第66話 「…もじゃまじゃ?」

「では、読むぞ」


 遺跡の最奥部にあった部屋。

そこにあった研究所の主の物と思われる日記をエメラルダ様が朗読する事に。


 …エメラルダ様って、前から何となく苦手なんだよな。

何考えてるかわからないとこがあって。


「〇月☓日。晴れ。今日の夕食は煮込みハンバーグ。いい具合に柔らかった。食べ応えも充分な一品だった」


「〇月◇日。曇り。今日の夕食は豆腐ハンバーグ。いい具合に柔らかった。刻まれた野菜の種類も豊富で健康にも良さそうだ」


 食レポかな?


「〇月△日。曇り。今日の夕食は―――」


「飛ばしませんか?」


 思わずツッコんでしまった。

いや、だって…どー考えても核心に触れてないでしょ。


「…そうだな。日記と言っても毎日付けてるわけでもないようだし。少し飛ばすぞ」


 食レポは飛ばして、この研究所の主の情報をエメラルダ様は探す。

結果、この研究所の主は男性。そして種族はエルフだと言う事だ。


「ああ、通りで。綺麗で長い髪の毛が残ってますしね」


「エルフの髪は美しく、丈夫だからね。私もエルフの血を引いてるから、髪には自信あるのよ。ほら、ジュン君、触ってみて」


「後にしなさいな、ラティス。続けてください、エメラルダ様」


「うん。…△月〇日。快晴。遂に私も妻を迎える事が出来た。空も祝福してくれている。これからは二人で幸せになろう」


「「「「ケッ!」」」」


 …こういう時はバーラント団長とクリムゾン団長は仲良いのね。

この場に居る女性の大多数が同じ反応だったけども。


 私はもう、そっち側じゃないんだけど。グヘヘ……あれ?

でも一階部分の生活スペース、大体一人分の家具しか無かったけどな。


「◇月▽日。大雨。妻が別れようと言った。私も、空も泣いている」


「「「「早かったなぁー」」」」


 幸せの頂点から地に堕ちるまでが早すぎる。

何があったのか聞きたい所だけど…多分、重要じゃないよね


「…どうして別れる事になったのか、理由は書いてますか?エメラルダ様」


「あっれぇ?ジュン、気になるの?この遺跡の事とか、関係ないよね?それ」


「いや、気になるでしょう。アンデット化してないですし」


「アンデット?確かに死体は残ってるけど…それが何?」


「わたくしが説明しますわ。アンデット化には魔法や、儀式等で自らアンデットになる方法と、強い未練や恨みで死後、自然とアンデット化してしまう、二種類のパターンがあるのですわ」


「だが、この日記の主はアンデット化していない。妻と別れるという悲しみがあったのに。という事ですな」


「はい。実はそれほど悲しくなかったという事も考えられますが、こんな所で一人寂しく死んだんです。普通はアンデットになっててもおかしくないでしょう」


「どーして一人寂しく死んだって解るの?」


「そりゃ誰かいたなら埋葬してるでしょ…」


「あ」


 そりゃそっか。

こんな地下の薄暗い所で一人…うん、確かにアンデット化する方が自然かも。


「続けるぞ。……『妻は言った。『エルフがハゲるなんてありえない』と。私も、まさかハゲるとは夢にも思わなかった。ハゲのエルフなど、とても見られた者ではない。恥ずかしい。とりあえず、私はカツラを用意したが、それも妻には耐え難かったようだ』」


 …ハゲ?エルフがハゲ?

ハゲのエルフとか見た事ないけど…それで離婚まで行くもの?


「エルフにとって髪は重要でな。男でも女でも、エルフは髪をとても大事にする。滅多に切らないしな」


「ああ…それでエルフは長髪の人が多いんですね」


「うん。だからハゲのエルフはとても嫌われる。髪を大事にしてなかった証と見られるからな。それでも、ハゲるエルフなんて滅多に居ないのだがな」


「いや、待ってください。この死体、ハゲてませんよ?」


 ジュンの言う通り、白骨死体には髪の毛が残っている。

ふっさふさだ。カツラ…でもないし。


「…続きを読むしかないのでは?まだ核心に触れてませんしな」


「うむ。……『やはり私は諦めきれない。あのフサフサの髪を取り戻すのだ』」


「…取り戻すのは妻じゃないんだ」


「レティ、静かに」


「『そこで私は髪の毛に良い食材を多く摂る事から始めた。幸いにして、私は野菜や果物の品種改良が仕事だ。食材には詳しい。なんとかなる筈だ』」


 ああ…日記の序盤が食レポだったのは仕事絡みだったのか。

古代文明にそんな仕事があったのは驚きだけど。


「『◇月□日。晴れ。食事療法を続けて早数年。私の髪が戻る気配は無い。明日からは育毛剤を試すとしよう』」


「育毛剤…古代文明の遺跡から出て来る言葉にしてはロマンの欠片も無い…」


「むしろ日常を思わせる言葉だよね。いや、此処までの内容は全部そうだけど」


 うん。そこは完全に同意だよ、ダイナ、レティ。


「『◇月☓日。雨。物は試しと、取り合えずあるだけの育毛剤を大量に購入した。魔法で変身して購入したので、私がハゲてる事はまだ周りにはバレていない筈だ。だが、これを使用した後の空き瓶はどうやって処分しよう』」


 ん?それって、もしかして…


「『☓月〇日。曇り。処理に困った空き瓶を置き場所として、地下室を増設した。誰もいない場所にこっそり捨てる事も考えたが、不法投棄は犯罪だ。自然を愛するエルフとしても出来る事ではない。周りにバレるのを避けるには、こうするしかなかった』」


「ああ…地下一階や二階にあった空き瓶の山って…」


「まさか、アレ全部?どんだけ使ったのよ」


 そしてそれを隠す為に地下室を増設…そんなに隠したいか。


「『☆月☽日。快晴。ありとあらゆる育毛剤を試したが、私には効果が無いらしい。むしろハゲが進行している。一体どうすればいいのか。誰か私に教えて欲しい。今なら対価に魂すら差し出してしまいそうだ』」


「……もしかして、ハゲが全ての問題の中心なのでは?」


「…どうも、そんな気がしてきましたな」


「…ノルンもそんな気がします」


 ティータの呟きに、ストラウドとノルンが反応する。

他の皆も、そんな気がし始めてるようだ。


「『☽月☓日。嵐。髪を取り戻す戦いを始めてもう数十年。光明の見えない戦いに疲れ果てていた私は遂に一線を越えてしまった。これまでとは全く別のアプローチ、魔獣を研究し、髪の毛を取り戻す。今まで、魔獣をこんな視点で研究した者は居ないだろう。私の新たな戦いは零から始まったのだ』」


「…一気に、闇が深くなったけど…何でしょう、今一つ、こう…危険な感じがしないというか…」


「ですわね。わたくしも同感ですわ…魔獣の研究は現代でも行われていますが、危険な為、国の研究機関にのみ許されています。個人での研究は禁じられているので、一線を越えたと言えなくもないとは思いますが…古代文明時代の魔獣の研究がどういう扱いだったのかは存知ませんが」


「ですが、地下三階と四階の檻はやはり魔獣用だったのですね。そして、少なくとも一匹は逃げ出している、と」


 どうもそうらしい。

問題は、どんな魔獣が逃げ出したのか、だけど…


「『⊿月〇日。晴れ。魔獣の研究を始めて十年が過ぎた。未だ私の髪は戻っていない』」


「『□月☓日。雨。魔獣の研究を始めて百年あまり。遂に私の頭には一本の髪の毛もない。だが私は諦めない。必ずあの頃の栄光を取り戻すのだ』」


「…髪の毛にどんな栄光があったんだろう」


「アイシス、私も気になるけど、そこは重要じゃない」


 いや、だって気になるし…あ、はい、黙ってます。


「『△月▽日。快晴。ある魔獣の噂を聞いた。その魔獣を捕えて研究すれば、私の悲願を達成出来るかもしれない。私はその魔獣を捕える旅に出る事にした。次に日記を書く時は、その魔獣を捕えた時だ』」


「『☓月〇日。晴れ。旅に出て、どれだけの年月が過ぎたのか、もうわからない。地下室に捕らえていた魔獣は全て死んでいたが、問題無い。私は遂に、伝説の魔獣、毛蛇魔蛇を捕える事に成功したのだ。早速、研究を再開しよう』」


「…もじゃまじゃ?どんな魔獣?誰か知ってる?」


「ボクは知りません…ストラウド殿?」


「私の知識にもありませんな」


「私は知っている。鱗の代わりに毛で覆われた大蛇で、数千年を生きる蛇だ。その毛はいくら刈り取っても翌日には元に戻るという。大昔に絶滅したとされる魔獣だな」


 なるほど…そんな能力のある蛇だから研究しよう、と。

でも、その蛇の毛は体毛であって髪の毛じゃないと思うんだけど。


「続けるぞ。『毛蛇魔蛇の研究に地下に籠り続け…もう今が何年何月何日なのかわからない。だが毛蛇魔蛇の事は多くの事がわかって来た。先ず、あの蛇は水さえあれば食事は不要。水分さえあればどんなに毛を毟りとっても翌日には全て再生する。身体を斬っても水分さえあれば再生可能。恐るべき再生能力だ。その再生力の源を知れば、私の死滅した毛根も復活するかもしれない』」


「……暴走してるなー」


 いや、魔獣の研究がどうこう言いだした時点でもう末期だったんだろうけど。

魔獣の再生能力の秘密を知れば髪の毛が蘇るという発想がもう、ね。


「…そうとも言えないんじゃないですか?だって、ほら」


「確かに。実際に髪の毛を取り戻していますものね」


「あ」


 そうか、日記はもう数ページしか残って無いみたいだ。

つまり、このエルフが髪の毛を取り戻したのは毛蛇魔蛇の研究が実ったから?


「『毛蛇魔蛇の新たな生態が判った。この蛇は水分を摂れない日が続くと、凶暴化。欲する水分の量が爆発的に増大する。毎日水分を摂れば一日コップ一杯程度の水で十分だが、三日摂らないと水瓶十個分に相当する水を飲み干す。一か月以上飲まず食わずでも死なないようだが、数年、数十年、数百年と水を摂らずにいたらどうなるのだろう?試してみたい気もするが、それは危険過ぎるだろう』」


「…これは…もしかしなくても?」


「ええ…その予感は当たっているかと」


 私もそう思う。

つまりは帝国南部の荒地化の原因。

それは毛蛇魔蛇。

そしてこのエルフだ。


「『遂に私は髪の毛を取り戻した。毛蛇魔蛇の体毛を毛根ごと引き抜き、その毛根から抽出した僅かなエキスを集め頭に塗る。その翌日、私の死滅した毛根は復活。あの輝かしい栄光の日々のように、私の髪はフサフサだ。だが、それはあまりに長すぎる道のりだった。私の寿命はもうすぐ尽きる』」


「『もう間もなく、私は死ぬだろう。だが、私は満足だ。私は、私の生涯に何の未練も無い。実に穏やかな気分だ。このまま此処で、安らかに眠りにつこう』」


「…あれ?終わりですか?」


「毛蛇魔蛇はどうなったんです?まさかほったらかしですか?」


「日記は此処で終わり…ああ、いや。下に少しだけ書いてある。ええと…『もし、この場所を訪れ私の日記を読んだ者がいたなら、頼みがある。毛蛇魔蛇を頼む。出来れば河か湖のある自然豊かな地で解放してやって欲しい。もし凶暴化していたら…すまないが、止めを。私はもう、どちらも出来そうにない。私の可愛いモジャを頼む』」


 つまり…丸投げ?

来るかどうかもわからない未来の人に、自分の不始末を全て丸投げしたのか、こいつ。


「…わかった事を纏めようか。この研究所の主、名も知らぬエルフの男はハゲを治す為に、魔獣の研究を行っていた」


「結果、髪の毛は戻った。だけど男はすぐに寿命を迎えて…捕えていた魔獣、毛蛇魔蛇は放置された」


「長い年月の間に研究所は地に埋もれ…その間、ずっとその蛇は生きていた。何かの拍子に檻が壊れて自由になった蛇は脱出。長く水分を摂っていなかった蛇は大量の水分を求め…」


「湖や植物、地中の水分に至るまで吸いつくし…この辺りは荒地になり、砂漠になった、と」


 要するに、だ。

全ての元凶はこのエルフ。


「取り合えず…こいつの髪の毛、燃やしてやろう」


「「「「「うん」」」」」


 私の言葉に、反対する人は誰も居なかった。

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