第109話 「斬っちゃうぞ?」

「次!ジュン・グラウバーン!」


「よろしくお願いします」


「魔帝が相手か。相手にとって不足無し!行くぞ!………あれ?」


「ありがとうございました」


 武芸大会予選二回戦目。

今の所、強敵と呼べる相手とは当たっていない。


 他の試合も見ていたが、見た中では白天騎士団の団員に勝る人は居ない。


 白天騎士団は女性だけとはいえ達人集団。

帝国との戦争を生き抜いた猛者達だ。


 彼女達以上の強敵なんて、そうはいない。


 他の七天騎士団の団員も幾人かは出てらしいが、まだそれらしい人は見ていない。


「おつかれ、ジュン」


「二回戦もラクショーだったねえ」


「ですが勝ち進めばいずれは強敵と当たります。油断大敵ですよ」


「わかってます、ティータさん」


 いくら『剣帝』の称号を持ってはいても、白天騎士団を相手に模擬戦を重ねようと、他の人よりボクの剣の歴史は浅い。


 その分、濃密だとは思うが決して油断は出来ない。


「でもさ、剣部門と槍部門って参加者多いのな。この分だと、魔法部門の出番はいつになるやら」


「だねぇ。弓部門は最後だってわかってるから気楽だけど」


「剣も槍も、人気だもの。王都の中だけでも剣と槍を習える指南所は十箇所はあるし」


 剣部門は約千二百人。槍部門は約千人の参加者がいる。


 これを予選で三十二名まで絞る事になっている。

つまり一人五回か六回、予選を勝たないと本選にはいけないのだ。


「うへぇ…長〜」


「弓と魔法部門は少ないけどね」


 弓と魔法部門の参加者はどちらも百五十名程。

二、三回勝てば本選にいける。


「えー…それはそれで不満が…」


「何がさ」


「私が目立つ場面が少ないって事じゃん?」


「…目立ちたいの?なら変装やめたら?」


「アイシスは見た目だけは完璧だから。ファンは増えるんじゃない?」


「少年のファンならいくら増えても構わないけどさ。おっさんのファンはいらない。てか、見た目だけって何さ」


 此処で目立たなくても、アイシスさんの人気は既に不動だと思いますけどね。


 まぁアイシスさんの御両親は喜ぶでしょうけど。


「次!ティータ・フレイアル!」


「お。ティータ、呼ばれてるよ」


「ええ。行って来るわ」


 ティータさんはこれで三回戦目。

そろそろ強敵が出て来てもおかしくないけど…対戦相手は?


「あ。あいつ見た事あるような気がする…誰だっけ」


「こないだジュンちゃんに絡んで来た奴だよね」


「ええ。名前はペーター・トンプソン。トンプソン伯爵家の三男です」


 因みにトンプソン伯爵家は軍務系の貴族。

先の戦争にも参加していた筈だ。

ティータさんのフレイアル家と同じく槍の名家。


「ふうん…槍の名家ねぇ。ま、でもティータが勝つでしょ」


「ですね」


 ペーターは学院卒業の時点で、確か『槍術LV3』だった。

十二歳で考えれば十分なんだけど、五年でティータさんに勝てる程に成長出来たとは思えない。


 ペーターが戦争に参加していて想像以上に強くなっていたとしても、ティータさんが勝つだろう。


 実際、ティータさんが押してる。


「でも、意外に粘るね」


「だねぇ。…何か会話してる?」


 ペーターが距離を少しずつ詰めてティータさんに何か言ってる。


 ティータさんが驚いた顔して、ペーターはニヤニヤしている。


 ペーターが追い込まれてる状況なのに。一体何を言ったんだ?


「どした?何か動きが止まったぞ?」


「ティータ、何言われたんだろ」


 少しの間睨み合っていたが、ペーターが先に動いた。


「ヒハハ!そのまま大人しく…あ?」


「スキル…陽炎突き」


 陽炎突き…アヴェリー殿下も使っていた槍術のスキルだ。

残り一つになっていたペーターの魔法道具がこれて赤く光った。


 ティータさんの勝利だ。


「て、てめぇ!俺にこんな事して、只で済むと思うなよ!」


「貴方こそ。白天騎士団の団員を脅迫して、只で済むと思わない事です。いくら私の家が騎士爵だと言っても、他の貴族家と繋がりはありますし、黄天騎士団に知り合いもいます。早く帰ってパパに報告したらどうです?八百長を持ち掛けたら断られた、と」


「…は、白天騎士団?」


 脅迫?八百長?なるほど…ペーターがやりそうな事だ。


「おつかれ、ティータ」


「ティータ、怒ってる?」


「…ええ、少し。まさか王国主催の武芸大会で貴族が八百長を持ち掛けて来るなんて。恥知らずにも程があるわ」


「…何て言われたの?」


「…はぁ。フレイアル家なんて吹けば飛ぶような騎士爵家、トンプソン伯爵家の力で簡単に消せる。消されたくなければ勝ちを譲れ。言う事を聞けば俺の側室にしてやる、だそうよ」


「「うわぁ…」」


 ペーター……そこまで情けない奴だったか。


「トンプソン伯爵家はこの武芸大会の開催にも関わっていた筈です。その三男が不正を持ち掛けたとなると…」


「問題になるでしょうね。しかし、自業自得です」


「うわ…ティータが怖い…」


「八百長とか、ティータが一番嫌ってそうだもんね」


 ボクも嫌いです。

この件を上に報せても、トンプソン伯爵家はペーターを除籍して終わりにするだけだろうけど。


「トンプソン伯爵家が何かしてきたら言ってください。グラウバーン公爵家はフレイアル家を擁護します」


「ありがとう御座います、ジュンさん。ですが、いいんですか?ガイン様に断りもなく…」


「構いません。父上も同じ事を言うでしょうから」


 父上もこういう不正は嫌っているはず。

話を聞けば父上からトンプソン伯爵家に攻撃を仕掛けかねない程に。


「ガイン様も武人だもんね」


「そしてグラウバーン家は公爵家。公爵家が味方に付けば怖い物無しだ。良かったな、ティータ」


「ええ。でも大丈夫よ。白天騎士団の団員に不正を持ち掛けたってだけでもかなりの問題なんだから」


 ペーターは同じ槍の名家であるフレイアル家は知っていても、ティータさんが白天騎士団の団員だというのは知らなかったらしい。


 今頃顔を青くしてる筈だ。


「おい。ジュン」


「…ナッシュさん。何か?」


 また何か言いたい事でもあるのか、ナッシュが近付いて来た。


 そろそろ試合だし、サッサと済ませて欲しいんだが。


「ペーターが青い顔して走って行くのが見えたが、何かあったのか」


「…試合中に対戦相手に不正を持ち掛けて断られて負けました。更に相手が七天騎士団の団員だった事を知り、慌てていたようですね」


「…はっ!バカな奴だ。これでアイツはお終いだな」


「…ペーターと友人だったのでは?」


「いいや、違うな。アイツの家がそこそこの家柄だから仲良くしておいた方が良いかと思っただけだ。アイツもきっと同じだぜ」


「ああ、そう…」


 堂々とそんな事言えるって、どういう教育を受けたんだか。


 家と家の繋がりが重要なのは同じ貴族として、よくわかるけどさ。


「そうだ。ついでにお前に言っておく事があるんだ」


「…何です?」


「お前、剣帝殿を狙ってるらしいがな。剣帝殿は俺と婚約するんだ。人の婚約者に手を出すんじゃねーよ」


 …何言ってるんだ?ナッシュがアイシスさんと婚約するなんて話聞いた事もないが。


「わかったか?わかったなら剣帝殿から手を引け。いいな」


「…はあ。こんな事言ってますけど、事実ですか?アイシスさん」


「いいや。事実無根も良いとこだよ。無視していいよ」


「は?……け、剣帝殿!?」


「デカい声出すな。折角変装してんのに。てか、何勝手な事言ってんだ。斬っちゃうぞ?」


「し、しし、失礼します!」


 ナッシュは相変わらず周りが見えてないな。

視野狭窄に陥り安いままだ。


 アレで宮廷騎士とか…大丈夫なのかな。


「次!ジュン・グラウバーン!」


 あっ、と。出番か。

相手が誰でも油断せずに行くとしよう。

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