第106話 「ありがとうございます!」
「以上がこの国の大まかな歴史よ。何か質問はあるかしら?」
「大丈夫です」
「そう。それじゃ今日はこれまでにしましょう」
「はい。ありがとうございました」
祝勝の宴から数日。
サラの事をジュンにも相談したら、ジュンも同意見だった。
すぐにサラに何かしたい事は無いかを聞いたら、
「特にありません」
と、とりつく島もない有様。
ロイエンタール団長は切っ掛けを待つしかないと言ってたけど、それじゃ遅い気がする。
そこで、サラには勉強と魔法と武術の訓練を受けさせつつ、遊びに連れて行ったりセバスチャンさんに頼んで歳の近い子を紹介してもらった。
今はマクスウェル公爵令嬢のセーラの授業が終わった所だ。
誰が何を教えるか、という話になった時、彼女も協力してくれる事になった。
他にも、学院で習うような内容を他の貴族令嬢やセバスチャンさん達も協力してくれる事に。
ジュンは魔法を。
武術は適正を見て決める事になった。
因みに授業はジュンの部屋を借りてる。
私を含め皆で見学中だ。
「では休憩が終わったら次は妾の雑学の授業じゃ」
「はい」
「…いいんだけどさ。ほんとに出来るのか?」
「ふふん。舐めるでないぞ、小娘。伊達に永い時を死霊として過ごしておらぬわ」
「小娘て」
こんなちみっこいのに言われてもなぁ。
まぁカラミティはまだ良いとして、だ。
「とっておきの茶葉を使った御茶だ。どうぞ、お嬢さん」
「お茶菓子もありましてよ」
「ありがとうございます」
「…何故、御二人は此処に居るんですか?」
ロイエンタール団長とリーランド団長は報告もあって翌日には騎士団を率いて王都に帰った。
だけどビッテンフェルト団長とクリムゾン団長はまだ帰る気が無いらしい。
どういうわけか、二人してサラの相手をしてる。
「わたくしは休暇をもらしましたの。随分と貯まっていましたので」
「私もだ。折角貰った休暇だからな。ジュン殿の手助けをして有意義に使おうと思ってね」
「はぁ…どうも。サラはボクのメイドじゃありませんけどね」
「だがジュン殿が気に掛けてるのは事実だろう?」
「それに…わたくしも彼女の境遇は聞きましたもの。ならば協力したくなるのが人情というもの。わたくしも協力させて戴きますわ」
「それはいいけど、貴方達はジュン君には近付かないように。特にクリス」
「何故だ…ラティス」
二人共、なんのかんの理由をつけてはいてもジュンの近くに居たいだけな気がする。
手伝うって言うなら手伝ってもらうけどさ。
「それで…サラは勉強は出来るほう?」
「賢い子だと思いますよ。真面目に習ってるし、物覚えも良いって、他の子も言ってました」
「仕事の覚えも早いと、教育係のメイドも言ってました」
教育の方は順調そのもの。でも…
「サラ。そろそろ何かやりたい事は見つかった?」
「特にありません」
まだ駄目か。相変わらず眼に光が無い。
「そんなに直ぐにやりたい事なんて見つからないものよ。焦る事ないわ」
「そーそー。あたしだって十歳の時は狩以外は大体遊んでただけで。将来騎士になるて考えてもなかったし」
「だよね。何をやりたいか、ゆっくり考えるといいよ」
「はい。大丈夫です。特にありません」
…大丈夫じゃないんだよなぁ。
やっぱり切っ掛けを待つなんて悠長な事言ってないでなんとかするべきだな。
「…なるほどのぉ。よし、雑学の授業を始めるぞ」
「はい。よろしくおねがいします」
「うむ」
カラミティが教える雑学は意外にも面白い。
お祖母ちゃんの知恵袋的なものも多かったが、食べられる野草やキノコの知識は役に立ちそうだし、武具の汚れを落とすのにいいものなんかもあった。
「そろそろ時間じゃな。それじゃ最後の雑学じゃ。サラ、お主は虹を見た事はあるじゃろ?」
「はい」
「では、円になってる虹はどうじゃ?」
「ありません」
円?そんな虹は私も見た事ないけど…
「そうか。円になってる虹は高い高い山の上からか、空を飛んで見るしかない。お主が飛行魔法を覚えたら、見る事が出来るやもしれんぞ?」
「円になってる虹…高い場所から…」
「そうじゃ。そしてその円になってる虹の中を通る事が出来たなら、願いが一つ叶うという。その時、お主は何を願う?」
「願いが一つ……わかりません」
「そうか。ま、その時が来た時に悩まんでいいよう、考えておく事じゃ。それじゃ今日は此処までじゃ」
「…はい。ありがとうございました」
今日の勉強はこれで終わり。
サラはメイドの仕事に戻った。
「いや、意外にもちゃんとした内容だったね」
「だねぇ。最後の虹の話はあたしも知らなかったなぁ。ティータは知ってた?」
「私も知らないわ。ジュンさんはどうですか?」
「虹を高い場所から見たら円になって見えるのは知ってました。でも願いが叶うって話は知りませんでしたね」
「じゃろうな。だってアレは妾の作り話じゃし」
「え?そうなの?」
信じてたのに。次に教えてもらう魔法は飛行魔法にしようって思ってたのに!
「何だってそんな嘘を?」
「そりゃあ勿論、あの娘のためじゃ」
「サラの?」
「あの娘は世界に何も期待しておらんのじゃろう。お主達にもな。自分が良くしてもらってるのは理解していても、家族を奪った側の人間なのじゃし」
「それは…」
確かに、そうだけど。
嫌なとこ突いてくるなぁ。
「別に責めとりゃせん。盗賊だったのじゃろ?それはサラも理解しておるようじゃし。ま、それを差し引いても、あんな幼子を戦場に連れ出すとは、惨い話じゃと思うがな」
「「「「う…」」」」
「ま、そんなわけで。お主等以外の何かに期待出来る物があれば、変わってくるかの?と、思ったのじゃ」
なるほど。
そういえば虹の話には少し興味がありそうだった。
もしかしたら、円になってる虹見たさに飛行魔法を覚えたいっつ言い出すかも。
「少しでも良い方向に変わってくれたらいいんだけど」
「まぁ簡単には行かんじゃろ」
「それにしても意外。アイシスって本気でサラちゃんの事を心配してるんだ」
「意外って何さ」
「あの子を引き取った事もだけどさ。奴隷の子を気に掛けたり大切にしたりする性格じゃなかったでしょ?前は」
「戦争中はそうでもなかったけどね。最近は元に戻りつつあるっていうか」
「むしろ何で戦争中はあんなに優しくなってたの?」
「実は二重人格だったとか?」
「…失敬だなー君達」
ううーむ…レティとダイナも案外鋭いな。
この話題はまずい。話を変えなければ。
「相部屋の私からしたら変わってないわよ。それより、そろそろ見回りの時間よ」
「もうそんな時間かぁ」
流石はティータ。空気の読める子。ナイスフォローだ。
白天騎士団は名目上、グラウバーン家やアヴェリー殿下を使って何か企んだり、他の貴族が余計なちょっかいを出さないようにする為の監視役で此処にいる。
従ってアヴェリー殿下の周りや城内、街中を見回る必要があるわけで。
「ラティスも仕事だろう?早く戻るといい」
「クリスの監視は任せなさいな」
「…ネーナに頼りたくはないのだけど。今回ばかりは仕方ないわ。クリスとジュン君を二人きりにしちゃダメよ」
「勿論ですわ」
「…本当は仲良いだろう、二人は」
最近のバーラント団長とクリムゾン団長はそんな感じだ。
何だろう?何か歩み寄る切っ掛けでもあったのかな。
「アイシス、行くよー」
「あ、うん。また後でね、ジュン。一応、ノルンも。ジュンの事守ってね。ビッテンフェルト団長から」
「はい。いってらっしゃい」
「言われるまでもありませんわ」
「何故名指しなのだ…」
それから数時間後。
仕事を終えてジュンの部屋に行ったら、サラが待っていた。
パパとママも一緒だ。
「おじょうさま、あの…」
「サラ…その子は?」
「ご、ごめんなさい…あ、いえ、もうしわけありません。でも…」
「怒ってるわけじゃないよ。話を聞かせて」
サラは子犬を抱えていた。
なんでも買い出しに街に出た時に拾ったらしい。
「お、おなかを空かせてるみたいで、たすけてあげたくて…だから…」
「いいよ。うちで飼おう」
「え…良いんですか?」
「うん。パパとママも許可したんでしょ?」
「うむ」
「子爵になったんだし、犬の一匹くらい問題無いさ」
後は私が反対しなきゃ飼うのは決まってたわけだ。
ま、折角のサラのお願いだしね。
「ああ…ありがとうございます!」
「王都に帰るまでは此処に置いてもらうわけだけど…ジュン?」
「勿論、問題ありませんよ。父上には話を通しておきます」
「ありがとうございます!」
サラの笑顔…初めて見たな。
何だ…案外アッサリと切っ掛けが来たな。
「でも、この子なんて犬種?王都じゃ見た事ないけど」
「その子はヤマト王国ではよく飼われてるシバ犬ですね。飼い主には忠実で他人には警戒心が強い性格だとか。番犬にはピッタリですね」
へー…ヤマト王国の。通りで見た事が無い。
「それじゃ、その子はサラが面倒見てあげるんだぞ」
「はい!」
「じゃあ名前をつけてあげないとな。サラがつけてあげな」
「私ですか?旦那様か奥様の方が…」
「サラが連れて来たんだからサラがつけな。ノアには任せない方が良い。一ヶ月は決まらないからな。アイシスの名前を考える時は生まれる前から悩んで半年は決まらなかった」
「う…だって初子だし…」
それは知らなかった。
でも、パパならそうだろうな。
優柔不断だし。
「えっと…じゃあ…この国で一番偉い王様のお名前、ロイで」
「「「それはダメ」」」
恐ろしい事を考えるな…自分の子供に付けるならいいだろうけど、犬に陛下と同じ名前を付けたなんて知られたらどうなるか。
陛下は問題にしなくても騒ぐ貴族は絶対出てくる。
「だから別の名前にして。お願い」
「はい…じゃあ…あ、キンタロウはどうですか?」
「キンタロウ?…初めて聞く名前だけど、何処から出たの?」
「ここの書庫にあった絵本にキンタロウってお話があって…」
「ヤマト王国では有名な絵本ですね。シバ犬に付ける名としてはいいかもしれません」
「そっか。じゃあいいんじゃない?」
「はい!この子の名前はキンタロウです!」
「アン!」
喜ぶサラと子犬のキンタロウ。
しかし、私達は知らなかったのだ。
キンタロウとは男の子の名前で、子犬はメスだという事を。
そして…
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