第120話 「お前、子供か」

『グラァァア!!』


「おっと。これ以上屋敷を壊させるわけにはいかないな」


 この巨体だと、ただ拳を振るうだけで屋敷に大穴が空く。

あまりやられると崩れる可能性もあるし、手早く仕留めるとしよう。


 周りに人は…居ないな。

なら魔法で仕留めてしまおうか。


「フレイムカッター!」


『グァ…?』


 炎の刃を撃ち出す魔法フレイムカッター。

拳を振り下ろす前に、瞬時にジャイアントオーガの首を刎ねた。


 何が起きたのかわからないと言いたげな表情を浮かべたまま、ジャイアントオーガの首は落ちた。


 さて…次はどいつだ?


『ギャギャギャギャ!!』


「自分から来てくれてありがとう」


『ギャ!?』


 楽で助かるよ。

こいつはリトルエイプだな。

…何だか二足歩行の魔獣ばかりだな。


『ギイイ!』『ブホォ!』『シャー!』


「今度はホブゴブリンにハイオーク、リザードマンか。種族はバラバラ、二足歩行の魔獣以外の共通点が無いな」


 ジャイアントオーガが出た時点でわかっていたけど、やはりこいつらは召喚魔法によって現れた魔獣だ。


 二足歩行の魔獣ばかりなのは召喚主が契約出来る魔獣の系統が二足歩行の魔獣という縛りがあるんだろう。


 契約出来る魔獣の特徴は個人によって違うから、それは別段珍しい事じゃない。

ただこれだけの数の魔獣を召喚して使役出来るとなると、かなりの力量の持ち主なのは間違いない。


 そして、召喚主は恐らく近くに居る筈。

ならば…探査魔法に引っ掛かる魔獣の数は……中にまだ二匹。外のは…もう始末されたか。

アイシスさん達の御蔭だな。

屋敷の周辺には複数の人間。

何事かと集まって来た野次馬か。

その中に犯人が混じってるか?いや、既に屋敷の中の可能性もあるか。


 となれば…だ。


[アイシスさん、ユフィールさん。外の魔獣は終ったみたいですね]


[あ、うん。中はどう?]


[パパ達は無事?]


[ユフィールさんの御家族は無事です。屋敷内にはまだ二匹の魔獣が居るようです。そっちはボクがやりますから、アイシスさん達は召喚主を探してください。何処かで様子を窺ってる筈ですから]


[わかった。任せて]


[うん、わかった…あ、ジュン!ティータがこの魔獣は陽動かもしれないって言ってる!]


[陽動?]


 なるほど、その可能性は十分にある。

となると…本当の本命は今頃ロックハート公爵の部屋へ向かってる筈。


[屋内の魔獣はティータとユフィールに任せて、召喚主を探すのは私とノルンでやるよ。ジュンはロックハート公爵の護衛に!]


[了解です!]


 さて…ロックハート公爵の部屋はこっちだな。

ただ…探査魔法にロックハート公爵の部屋に近づく反応が一つ。


 護衛の騎士や使用人の可能性は十分にあるが、そこまでは判別出来ない。

どちらにせよ、この反応より早く部屋に着くべきだな。


「おお!ユフィールか!」


「無事で何よりだ!」


「お前の活躍はモナとライアンから聞いた。よくやったぞ!だが、後は騎士に任せて、お前も此処にいなさい」


 部屋に入ると、公爵家の人間が全員集まっていた。

他にも避難してきたメイドや執事。護衛の騎士が三名。

ロックハート公爵はまだ眼が覚めていないらしい。


 接近中の何者かは…動きが停まったな。

こちらの様子を探っているのか?


「…魔獣の討伐は粗方終わりました。魔獣を放った者の捕縛がまだですが、それは協力者に頼みました」


「…協力者?」


「今日のユフィールは何か変だな…」


「いや、それより協力者とは?」


「偶々屋敷の近くに居た白天騎士団の騎士方々です。その方が言うには魔獣は囮の可能性もあると。本命の暗殺者が来るかもしれません。十分に警戒…来た!」


 ボクが警告を完全に告げるよりも前に行動して来た。

こちらの態勢が整うのを嫌ったか。


 入口から球のような物が投げ込まれ、急激に煙が噴き出している。

目くらましか。だが、こんなものは通じない!。


「ごほっごほっ!皆、父上を御守りしろ!」


「ケホッ…あれ?煙が…」


 この程度の煙なら、風魔法で簡単に飛ばせる。

で、煙玉は収納魔法でしまって、と。


「で。お前が本命の暗殺者か」


「………」


 煙が出たのとほぼ同時にこいつがドアから入って来るのは見えてた。

だが既に結界を張ってある。こいつは煙が吹き飛ばされるのを見て、躊躇したのかドアの傍で止まったままだが、そのまま突っ込んで来ても公爵の暗殺は阻止出来ていた。


「お前は捕縛させてもらう。誰の差し金で、お前は何処の誰なのか、他に仲間は居るのか。全て吐いてもらうぞ」


「……」


 こいつも無口系か。

しかし、こいつ…随分小柄だな。


 侵入してきた暗殺者は全身黒づくめ。

フードを深くかぶり、口元もマスクで隠されている。


 しかし、身体は小さく、唯一見える素肌はナイフを握った手だけ。

その手もまた小さい…まるで子供の手だ。

まだ十歳前後の。


「いや…お前、子供か」


「………」


 肯定も否定もしないが、ジリジリと後退している。

ボクとの力量差がわかるのか、それとも作戦の失敗を悟ったのか。

どちらにせよ、逃げるつもりか。


「暗殺者とはいえ、子供に手荒な真似はしたくない。大人しく投降してくれないか」


「ユフィールも子供だろうに」


「御義父様、今はそんな事…あっ」


「無駄だよ」


 公爵に向かってナイフを投げたが空中で弾かれる。

これで結界の存在に気が付いただろう。今度こそ、暗殺は不可能だと悟った筈。


「これでわかったろう。公…父上の暗殺はもう不可能だ。大人しく捕まって――」


「………!」


「うっ!」


 これは、音響玉と閃光玉!

よく冒険者が魔獣から逃げる際に使う爆音と目くらましの閃光を放つ道具!


「…逃げられたか」


 音響と閃光が止んだ時、暗殺者の姿は何処にも無かった。

探査魔法での範囲内にも居ない…ボクの探査魔法の範囲はそれなりに広いのだが。

あの一瞬で逃げたにしては随分早い。

他にもなんらかの逃走手段を用意していたか。


「ユ、ユフィール?終わったのか?」


「…はい、多分。今回の襲撃は退けたと見て良いと思います」


「お、おお!素晴らしい!素晴らしいぞ、ユフィール!」


「ですが、襲撃犯は逃がしてしまいました。これでは誰が黒幕かわかりません」


「そうだな…だが、それはお前が気に病む事ではない。あとはこの私達に任せておけ!」


「何処の誰だか知らないがロックハート公爵家を敵に回して、無事に済むはずが無いと思い知らせてやらねばな」


 …まぁ、ロックハート公爵家なら態勢さえ整えれば今後暗殺の心配は無いだろうけど。

友人の家の事だし、やっぱり気になる。


[アイシスさん、召喚主の捕縛はどうですか?]


[ごめん、それらしいヤツは居たけど逃げられちゃった]


 アイシスさん達もダメだったか。

これで黒幕の事は何もわからず、か。


 今回の失敗で諦めてくれれば良いんだけど…そんな訳にいかないんだろうなぁ。

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