでもあれだけ高速で連射出来る人はそうはいません。訓練の成果が出てますね、アイシスさん」
「…ま、戦争であれだけ魔法で活躍してたんだから、当然だよねー…んなぁ!?」
「…レーティー?さっきからな~んかトゲがあるぞ~?」
「やっ、ちょっ、なに、にゃ、にゃめ~!」
フハハハ!レティの弱点は耳の付け根!此処を攻めればレティはイ・チ・コ・ロ!
「ほれほれ、機嫌直せ~い」
「にゃ、にゃあう~ん!」
「フハハハ!あたっ!」
「人前で何て事してるの、貴女は…」
「……フケツ」
「………」
ティータに怒られた…ちょっとやり過ぎたか?
ん?あれれ?ユフィールの視線が冷たくなったのは良いとして…
「………」
「ハァハァ…フナァ~…」
ジュンの顔が赤い…顔を赤くしてへたり込んでるレティを見つめて…確かにちょっと色っぽいけども!
「ジュンの浮気者!スケベ!もうレティを見るの禁止!」
「…は!?」
「自分の行動を棚上げにし過ぎよ、アイシス…」
「………」コクコク
「それはそれ!これはこれ!」
「ハァハァ…それは身勝手って言うんだよ…アイシスゥ」
「それはもう横に置いておくとして!機嫌直ったか?レティ」
「…アハハハ?」
「ん?…アハハハ?」
「アハハハ」
「アハハハ?」
「「アハハハ」」
何が可笑しいのかわからないけど、どうやら機嫌は直ったみたい…?
「…直るわけないよ!むしろ悪くなったよ!」
「えええ!?何故!気持ち良くしたのに!?」
「き、気持ち…人前であんな辱めを受けて喜ぶはずないでしょ!機嫌直して欲しかったら今すぐ肉串買って来て!人数分!」
「えええ!?私、まだ試合が残って…」
「良いから早く行く!闘技場周りにある屋台ので良いから!あ、一人二本!勿論全額アイシスの自腹!」
「う、うう!わ、わかったよ、もう!」
「あたしは鶏肉のやつね!」
「じゃあボクは牛肉ので」
「私も牛肉のがいいわ」
「……豚肉」
「一ヵ所で纏めて買えるように配慮してよ!行って来ます!」
てか、人数分って!
ジュンとティータは良いとして!
何故、ユフィールの分まで買う事になってるんだよ!
「全く…取り合えずあの屋台で…ん?」
あそこに居るのは…サラ?
メイド服じゃなくて、私服なのは良いとして、一人で何してるんだ?
屋台の傍でジッとして?
「サラ?何してんの、そんなとこで」
「……?」
「?…ああ、もしかして肉串を食べたいのか?でもまだメイド見習いで、給金も大して出てないから御金が無いんだな?仕方ない、私も肉串を買いに来たからついでに買ってあげるよ」
「…メイド?」
この屋台にあるのは…牛肉と豚肉か。
ええと…ジュンとティータが牛肉で、ユフィールが豚肉だったか。
私も牛肉にしよう。
サラは…牛肉と豚肉、一本ずつでいいか。
「おじさん、牛肉串七本と豚肉串三本ちょうだい」
「あいよ!………へい、御待ち!」
「ありがと。はい、これはサラの分」
「……いいの?」
「遠慮すんな。私のおごりだ、ほら」
「……ありがと」
「うん。じゃ、私は行くね。鶏肉の串を売ってる店を探さなきゃだし、試合もあるから急がないと」
「…鶏肉の串を売ってる店なら、あっちにあった」
「お?そっか、ありがと。…ところでさ、その服。女の子なんだから、もうちょっとオシャレなの着ればいいのに。自分の御給金で買ったんだろ?」
「…え」
「そんな野暮ったいのじゃなくてさ。もうちょっとこう…フリフリなのとか」
「…フリフリ」
「うん。そうだ!今度私のお古あげるよ。それじゃ、また後でな!」
「………」
なんかいつもと様子が違ったな、サラ。
犬を…キンタローを飼うようになって明るくなったけど。
今のサラは、初めて会った頃のような、色んな事を諦めた者の眼だった。
…何かあって、また希望を失ったのかな。
あとで話を聞いてみるか。
取り合えず、今は肉串を買って早く帰らなきゃ。
「あ、アイシスさん。良かった、間に合いましたね」
「おかえり、アイシス」
「おかりー。次の試合がアイシスの試合だよん」
「………」
間に合ったか。
今から始まる試合は…二回戦、第四試合か。
「はぁ…はい、肉串」
「お。ありがとん」
「ありがとうございます、アイシスさん」
「ちゃんと人数分、頼んだ串を買って来てるみたいね。メモを取って無かったのに。少しは記憶力良くなったんじゃない?」
「ティータはバカにし過ぎ。これくらい前から出来たよ」
さてと…試合はどうなってる?
ええと、対戦してるのは知ってる奴か?
「あ、あいつ…ジュンに絡んで来たヤツだ」
「『氷結のリンザ』ね。A級冒険者の」
「魔法部門、優勝候補の一角だそうですよ」
「ジュンちゃんに勝つって宣言するだけあって、口だけじゃないみたいだね~」
確かに。
氷結なんて異名が付くくらいだから、氷属性の魔法が得意みたいだ。
「アレは空気中の水分を利用して氷魔法に転用してるようですね」
「空気中の水分を利用、ですか?何故、わざわざそんな事を?」
「その方が消費MPが少なくて済むからです。ゼロから氷を生み出すよりは少なくて済みます。ですがそれには普通に氷魔法を使うより緻密な魔力操作が必要です。『氷結』の異名は伊達じゃないですね」
「なるほど」
ふ~ん…一応、根拠の無い自信からジュンに勝てるなんて宣言したわけじゃないのか。
あれ?でも…全部防がれてないか?
「でもリンザって奴、全部防がれてないか?」
「…ですね。対戦相手も相当な腕利きの魔法使いのようですね」
対戦相手の女は火・土の二属性の魔法を操る魔導士みたいだ。
リンザの魔法を全てに自分の魔法をぶつけて相殺している。
「ただ当てて相殺してるわけじゃないですね。リンザさんの魔法の威力・軌道を完全に見切ってます。余分な魔力は注がず、必要最低限のMP消費に抑えてる」
「対戦表によると彼女の名前はアリア・ウラウ・カフカ。…カフカと言えば、代々宮廷魔導士を輩出してる魔導の大家ですね」
「あー…そう言えばそんな名前の宮廷魔導士が居たかも」
そうなのか…私は知らないな。
帝国の遺跡調査の時には居なかった顔だし。
カフカ…貴族家か?
「カフカ……魔導士の家系でカフカと言えば、王国西方に領地を持つカフカ伯爵家の方ですね」
「へ~伯爵」
「上級貴族のお嬢様にしては荒事に慣れてるみたいだね。魔法の撃ち合いを続けてるのに平然としてる」
確かに。レティの言う通りアリアって奴は平然としてる。
銀とルビーで造られた魔導士の杖。白いローブに赤とオレンジと黒の三色の帯を巻いた服装。
見た目は結構派手だ。
あの派手な服装に何の意味があるのかはわからないけど。
「あっ…決着したわね」
「リンザ、負けちゃったね」
「優勝して幼馴染みと結婚するって夢は砕け散ってしまいましたね」
そう言えばそんな事言ってた。
まぁ、ジュンが魔法部門で出ていたらまず無理だったし、私が居る限りどっちにしろ無理だったし。
「う、うう…うわあぁぁぁん!結婚が!私の人生設計がぁ!」
あ~あ…泣きながら走りさっちゃった。ちょっと可哀想。
これでこじれちゃって婚期を逃したあげく、行き遅れにならなきゃいいけど。
影ながら祈っておいてやろう。
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