第107話 「何とか間に合いました」
「せぇいや!」
「う!…負けました」
「ジュンちゃん、すごーい」
「ついに団長相手にも勝ち越したなぁ」
「ようやく、ですけどね。何とか間に合いました」
今日は武芸大会の四日前。
明日には王都に向けて出発する。
アヴェリー殿下も武芸大会の観戦許可が出ているので、白天騎士団も王都に一時帰還する。
ニルヴァーナ子爵家の屋敷も完成したそうなので、ニルヴァーナ子爵夫妻とサラも一緒に帰還する予定だ。
今は城の訓練場で最後の仕上げをしていた。
「…私、『剣術LV9』になったのよ?その私より強いだなんて…」
「剣帝の私が鍛えたんだから当然だね!」
「貴女はただ模擬戦を繰り返しただけじゃない…それに三年前はジュン君の剣術LVは2だったはず…それなのに…」
…あれ。ラティスさん?何か、結構落ち込んでます?
「ええっと……あ、歳のせいじゃ…うわあ!」
「何か言った?」
「い、今のは避けなかったら死んでもおかしくない一撃でしたよ!?」
…実際はアイシスさんなら避けなくても死なないでしょうけどね。
急所を狙った一撃だったのは間違いない。
「まぁまぁ。気にする事ないですよ、団長」
「今じゃジュンちゃんに勝てるのって、白天騎士団の中じゃアイシスだけですし」
「それはそれで問題なのだけど…」
「でも言ってみればジュンちゃんは白天騎士団の弟子。弟子の成長は喜ぶべきですよぅ」
「良いこと言うね、レティ」
「…そうね。武芸大会では白天騎士団総員で応援するわね、ジュン君」
「ありがとう御座います、ラティスさん」
白天騎士団の弟子、か。
確かに、そう言えなくもない。
悪い気もしないな。
「よし。此処までにしようか。腕を上げたな、フレイアル殿」
「ハァ…ハァ…あ、ありがとう御座います。お忙しい中、時間を割いていただいて…」
「なあに。白天騎士団にはジュンを鍛えてもらったのだからな。俺も少しくらい礼をせねばな」
隣では父上がティータさんに稽古をつけていた。
ティータさんの槍の腕は白天騎士団で最高。
そのティータさんでも父上にはまだ及ばないようだ。
「凄いのね、ジュン君」
「あ、セーラさん。見てたんですか?」
「ええ。ジュン君が剣部門で出るって聞いた時は何を考えてるのかと思ったけど。まさか白天騎士団の団長に勝てるなんて。もしかしたら剣帝にもなっちゃうの?」
「アハハ。まさか」
もうなってます。なんて言える筈もなく。
バレたら色々面倒なんで、絶対に言いません。
「でも、ナッシュより強いのは確実よね。武芸大会であたったら瞬殺してやればいいわ」
「アハハ…セーラさんはナッシュにキツいですね」
「当然よ。むしろジュン君はナッシュに怒っていいのよ?学院時代からそうだったけど、何故怒らないの?」
「何故、と言われましても…ヴザッたいとは思いますけど」
学院時代に絡んで来たのはナッシュだけじゃないし。
誰か絡んで来てもセーラさんや東部の貴族家の子息がフォローしてくれたし。
そんなに酷い事されたわけじゃないから、別に嫌っても憎んでもいない。
ああいう手合は相手にしないのが一番だって、母上も言っていたし。
「アヤメ様か…そうかもしれないわね。でも武芸大会であたったらボコボコにしちゃいなさい!あいつのプライド毎、粉々に!」
「セーラさんはナッシュが嫌いですよね」
「当然!私だけじゃなく、皆嫌ってるわよ。貴女も嫌いでしょ?ノルン」
「えっと…正直に言えば…はい」
「でしょ?あいつの奥さんになる人が可哀想で仕方ないわ〜」
「ナッシュに婚約者が出来たんですか?」
「さぁ?知らない。でもいずれは出来るでしょ。カークランド辺境伯家は大貴族だもの。その気になれば傘下にいる貴族家に婿入りさせる事も出来るし」
そういう事もある、か。
まぁ、アレでナッシュも自分の妻には優しい良い夫になるかもしれないし。
「ま、ナッシュの事なんてどうでも良いの。武芸大会には私達も応援に行くからね」
「ありがとう御座います」
「ノルンも勿論行きます。メリーアン先輩達も何やら張り切ってましたよ」
「…何を張り切るつもりなんだろう」
なんか怖いな。
メリーアンの事だから珍妙な事しそうで。
そして三日後。
武芸大会の前日にボク達は王都に着いた。
此処で一旦、白天騎士団とはお別れだ。
ニルヴァーナ夫妻とサラも完成した屋敷に行くので此処でお別れだ。
屋敷には既に父上が手配した使用人達が居る筈だ。
「それでは公爵閣下。お世話になりました」
「この御礼はいずれ何らかの形で」
「気にしないで欲しい。今後も何かあればグラウバーン家を頼ってくれて結構だ」
「はい。それでは」
「失礼いたします」
「アン!」
「キンタロウ、シッ」
という感じにニルヴァーナ夫妻は去って行った。
だけど新居の祝いにパーティーを開くのが貴族の常識。
ボクと父上は招待してくれるそうだから、またすぐに会う事になるだろう。
そしてアヴェリー殿下だが、ボクはてっきり王都に居る間は王城で過ごしてもらうなだろうと思ってたのだけど。
アッサリとグラウバーン家の屋敷に泊めるよう言って来た。
多分、アヴェリー殿下は面倒臭いままだと思われているんだろう。
ダンジョンのクリア報酬の御蔭で大分緩和されたのだが。
「アヴェリー殿下はこの部屋を使ってください。リリさんとララさんは隣の部屋です」
「…ハイ」
「アヴェリー様…それじゃ聞こえませんよ」
「もう少しだけ頑張ってくれれば、ちょっと大人しいだけの人になれるのに」
確かに声は小さいですけど。
最初を思えばかなりの進歩。
だって鎧を着てないんですし。
「あ、あの…」
「はい。何でしょうか」
「明日は…私も応援します…頑張ってください」
「ありがとう御座います。全力を尽くします」
「私達も応援しますね」
「見事優勝された暁にはアヴェリー様は処女を差し上げても良いそうです。オマケに姉さんも付けます」
「またそれですか…」
「姉を簡単に差し出さないでよ…」
と、まぁ。
メイド姉妹は相変わらずだが、一応は会話が成立する。
あの首飾りに頼りきってしまわないかが不安ではあるけど。
そして夜。
明日は大会だし、今夜は早目に寝るとしよう。
「と、思っているんだけど。何故ベッドに居るのかな。メリーアン」
「えーだってぇ。明日は武芸大会じゃないですかー。だから景気付けに一発どうかなと!」
「…やらないから。自分の部屋に戻りなさい。クローゼットとベッド下に居る二人も」
「う。バレてる…」
「くぅ…今夜こそと思ったのにぃ」
渋るメリーアン達を追い出し、ベッドに。
…段々とアピールが過激になって来てるな。いや、もはやアレはアピールじゃないか。
そして翌朝。
今日は武芸大会の開催。
先ずは予選を突破しなければならない。
早朝から闘技場前は既に人で溢れている。
観客も居るが大半は参加者だろう。
「武芸大会だけあって強そうな人ばかりですね。見た目だけは。ジュン様に勝てそうな人は居ませんね」
「ノルン。聞こえたら面倒だから、そういう事言わない」
血の気が多い人がいっばい居そうだし。
そうでなくても絡んで来る人は多いんだから。
デミ・バード…ヴィスはアイシスさんと一緒だし。
ハイドとフェイクを付与したローブは着てるけど、認識はされるし。
「ジュンか。やっぱり来やがったな」
「ハッ!魔帝になったからって調子に乗りやがって」
ほら出た。
やっぱりナッシュが絡んで来た。
隣にはペーターもいる。
「お久しぶりです。ナッシュさん、ペーターさん」
「フン!今日此処に来たって事はお前も出るんだな?武芸大会に」
「魔帝が予選敗退なんてしたら恥だから。精々頑張れよな!」
「尤も?何があるかわからないのが武芸大会だ。俺はお前が予選落ちしても不思議に思わんけどな!じゃあな!」
言いたい事だけ言って去って行ったな。
でも、ナッシュとペーターはまだボクが魔法部門で出ると思ってるらしい。
無理も無いけど。
「ねぇ。貴方が魔帝?」
「はい。貴女は?」
ナッシュ達が立ち去ったのを見計らってか、見知らぬ女性が話しかけて来た。
一見すると冒険者。そして魔導士みたいだが。
「私はリンザ。人呼んで『氷結のリンザ』。A級冒険者よ。覚えていて頂戴」
「リンザさんですか。御存知のようですが、ボクはジュン・グラウバーン。以後お見知り置きを。それで、何か御用ですか?」
「ええ。貴方も武芸大会に出るのでしょう?私は魔帝の貴方に勝つわ。勝って、華々しく優勝し、故郷に凱旋し、幼馴染みと結婚するの。その為の踏み台になってもらうわ」
「…はぁ。頑張ってください」
「…覇気が無いわね。まぁいいわ。それじゃ」
…それだけ?
何故わざわざそんな事宣言しに来るんだろうか。
「ん?」
「ジュン様、どうかされましたか?」
「いや…」
周りの視線に混じって、妙な視線を感じたけど…すぐに消えた。
前にもあったけど…一体誰だ?
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