第111話 「本選出場決定おめでと~

 予選試合五戦目。

ボクはこれに勝てば本選出場決定という試合。


 その対戦相手はまさかのナッシュだった。


「お前…どうして剣部門に出てる。いや、どうやって此処まで勝ち残った!」


「どうやってと言われても…実力で」


「ふざけるな!魔帝のお前が剣で此処まで勝ち残れるわけが無い!何か卑怯な事…不正をしたんだろう!」


「言いがかりですよ。というか、此処までボクの試合、見てないんですね。他の選手の試合を見てないんですか?」


「う、うるさい!……チッ。仕込みが無駄になったな」


 …仕込み?対戦相手になるであろう他選手の試合を見ずに何をしていたんだか。

間違いなくくだらない事だろうけど。対象はボクなんだろうな。


「君達、そろそろ試合を始めたまえ」


「うるさい。俺はカークランド辺境伯家の者だぞ。貴様如きが俺に指図するな」


 …うわぁ。怖いもの知らず。

この武芸大会において選手の身分は一切関係なく審判の指示には従う事。

そして不正には厳罰が処される事になってる。


 審判の多くは騎士でベテラン揃い。

中には爵位持ちの人や元宮廷騎士団団長なんて大物も居るのに。


「まぁいい。お前がどんな汚い手段を使って此処まで来たか知らんが、直接お前を痛めつけるチャンスだ。しかも公然の場で、大勢の観客の前でな。グラウバーン辺境伯…いや、公爵も来てるんだろう?父親の前で無様な醜態をさらすがいい!」


 本当にナッシュはどうしてボクをそこまで嫌うのか。

初めて会った時から友好的では無かったけど、此処まで嫌われるような事をした覚えがない。


 …兎に角、今は試合だ。


「ハッ!生意気に二刀流か!そんな付け焼刃が俺に通用すると思うなよ!」


「付け焼刃、ですか。そう見えます?」


「当然だ!お前如きがそんな、な、何ぃ!?」


 ナッシュは全くの無警戒に。

走って間合いを詰め、勢いのままに剣を振り下ろして来た。

隙だらけもいいとこだ。


 ナッシュの剣を躱し、右腕に一撃を加える。

これで右腕の魔法道具が点灯。残りは左腕と胸の魔法道具だ。


「バ、バカな…こんな…お、俺は『剣術LV5』を持ってるんだぞ!剣の腕が認められて宮廷騎士団に入団出来たんだぞ!それが…お前は持ってても精々『剣術LV2』が関の山だろう!なのに、その動きは何だ!」


「…剣術のLV差じゃ無いならステータスの差じゃ?」


 確か初等学院卒業時でナッシュの剣術のLVは3。

五年でLV3をLV5にし、十七歳でLV5にまでしたというのは一般的には早い方。


 ナッシュも努力していたんだろう。


「ふざけるな!おい、審判!こいつは不正をしているぞ!失格にしろ!」


「…彼が不正をした様子は無い。失格にしろというなら明確な証拠を提示したまえ」


「ステータスボードを確認すればいいだろう!こいつがこんなに強い筈が無いんだからな!」


「その根拠は何だ?彼にステータスボードを提示させるだけの根拠が無ければ彼に強制は出来ない。君の証言だけではそれは通らないぞ」


「なっ…チィ!」


 …助かった。

ステータスボードの提示を要求されたら不正はしてないと証明は出来ても面倒な事になるのは確実。


 審判さんの公正な判断に感謝。


「だがこいつは魔帝だぞ!剣で強い訳がないだろうが!」


「君…今は五回戦だぞ?彼が魔帝なのは私も知っている。これまでの対戦も私が審判を務めた。その全ての試合を彼は実力で勝ち上がっている。君の言い分は根拠の無い言いがかりに過ぎない。早く試合を再開したまえ」


「そーだ!妙な言いがかりつけやがって!てめぇ騎士のくせにかっこ悪いんだよ!」


「美しい魔帝様に嫉妬してんじゃないわよ!」


「「「ジュン様は不正なんかしなくても強いんだから!」」」


「引っ込め!貴族の恥さらし!」


「むしろお前が不正してんじゃねーのか!」


「ぐっ!」


 周りで観戦してる出場者達や観客席からのヤジに普段から高慢な態度を崩さないナッシュもタジタジだ。


 特にグラウバーン家からの避難が凄い。

セーラさん達も叫んでるし。父上は何も言ってないが、明らかに不満顔だ。


 ラティスさん達団長陣は何か相談してる。

何を相談してるんだろう…何か怖いな。


「く、くそ!絶対に不正を暴いてやる!来い!」


「不正なんてしてないから、勝つ事だけに集中した方がいいですよ」


 負けませんけどね。

ナッシュは宮廷騎士だけあって動きは悪くない。


 少なくとも三年前のボクじゃ剣では勝てなかっただろうし、ミゲルさん達より剣の腕は上だ。

だけどラティスさんやアイシスさんには遠く及ばない。


 動きは全て見える。


「くそ!くそ!くそぉぉぉ!どうしてだ!何故当たらない!」


「白天騎士団に鍛えてもらいましたからね。主にラティス…バーラント団長と剣帝のアイシスさんに。残念ながらあの二人に比べたら、ナッシュさんは遠く及ばない」


「黙れ!貴様如きが俺の剣を語るな!スキル!飛燕剣!」


「なっ!スキル!天剣!」


 危ないな!周りに観客が居る中で、飛び道具を使うなんて!

避けたら周りの人に被害が出るから、防ぐしかない!


「バ、バカな…俺の飛燕剣を防ぐだと?訓練用の木剣で?それに天剣だと?それは『剣術LV4』で覚えるスキルだろう!何故、お前が使える!?」


「流石に木剣だと強化しないと防げないかと思ったので。それより、疑問が多いのはわかりましたけど、試合中ですよ!」


 これ以上、長引かせても良い事は無いな。

精々がナッシュの罵声のバリエーションが増えるだけだろう。


 さっさと終わらせてしまおう。


「これで終わり…あれ?」


「まだ終わってねぇ!」


 確かに左腕と胸に一撃を加えたと思ったのだが。

胸の魔法道具が光ってない。

本気でやると木剣でも殺してしまうから、かなり手加減はしたけど…手加減しすぎたか?


 なら、もう一度やるだけだ。


「あれ?」


「ふん!そんな剣筋で当たるか!」


 いや、確実に当たってますよね。

怪我しないように、本当に当てただけの斬撃だけど。


 確かに手応えは感じてる。でも魔法道具は光らない。


 これはもしかして…魔法道具の故障?若しくは不良品か?


「どうした!急に剣が当たらなくなったのがそんなに不思議か!ハッ!単にお前の剣を見切っただけだ、馬鹿が!もうお前の剣なんて当たらねえんだよ!」


 …やけに剣が当たってないと主張するな。

流石に剣が当たってないと、本気で思ってる…なんて事はない筈だが。


「フハハハ!無駄だ無駄だ!お前の剣はもう当たらない!だからこの魔法道具は絶対に光らない!諦めろ!」


 …もしかして、魔法道具に何か細工をしてる?

もしくは不良品を自分に回すように大会の運営に働きかけた?


 ………くだらない。


「いや、どーみても当たってるだろ。おーい審判!そいつの魔法道具は不良品だぞ!」


「根拠の無い言いがかりはやめろ!俺が紙一重で躱してるから、ザコには当たってるように見えるだけ……げ!剣帝殿!?」


「お前…私をザコ呼ばわりするとは。いい度胸じゃないか、ああん?」


「あ、いや、その……」


「降りて来い。ジュンに代わって私が相手してやる」


「それはダメですよ。アイシスさん。大丈夫、もうケリを着けますから」


 その程度の不正に負けたりしない。

誰の眼から見ても明らかに当たっているという一撃を加えるだけだ。


「く、くそ!どうしていつもお前ばかり!」


「何の事か知らないけど、もう終わりにしよう、ナッシュ」


「お前!お前如きが俺を見下すな!お前はいつもそうやって、俺を!…あ?ぐああああ!」


 ナッシュの腕を叩き、木剣を吹き飛ばし脚を打った。

骨が折れたかもしれないが、直ぐに治療してもらえるだろう。


「ジュン…!てめぇ…!」


「これで終わりだ」


「や、やめ…」


 脚を負傷し、動けなくなったナッシュの胸にゆっくりと剣を当てる。

誰の眼からも見えるように。ゆっくりと。


 トスン。

そんな音が聞こえる程度に。


「…審判。どうやら彼の魔法道具は故障してるようですね」


「…そのようだ。試合終了!勝者ジュン・グラウバーン!」


「ま、待て!魔法道具は光ってない!俺はまだ負けてない!」


 試合終了が宣言されてもまだ騒ぐナッシュを運営員が連れ去って行く。


 不正の取り調べを受けるのか受けないのかはわからないが、ボクにはどうでもいい事だ。


 もうボクはナッシュを誇りある貴族とは思わない。


 彼は只の卑怯者だ。


「おつかれ、ジュン」


「本選出場決定おめでと~」


「対戦相手の魔法道具が故障してるなんて不運でしたね。ジュンさんには関係ありませんでしたが」


「…ですね」


 そうだ、関係ない。

兎に角、今は素直に本選出場決定を喜ぼう。


 勝ったのに、不愉快な気分になるなんて、嫌だから。

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