第67話 「対価に何を出せる?」

 日記の内容は驚愕に値する内容だった。

まさかハゲを治す為に捕まえた魔獣が荒地化の原因だったとは。


 腹いせに髪を燃やされた白骨死体は、何となくだが、悲し気だ。

表情が変わるわけはないんだけど、ちっとも可哀想に思えない。


「ふぅ…ちょっとスッキリした」


「全く。まさか荒地化の原因の大元がハゲを治す為だなんて。とても公表出来そうにありませんわね」


「ええ…皇帝陛下にはお伝えしますが、民には…ハゲの部分は伏せて大昔の研究者と魔獣の仕業とだけ伝えるしかありませんな」


 でしょうね。

そりゃ自分達の国を脅かしている原因がエルフの男のハゲが原因だなんて言ったら…エルフが迫害されるかもしれないし。


「それで、エメラルダ様。これからどうされますか?」


「私達の仕事は此処までだ。一度王都に戻る」


「え?毛蛇魔蛇は退治しないんですか?」


「我々の仕事は荒地化の原因の究明だ。帝国から頼まれた事も、陛下からの御命令もそうだ。魔獣を倒すとこまでは仕事の範囲外だな」


「そんな…」


 帝国の魔導士の一人が落胆の声を漏らす。

戦争に大敗し、疲弊しきっている帝国に大掛かりな魔獣討伐をするような余裕は無い。

毛蛇魔蛇が強いのか弱いのか知らないけど、可能なら王国側に何とかして欲しいというのが本音なのだろう。


「…エメラルダ殿。確かに貴女の仰る通り、原因の究明までが貴方方の仕事だろう。ですが、どうかお頼みしたい。魔獣の討伐に手を貸して頂きたい」


「……対価に何を出せる?」


「は?対価?」


「当然だろう?この遺跡の探査は王国の慈悲で行っている。そこに対価を要求したりしない。だが、これ以上を望むというのなら、何かしらの対価が無ければ、我々は動けない。対外的にも示しがつかんからな」


「そ、それは…しかし…」


「何も出せん、と言うのなら話は終わりだ。我々は帰らせてもらう」


「う……」


 うーん…エメラルダ様の言は正しい。

自国に攻め込んで来た帝国に、これ以上の慈悲を与えるというのは国民からの反発もありそうだし、貴族達も問題にするだろう。

尤も、助けても賛辞を贈る人も居れば、助けなくても問題にする人も居るだろうけど。


 対価を要求、というのはエメラルダ様が出せるギリギリの譲歩…ん?


「ま、魔帝殿。貴殿はどうお考えかな?」


「は?ボクですか?」


「魔帝殿は慈悲深いと聞く。我が国の民を救っては頂けないだろうか。剣帝殿も、御願いする」


「私も?」


「城塞都市ストークでの話は私も聞いている。スラムの民に無料で治癒魔法を使い、癒していたそうではないか。もう一度、貴殿の優しさを帝国の民に向けて欲しい」


 この場で年若いボクと、アイシスさんの優しさにつけ込もうってとこか?

若僧でも魔帝と剣帝なら、それなりの発言権があるから、と。


 正直、難しい事を考えず、救ってしまえば良いと思わなくも無いけど…


「我々の長はエメラルダ様です。エメラルダ様の決定に従うべきだと考えます」


「うっ…しかし…」


「えー?やっちゃえばい、むぐっ」


「アイシスは黙ってなさい」


 ナイスです、ティータさん。

アイシスさんは話がまとまるまで黙っててください。


「しかし、です。此処に居る人の大半が興味を示す物なら、御教え出来ますよ」


「…それは何ですかな?」


「帝国が保有する魔導書、秘術書、禁書の閲覧許可をください。出来れば貸出という形が望ましいですね」


「!…それは…」


「なるほど、それは素晴らしい。その対価が正当に支払われるならば、私は協力は惜しまんよ」


「わたくし達、紅天騎士団もですわ。他国が保有する魔導書を閲覧する機会など、そうはありませんものね。知識の探求を是とする魔導士という人種には、これ以上ない報酬と言えますわ」


「私達、白天騎士団はジュン君とエメラルダ様がそれで良いと言うのなら、それで」


「ノルンはジュン様に従うのみです」


 これで王国側の意思は統一された。さて、返答は?


「…承知した。貸出までは約束出来ませんが、閲覧の許可までは私の裁量で出せます。ただ、禁書の閲覧は皇帝陛下の許可が必要です。こちらは許可が出たとしても、貸出は不可です。これで如何でしょう、エメラルダ殿」


「いいだろう。口約束ではあるが、不履行は許さんぞ?ストラウド殿よ」


「帝国筆頭宮廷魔導士の名にかけて」


 と、話はまとまったので地上一階の拠点とした部屋に戻る。

そこで、魔獣討伐の話合いをする事に。


「さて…ファーブルネス帝国の大地を荒らす魔獣、毛蛇魔蛇の討伐をする。その為の作戦を決めるわけだが…何か意見があるものは?」


「はい」


「君は…ティータだったか。何だ?」


「討伐という話ですが、毛蛇魔蛇は一日に必要な水分は少ないと書いていました。そして水分が摂れない日々が続けば必要な水分が爆発的に増大すると。その蛇がどれくらいの間、この遺跡に放置されていたのか知りませんが、もう十分な量の水分を摂ったのではないでしょうか?」


「つまり討伐する必要は無く、もう放っておいても害は無いのではないか、と言いたいのだな?」


「はい。これだけ広大な範囲の大地から水分を吸収したのです。それがどれだけの量になるのかわかりませんが、相当な量の筈。少なくとも湖を一つ、飲み干しているのですから。」


 確かに、わからなくはない意見だ。

でも、それは楽観視と言わざるを得ないだろう。


「残念ですが、それはありません。今でも荒地化は進んでいるのは確認済みです」


「それはこちらでも確認している。もう少しで止まるのかもしれないが、楽観は出来ないだろう。討伐の方針に変更はない」


「…わかりました」


 討伐の方針に変更はない、ね。


「では、エメラルダ様」


「何だ?ラティス」


「エメラルダ様は毛蛇魔蛇を知っているとの事。ならばもう少し詳しい情報を頂けますか」


「うん…だが、私も先に言った以上の情報は無い。何せ大昔に滅んだ魔獣で、私も文献で読んだだけだからな」


「そうですか…」


「では、はい」


「ジュンか。何だ?」


「大昔に滅んだ、という事ですが、何が原因で滅んだのですか?」


「うん。別の蛇…毛蛇魔蛇より大型のグレートキングボアとの生存競争に敗れた、というのが通説だな」


 グレートキングボア…確か、蛇型の魔獣の中で最大の蛇で、頭にトサカがあるのが特徴だったか。確か、それほど強い魔獣では無かった筈。


「ならば、それほど強い魔獣ではない、という事ですよね」


「まぁな。だが、毛蛇魔蛇は隠れるのが上手いんだ。大型の蛇ではあっても、あの檻に収まる程度の蛇を、この広大な範囲で探すとなると…一筋縄ではいかんだろうな」


「あ、いえ。見つけるのは何とかなるんじゃないかなと」


「ほう?何か策があるのか?ジュンよ」


「はい。力業ですけどね」


 必ず上手く行くと断言は出来ないけれど。

多分、何とかなる。最悪、探査魔法を全力で使い続ければいずれは見つかる…と、思う。


 だが、一つ疑問がある。

あの檻に入る程度の大きさの蛇が、こんな短期間でこれほど広大な範囲の水分を吸収出来るものだろうか?

そこに何か引っ掛かりを覚える。


「では、ジュン。どんな策なのか説明しろ」


「はい」


 説明の結果。

ボクの考えた策を行う事になった。


 毛蛇魔蛇の討伐開始だ。

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