第121話 「良い家族だな、と思いまして」
「さて…先ずは礼を言おう。賊の撃退に協力して貰った事、感謝申し上げる」
魔獣と暗殺者の撃退が完了してすぐ。
モナ様の計らいで、ボク達が元に戻れるようユフィールさんの部屋でボク達だけの時間を作ってもらえた。
御蔭でボク達はちゃんと元に戻れた。
本当ならそけで、今回の入れ替わりについて検証したかったのだけど、ロックハート公爵が目を覚まし礼を言いたいとの事。
今は無事だった応接室に通され、ロックハート公爵家の面々と会談中…なのだが。
「…」「…」「…」
この場に居るロックハート公爵家の男性陣の眼が凄い。
いや、眼だけじゃなく顔も凄い。
憎しみで人を殺せるなら殺してやると言わんばかり。
「…はぁ。貴方達、恩人に対して失礼ですよ」
「ですが、母上!」
「この男は公衆の面前でユフィールの唇を奪ったのですよ?」
「しかも、そちらの剣帝の唇を奪った後に。同じ男として赦せる所業ではないの」
あ、そうなります?
アレはどちらかと言えばボクが奪われた立場になるんですけど。
ロックハート公爵は無言で頷いている。
どうやらロックハート公爵家側にボクの味方してくれはりのはモナ様だけらしい。
「あら。それは好都合だって話で纏まった筈よ。これで多少強引にでも婚約に持っていけるって」
違った。モナ様も味方じゃなかった。
むしろこの場で一番厄介な相手かもしれない。
「あの…申し訳ありませんが、ボクはユフィールさんと婚約するつもりはありませんよ」
「「「「「「あ?」」」」」」
うっ…中々の圧力。
だがボクもグラウバーン家の嫡子。
この程度の圧力に屈する訳には行かない。
「あらあら。聞き間違いかしら。ユフィールと婚約しないと言ったのかしら?」
「はい。ボクはユフィールさんと婚約する気はありません」
「(良いぞ、ジュン!もっと言ってやれ!)」
「(ジュン様!頑張ってください!)」
事の発端のくせに無責任に煽ってくるアイシスさんは後で説教するとして。
それより怒り心頭という感じで圧力をかけてくる公爵家の面々よりも、涙目で見つめてくるユフィールさんの方が辛い。
あんな顔されると罪悪感でいっぱいになってしまう。
「…ユフィールに何か不満でもあるのかしら?」
「ユフィールさんに不満があるとか問題があるかとではありません。ボクが今は婚約者を作る気が無いだけです。ですが、そちらはボクに不満がおありのようで」
「当たり前だ!可愛いユフィールを何故お前に、グホッ!」
「同じ話を繰り返すつもりかしら、あなた」
…どうやらロックハート公爵家で一番発言力があるのはモナ様らしい。
ロックハート公爵がモナ様の拳で黙らされたのを見て、他の面々も押し黙ってしまった。
「…コホン。ジュン様に不満なんてありませんよ?魔帝様以上の結婚相手なんて、そうはいませんもの」
「…そうであったとしても、です。グラウバーン家は王位継承問題に関しては中立の立場を取っています。故に、第一王女派筆頭であるロックハート公爵家との縁談は受ける事は出来ません」
「では王位継承問題が片付いたらユフィールと婚約出来ると?」
「出来ないとは言いませんが出来るとも言えませんね。その時には別の女性と婚約してるかもしれません」
「貴様!ユフィールの唇を奪っておきながら責任をとらぬつもりか!」
「そもそもそんな事で婚約を決めたら他の貴族家の女性も同じ手段に出るでしょうね。マクスウェル公爵家とか。それに責任云々でユフィールさんと婚約したいと言って認めるつもりも無いのでは?モナ様を除いて」
「「「「ぐぬっ…」」」」
ボクの指摘に押し黙るロックハート公爵家男性陣。
彼らはいつかユフィールさんも結婚するとわかってはいても受け入れがたいらしい。
「…ふん。ロックハート公爵家を相手に堂々とした態度と物言い。流石は魔帝と言った所か?」
「…お褒めの言葉として受け取ります」
それにしても、本当にユフィールさんは家族に愛されているな。
短いやり取りでも、簡単に伝わって来る程に。
「…何かおかしい事でもあったか?」
「え?ああ、いえ」
どうやら少し笑ってしまっていたらしい。
こんなに敵意を向けられているのに、つい微笑ましくて。
そして、少し羨ましくて。
「良い家族だな、と思いまして」
「…良い家族?」
「御存知かと思いますが、ボクには母親も、兄弟も、祖父母も居ません。肉親と呼べるのは父上だけですから…こんなに沢山の家族に愛されているユフィールさんが少し羨ましい…なんて思ったりします」
「ジュン様…」
「ジュン…」
その分、父上が愛情を注いでくれている。
それはわかっているけれど、やっぱり少し寂しいと感じる時はある。
「…ま、まぁなんだ…ジュン殿はまだ未成年。子供だったな。子供相手に少々大人気ない対応だった。すまない」
「いえ、そんな事は」
「…しかし、本当にガインには似てないな。モナの言う通り、アヤメさん似だな」
「ウフフ、そうでしょう?」
「あ、確か父上とは…」
「ああ。ガインとは初等学院時代の同級生だ。あいつが王都に来る度に会って酒を飲んだりはしてたんだが…」
「でもお互いに子供を会わせようとはしなかったのよね。学院で会ってるとも知らずに」
「いや、だってな…あいつが息子に会ったら欲しがるに決まってるとか言うから…」
「御話を遮って申し訳ありません、公爵閣下。ですが、私達は団長に報告と武芸大会もありますので、此処で失礼させていただきたいのですが」
あっ、と…もうこんな時間か。
ボクらも一旦帰らないと。
「そうか。長々と引き止めてすまない。後で御礼の品を白天騎士団の本部に届けさせよう」
「はい。ありがとうございます」
「失礼します。ジュン、後でね」
「あ、いえ、ボク達も帰り――」
「ジュン殿はまだ良いだろう。朝食くらいご馳走するぞ」
「え?いえ、しかし、父上が…」
「ならガイン様も朝食に招待しましょう」
「そうだな。此処に息子が居ると知ったら即座に飛んで来るだろう。おい、遣いを出せ」
「畏まりました」
ボクの意見も聞かずに話は進んで行く。
そりゃ朝食を食べる時間くらいはありますけどね。
「さて…話の続きだが…ガインとは同級生だと言ったが、実はそれ以前から付き合いはあったんだ」
「え?」
「ガインの父…つまりお前…失礼。ジュン殿の祖父と私の父は友人でな。子供の頃は父に連れられて私とガインは会っていたんだ」
「…ふん。腐れ縁という奴に過ぎんわい」
そうだったのか。
それは知らなかったな。
ノルンも…初耳みたいだ。
「ウフフ…ジュン様の御祖母様はね、御義父様の初恋の人なのよ」
「「「え?」」」
「あ!おい、モナ!」
それも初耳だ。
ユリアンさんとライアンさん、ユフィールさんも初耳だったらしい。
「それもあって、御義父様はジュン様にユフィールを嫁にやるのが嫌なのよ。何故、よりにもよってアイツの孫にやらねばならんのかー!って言ってたもの」
「ぬっ、く…」
お祖父ちゃんとお祖母ちゃん、か。
二人共ボクが生まれる前に亡くなったとしか、知らないな。
父上はあまり話してはくれなかったし…どんな人だったんだろう?
「あの…ボクの祖父母とはどんな方だったのですか?」
「ん?そうさの…お主の祖父、ホズルは歴代のグラウバーン家の当主の例に漏れず、優秀な武人だった。頭と女癖は悪かったがな!」
「え?そうなのですか?」
「安心していい。そう言ってるのは父上だけだ」
「御祖母様は確か、若い頃は王国で一番の美女と呼ばれていて…王家の遠い分家筋にあたる方だったかしら」
「ああ。ホズル様とは真逆な、物静かな方だった」
モナ様も公爵様も、祖父母とは面識があったらしい。
「だが二人共流行病でアッサリと逝ってしまいおった。全く…身体の丈夫さだけが取り柄だった癖に…早死にしおって」
そう呟くキャリガン様は少し寂しげだ。
悪態をついてはいても、やはり祖父とは仲が良かったのだろう。
「…話を聞く限り家族包みの付き合いに聞こえるでしょう?」
「あ、はい。そうですね」
「でも、ジュン様はこれまでロックハート家との付き合いは殆ど無かった。何故か?それはグレイルとガイン様が輪をかけて親バカだからよ」
ああ…そこでさっきの子供を互いに会わせ無かった云々の話に戻るんですね。
「でも、こうして互いの子供を通じて知り合ったわけですし。これからさ仲良くしましょう?特にユフィールとは結婚を前提に。ね?」
「いえ、ですからそれは…ん?」
誰かが凄い勢いで近付いて来る。
この足音には聞き覚えが…
「ジュン!グレイル!無事か!?」
「あ、父上」
「ガイン…もっと静かに入って来ないか」
やっぱり父上だった。
それにしても、無事か、とは?
朝食に誘われただけにしてはやけに慌てて…ああ、いや。
当然か。この屋敷の荒れようを見ればな。
「おお!ジュン!無事だな?グレイルは顔色が悪いぞ!まさか負傷したのか!」
「あ、ああ、いや…」
「それにこの屋敷の有り様はどうした?まるで魔獣に襲われたかのようじゃないか!一体何があった!」
「説明するから、落ち着け。お前も朝食はまだだろう?一緒に食おう」
それから説明を求める父上をなだめつつ。
朝食を取りながら説明する事に。
あんなに心配するとこを見ると、グレイル様とは本当に仲の良い友人なんですね、父上。
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