第103話 「それじゃ来世で」

「な、なにアレ…」


「黒い…ドラゴン?」


 森の中から突然現れた黒い光。

その光が治まった後には巨大な黒いドラゴン。


 アレは一体…


「…リーランド団長。会議で冒険者が話してた事、覚えてますか」


「うん…森の中に危険な魔獣が眠っている、だったか」


「アレがそうだって言うの?」


「でもアレって…ゾンビじゃない?」


 アイシスさんの言うように黒いドラゴンの肉体は所々で骨が見えて…いや?


「…再生してる?」


「再生というより、肉が体内を移動してる感じ…あ、アレ!」


「…腕?」


 一瞬見えたのはオークの腕。

それがドラゴンの足りてない肉体を埋めるように形を変えた。


「もしかして…あのドラゴンの身体はオークとゴブリンの死体で出来てる?」


「…そう、みたいだね」


「うげぇ…気持ち悪い…」


 一体何だ、アレは。

死体で肉体を作るドラゴンなんて聞いた事も無い。


「リーン!ラティス!」


「アレは一体なんですの!」


 黒いドラゴンを見て、異常事態を察したのだろう。

クリムゾン団長とビッテンフェルト団長が合流。

やや遅れて、父上とロイエンタール団長も来た。


「アレが話にあった森に眠る危険な魔獣?」


「確かなのか?」


「確証はありません。でも、アレが危険な事に変わりありません」


「ジュン殿の言う通り。アレはどう考えても、人類に友好的な存在ではない」


 知恵のあるドラゴンには人類に友好的な存在も居る。

しかし、あのドラゴンが発する気配は邪悪。

先ず友好的な存在では無い。


「今は肉体を構築してる最中のようです。今の内に対策を立てないと」


「対策って…リーン、アレなんとかなるの?」


「どう見ても天災級…国を滅ぼしかねない魔獣だぞ」


「そうでしょうか?」


「え?…ジュン君?」


 確かにアレは今までで見た中で最高にヤバい気配を感じる。


 ちょっと前のボクなら何も出来なかっただろうけど…今ならなんとでもなりそうだ。


 アイシスさんも…同じように考えてるみたいだ。


「それにアレが本当に天災級の魔獣なら、もっと明確に伝承とか残ってていいと思うんです」


「確かにな。少なくとも我がグラウバーン家にはあんな奴の事を示した伝承や言い伝えなどはない」


「だ、だけどアレが危険な存在には変わりないわよ?」


「その通りだ。今は撤退し、軍を再編し挑むべきだろう」


「いえ、その必要は無いかと」


「…何?」


「…ジュン様?」


「もしかして…」


「アレはボクが倒します」


 アレの正体が何であれ。

死体で肉体を構成している以上はアンデッドか、それに近い存在の筈。


 ならば神聖魔法は有効だろうし、光魔法と火魔法も有効だろう。


「そ、それはそうかもしれませんけど…」


「…自信はあるのか?ジュン」


「はい。アレに恐怖は感じません。放置は出来ない存在だとは感じてますが」


「だがジュン殿一人に任せるわけには行かない。私もやるぞ」


「わ、わたくしもやりますわ!」


「当然、私もやるわ」


「いえ、団長達は騎士団を率いて離れてください。危険です」


「なら尚更ですわ!」


「ジュン君だけ危険な眼に会わせるわけには…」


 うーん…ボクを心配してくれるのは有り難いけど、一緒に来られると…巻き添えで死にかねない。


 ボクも思いっ切り魔法が撃てなくなるし。


「なら…アイシスさん。一緒に来て貰えますか」


「とーぜん!頼まれなくても行くよ!」


「アイシス…そりゃあアイシスは強いけど…」


「魔帝と剣帝…王国の最強戦力の二人で駄目なら撤退するしか無いだろう。任せてもいいのではないか?」


「ヨシュア…貴方まで…」


 ラティスさん達は最後まで反対してたけど、もう時間も無いので最悪転移魔法で逃げるからと強引に約束して納得させた。


「さて、行きましょうか」


「うん!ジュンと私なら怖いモノ無し!」


『ジュン様はノルンが命に変えても護ります!』


『ピ!』


 …いつの間にかノルンがボクの影に入ってる。

まぁいい。問題は無い。


 デミ・バード…ヴィスも来てるし。

しかし、近づいて見ると改めてデカい。

いつまでも見上げてると首が痛くなりそうだ。


「さて…先ずは敵の正体は、っと…」


 鑑定で見れるか…?

えっと…「死霊王ゴーストキングカラミティ」?


 え?ゴーストなのか?


死霊ゴースト?あれが?」


『ドラゴンゾンビならまだ解りますけど…』


 ゴーストは本来肉体を持たない。

それが例え屍肉だとしてもだ。


 それにゴーストは基本、人が死んだ後に強い未練や後悔、恨み等を持っていた場合に死霊になる。


 ドラゴンが死霊なるなんて聞いたゴーストもない。


「…ゴーストキングというのも聞いた事が無いですけど…単純に考えてゴーストの上位種ですかね」


「ゴーストに上位種とかあったの?」


『現に目の前にいるわけですけど…信じ難いですね』


 うーん…兎に角、動き出して暴れる前に浄化してしまおうか。


 …あ。眼が開いた。


『ク!クハハハハ!数千の肉体と魂を得て!永き眠りから我!完全復活!』


 しまった。観察してるうちに肉体の再生が終わったか。

しかし、喋れるのか。

口はあまり動いてないが。


『ん?そこな者達。お主らが妾の封印を解いたのか。褒めてつかわす』


「封印?」


『違うのか?そこなエルフの村に祠があったであろう?妾はその昔、名の知れたゴーストでの。そこら中のゴーストを束ね暴れていたのじゃが、エルフの罠に掛かり封じられてしもうたのじゃ』


「あー…」


 あのエルフの村落跡地に?

それが本当なら…ボクの魔法で破壊しちゃってるな。


「それ多分、ボクが壊した」


『やはりな。なんとなーく、祠の周りからエルフが居なくなったのは感じておったのじゃ。じゃから森の動物か魔獣が封印を解いたのかと思ったのじゃが』


 …何か、こいつ死霊にしちゃ強い自我が残ってるな。

普通に人と話してるような感覚だ。


『じゃがあの封印は祠が壊れただけでは妾は覚醒めぬ。大量の供物が無ければな』


「供物?」


『何でも良いのじゃがな。食べ物でも花でも。血でも死体でも』


 …オークとゴブリンの死体が消えたのはこいつに捧げられた供物扱いだからか。


 捧げた覚えは無いけど。


『そして強い恨み!あの場には強い負の感情!その残滓が残っておった!それらが引き金となり、妾は覚醒めたのじゃ』


「…なるほどぉ。そりゃ恨んだだろうねぇ」


『オークとゴブリンにしてみれば私達は襲撃者で殺戮者ですしね。』


 ……そして、その大半を殺したのはボク。

うん、何も言えない。


「あー…貴女、名前は?」


『妾か?妾の名はカラミティ!死霊王カラミティであるぞよ!』


 死霊王カラミティって、種族名とかじゃなく個体名なのか。


 いや、でも…それならカラミティって名前だけが鑑定で表示されそうなモノだけど?


「…貴女もしかして、死霊王って肩書きとか種族名じゃなく、名前として名乗ってるのか?」


『そうじゃが?』


「……」


『何でしょう?封印されてた邪悪な存在にしては…どことなく残念臭が』


 ノルンに同意。

最初に感じてた通り、邪悪な気配はまだ感じるのだけど。


「えっと…カラミティ…さん?」


『何じゃ?』


「貴女はゴーストであるなら元は人ですよね?なら何故、今はドラゴンの姿を?」


『ああ、これか。これはな、妾の供物にされた者達の願いを形にしたのじゃ』


「つまり…オークとゴブリンの願い?」


「…どういう事です?」


『つまりな。妾は供物にされた者達の魂と肉体は妾が喰ろうた。その魂が言うのだ。お主らが憎い。怨みを晴らしたいとな。その為の器を用意したまでじゃ』


「供物として喰らった魂の願いを叶えたと?」


『そうじゃ。そうせんと消化に時間が掛かるのでの。妾の自我にも影響が出るし』


「あっ。もしかして昔暴れてたのって…」


『良い勘しておるの、女。妾が喰らった魂…ゴーストの願いを叶えたまでじゃ。ゴーストが持つ未練や願いなど、大概が怨み辛みじゃからの』


 …つまりはこのドラゴンから発する邪悪な気配はオークとゴブリンの怨みと憎しみか。


『と、いうわけでじゃ。悪いが死んでくれ。安心せい。死ぬ前にこやつらの怨みが晴れたら止めてやるし、死んでも妾が喰らってやるからな』


「安心出来るか!」


 意外とまともかもとか思ったけど、やっぱり封印されるような悪霊。ろくなもんじゃない。


『さぁ行け!死霊龍オークゴブリン!怨みを晴らすがよい!』


「ネーミングはそのままですね…」


 オークとゴブリンの魂の集合体だからオークゴブリンか。

安直だなぁ。


「どうする?ジュン」


「浄化します。任せてください」


 見た目がドラゴンだろうが元はオークとゴブリンの肉体だろうが。


 アンデッドには変わりない。

故に。神聖魔法で浄化するのみ。


「ターンアンデッド!」


『ほわあぁぁぁぁ!』


『ひょえぇぇぇ!』


 …お?

一発で浄化出来ると思ったんだけど。


 数千体の魂の集合体だけあって、頑丈…いや、しぶといらしい。


『お、お主…何者じゃ!ただのターンアンデッドで数千の魂を浄化しただけでなく、妾まで浄化しかけるとは!危うく昇天するとこじゃったぞ!』


 しちゃえばいいのに。

どんな未練があってゴーストになったのかは知らないけど。


 浄化されて成仏しないと転生も出来ないんだし。


「そんなわけでもう一回!ターンアンデッド!」


『ま、待て!ひょおおぉぉぉ!』


『ほえぇぇぇ!』


 まだ消えないか。しぶといなぁ。

しかし、死霊龍オークゴブリンとやらの動きは停まった。


「まぁ消えるまで浄化するのみだけど。それじゃもう一回」


『待てー!待てというに!もう一回やられたら妾まで浄化されてしまう!』


「好都合じゃないですか。それじゃ来世で」


『待てー!待ってくりゃれ!妾はどうしても成し遂げたい事があるのじゃ!』


「どうせ碌でもないことなんでしょ。いいからやっちゃいなよ、ジュン」


『待てー!妾自身の望みは人に害をなす類のモノではない!そりゃ悪さをして封印されたが、それは取り込んだ魂を消化して力を得る為じゃ!』


 あくまでも自分の願いとして暴れたわけでは無い、と言いたいのか。

ん~…確かにここまで強い自我が残ってて、会話が成立する死霊も珍しい。


 話くらいは聞いてあげるか。


「話だけは聞いてあげます。話を聞いた結果、浄化を止めるかは別問題ですけど」


『お、おお!感謝するぞえ!』


「えー…聞くのぉ?ササッと浄化しちゃえばいいのに」


『酷い女じゃな、お前は!…んん、妾の未練、それはな………未婚のまま死んだ事じゃ!』


「………はい?」


『つまりは妾は良い男を見つけ結婚したいという事じゃ!』


 ………………浄化するしかなくない?


「やっぱり来世で…」


『待てー!お主の言いたい事はわかる!ゴーストがどうやって結婚するのかと言いたいんじゃろう!』


「その通りです。わかってるなら大人しく浄化されてください」


『待てー!生き返る事は不可能じゃが肉の身体を得る方法はあるのじゃ!』


「え?」


『永く封印され力が弱まってはいるが!妾は最強のゴーストである事に変わり無い!この供物の魂を消化出来れば妾は更なる存在へ昇華出来る!消化だけに!』


「…結構余裕あるね、こいつ」


 う~ん…昇華が進化の事だとして。死霊が進化してどんな存在になるんだ?


「…死霊が進化するとか聞いた事が無いんですけど。一体どんな存在になるんです?」


『それはな…守護聖霊じゃ』


「…守護聖霊?」


 なんだろう…聞いた事が無い。


『聖霊の一種じゃ。生前、或いは死後、清い心と高い力を身に着け、資格のある者だけが至れる。地方によっては神の如き存在と敬われる存在じゃ』


「じゃ、アンタは成れそうにないね。ジュン、浄化しちゃえ」


『待てー!何故、決めつける!妾に足りないのは力!LVだけじゃ!』


「いや、どう考えても清い心は持ってないでしょ。私らを殺そうとしたんだし」


『それはこのドラゴンの願いじゃと言うとろーが!妾自身は清く美しい心を持っておるわ!見よ!

!この美しい容姿!どっかどーみても清らかな乙女!聖女の如き美しさじゃろうが!』


「いや…どう見ても邪悪なドラゴンじゃん」


『ですね。アレが清らかな乙女なら、ゴブリンのメスも清らかな乙女になれそうです』


 …ノルンの例えはどうかと思うけど。

少なくとも乙女には見えないのは確かかな。


『こ、これは奴らの魂を吸収せねばならんから!仕方なく妾も憑依しとるだけじゃ!本当の妾はお主らよりもよっぽど美少女なのじゃぞ!』


「よし、殺そう、ジュン」


「ですね。ボクは男ですよ。全く失礼な」


『ごめんなさいー!ちょっと調子乗ってました!許してたもれ!』


「…兎に角。憑依してるだけならそこから出て来たらどうです?貴女を見逃すかどうかは別にするとしても、そのドラゴンは見逃せません。確実に浄化します」


『う…仕方ない。じゃが浄化した後に残る魂の残滓。それを吸収するのは良いか?もしかしたらそれだけでも進化出来るやもしれん。妾のLVは79じゃからな』


 LV79?

死霊にもLVとステータスが存在するのか。

いや、魔獣にも存在するんだから当然か。


「わかりましたから、出て来てください。待たせてる人が居るんですから」


「そろそろ心配して皆が突撃してくるかもね。公爵様を筆頭に」


『わ、わかったのじゃ。頼むから、いきなり浄化せんでくれよ…』


 ドラゴンから出て来たのは確かに女の子。

身体が若干透けているのはゴーストである証拠。


 しかし、服装がアデルフォン王国でもファーブルネス帝国でもエストア公国の物でもない。

アレはヤマト王国。確か、神に仕える巫女という職に就く女性が着る物だ。

見た目の年齢はボクと同じくらいか。


『は、初めまして…カラミティです』


「はぁ。初めまして」


「何照れてんの?」


『いや、さっきまで自分で美少女とか言ってたから…なんか急に恥ずかしゅうて…』


「…なんか、本当に普通の女の子みたいだね…お?」


『ぷぎいあぁぁぁぁぁ!』


 カラミティの支配から脱したためか。

二度の浄化魔法で息も絶え絶えだったドラゴンが再び動き出した。


 でもまぁ…これの正体は死肉でドラゴンを形作ってるだけのアンデッドだ。

もう眠らせてやろう。


「ターンアンデッド!」


『ほええええ!』


 三発目のターンアンデッドでドラゴンが消えて行く。

うん、浄化成功だ。

数千のオークとゴブリンの魂の集合体だけあって中々しぶと…ん?


「………」


『あっさり浄化しよった…凄まじい魔法の腕よのう。おっと、吸収せねば』


「ジュン?どったの?これで全て解決だし。喜ぼうよ」


『ジュン様?どうかされたのですか?』


 数千の魂を浄化した為か…新しい称号を得てしまった。


【清める聖人:多くの魂を浄化、救済した者に贈られる称号。神聖魔法と回復魔法の効果上昇。魅力上昇】


 うう~ん…またしても秘密にしなきゃいけない称号が増えてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る