第68話 「討伐完了ですわね」

「それでは荒地化の原因である魔獣、毛蛇魔蛇の討伐作戦を開始する」


 遺跡の最奥に有った日記から判明した、帝国の国土を荒地・砂漠に変えている魔獣。

毛蛇魔蛇の討伐が決まった。

そこでボクらは、現在荒地化が進んでいる地域へ移動。

この辺りに毛蛇魔蛇もじゃまじゃはいる筈だ。


 ところでこの名前…誰が付けたんだろう?


「で…先ずは何をするんだ?ジュン」


「はい。先ずはここに大穴を作ります」


「大穴?どれくらいのだ?」


「そうですね…出来るだけ巨大がいいですね」


「そんなの造ってどうするの?」


「まぁ見ててください。魔法で直ぐですから」


 さて…周りは見渡す限り無人地帯。

動物の棲み処になるような自然ももう無い。

なら遠慮は要らないだろう。

最大威力で最高の魔法を放てる。


神の怒りアースクエイク!」


 土属性魔法中最高の威力と範囲を持つ神の怒りアースクエイク

大地は隆起し、爆ぜる。形は綺麗な円形状のクレーターになるように調整したけど…どうだ?


「うん。いい感じの大穴が出来ましたね。…どうかしました?」


「「「………」」」


 皆、唖然としてる…やり過ぎただろうか?


「ふうむ…正に驚天動地。驚きの威力だな。ストラウド殿は真似出来るか?」


「…御冗談を。威力と範囲もですが、このような綺麗な形になるよう放つなんて精密な魔力操作…とても真似出来ませんな。例え私が『地帝』に至ったとしても出来るとは思えません」


 地帝…アビリティ『土魔法』がLV10に至った者に贈られる称号。

地帝なら出来ると思うんだけどな。


「…まぁ、今はそれは良い。それで次はどうするんだ?何となく察しが付いて来たが」


「はい。次はこうします。…神の嘆きゴッドクライ


 次は荒れ狂う水の暴流でクレーターを満たす。

土と混ざって茶色に濁った巨大な水溜まりの完成だ。


「どうです?これだけ巨大な水溜まりがあれば、毛蛇魔蛇は喜んでやって来るんじゃないですかね…あれ?」


「「「………」」」


 まただ。今回もやり過ぎだったかな?

今度は溢れてしまわないように、多少手加減したんだけども。


「…今のは真似出来ますかな?エメラルダ殿」


「ああ。今のは出来る。出来るが…そんなケロッとした調子では出来んな」


 水帝の称号を持つエメラルダ様なら出来るだろうな、うん。


「まだ成人前でこんな…恐るべき才能ですわね。それで、あとは待つだけですの?」


「そうですね。あとは待つだけでいいでしょう」


「でもさ、ジュン。既に水位が大分減ってない?」


「この辺りは渇き切った荒地になってますから。このままではあっと言う間に周りの土に浸み込んでしまいますね」


「あ」


 ホントだ。クレーターの八割くらいの水量があったのに、もう五割くらいにまで減ってる。


「それじゃあ…アイシクルバースト!」


 氷属性と風属性の複合魔法アイシクルバースト。

凍える暴風でクレーター内の水を氷結。これでこれ以上は減らないだろう。

さらにその上に魔法で水を足せば…よし。


「これで水は流れて行くまで相当な時間が掛かるでしょう。それまでに毛蛇魔蛇が来れば問題無し、ですね」


「上手く来るかなぁ?」


「来るだろうな。恐らく毛蛇魔蛇は何らかの方法で水分を感知する事が出来る。だからこそ、最初に近くにあった湖を飲み干したんだ」


「…あれ?では、その後は何故北上しているのでしょう?あの場所から西に行けば更に大きな湖がありますよね?」


「いい質問だ、ラティス。毛蛇魔蛇はな、塩分は苦手なんだ」


「塩分…ああ、あそこは塩湖でしたか。なら海にも行かないという事ですね」


「そうなるな」


 なるほど。だから西にも行かず、南にも行かず北上。

つまりはアデルフォン王国の湖に続く川を目指しているのか。


「しかし…これだけデッカいと、蛇が来てもわからなさそう」


「だよね…そこら辺は考えてるの?ジュン君」


「一応、探査魔法でカバー出来る範囲なので、問題無いかと」


「…出来るんだ」


 今の所は何も反応は………いや、来たか?


「直ぐ手前に反応があります。来たかもしれません」


「早いな。皆、体勢を整えろ。それほど強い魔獣では無いが凶暴化しているという話だからな。油断するなよ」


「問題ありませんわ。グレートボア如きに敗れるような魔獣。見つけてしまいさえすれば、何も怖くは………何か揺れてませんこと?」


「これは…いけません!皆さん離れてください!」


 ノルンが警告を飛ばす。

ノルンが持つ『危険察知』のアビリティが働いたのか?


「何か出て来たよ!」


 クレーター内の氷を割り、水面から何かが頭を出す。

蛇のような姿をしたニョロニョロしたモノが。

長い体毛があるけど…これがそうなのか?


「いや、デカくない!?」


「どう考えてもあの地下室にあった檻に入る大きさじゃないよ!」


「エメラルダ様!アレがそうなんですか!」


「知るか!私だって初めて見るんだ!だが文献にあった特徴は一致している!大きさ以外はな!」


 ボクのアビリティ『鑑定LV2』では種族名しか見れないけれど、目の前のこれは毛蛇魔蛇で間違い無いみたいだ。


 ただ大きさが想定外。

似たような大きさの生物が挙げられない程にデカい。

無理やり例えるなら川か?いや山?


「恐らく短期間に一気に水分を吸収した為に巨大化したんだろうな。なるほど、この大きさならば一匹でこの広大な土地を砂漠化したり荒地化したり出来るだろうな。納得した」


「そんな事よりも!どうするんですの、エメラルダ様!」


「無論、討伐する。何、デカくなっただけで強さ自体はそう変わってないだろう。問題無く…ん?」


「何か、あいつ…エメラルダ様を見てません?」


 エメラルダ様をジッと見ていた毛蛇魔蛇は突然咆哮を上げ、エメラルダ様に向かって突進する。


「おお?何だ何だ?何故、私に向かって来る?」


「…もしかして、エルフだからじゃないですか?」


「ああ…自分を捕まえて散々身体をいじくり回した男もエルフだから」


「そりゃエルフが嫌いになっても無理はないかもね!ていうか、逃げようよ!」


 向かって来るのはエルフが嫌いだから、だけではなく凶暴化しているのも理由の一つなんだろうけど、こちらとしては好都合。少なくとも逃げられるよりは面倒が無い。


「ジュン様!あいつ、何かして来ます!」


「何だ?…毛が伸びた!?」


 アレだけデカいと体毛も相当太いのは解る。

だけど、まさか体毛が襲って来るなんて!


「アイシスさん!」


「わかってるよ!ジュン!」


 ボクとアイシスさんで体毛を斬り飛ばして行く。

体毛の一本一本が大人の男の頭くらいの太さがあるし、中々堅い毛だが問題無い。

簡単に斬り飛ばせる。


「でも数が多い!キリが無いよ!」


「ですね!」


 ラティスさんとティータさん達はエメラルダ様のガードで手一杯。

ストラウド殿達も結界を張って自分の身を護るので精一杯。

となれば…


「クリムゾン団長!」


「わかってますわ!ようやくわたくしの出番ですわね!わたくしの力をようく御覧なさいな、ラティス!」


「いいから早くやりなさい!」


 此処は本体を攻撃して体毛を燃やしてしまうのがいいだろう。

そこで火魔法が得意なクリムゾン団長の出番だ。


「始まりの火よ 大いなる火よ その力を示し 我が敵を討ち滅ぼせ! クリムゾンフレア!」


 火属性魔法の高等魔法「クリムゾンフレア」

クリムゾン団長の家名と同じ名を冠するその魔法。

灼熱の火球を飛ばし、火球を受けた者を業火で包む。

それは対象の大きさに関わらず、全身を包む。


 流石は紅天騎士団の団長。十分な威力だ。


「でも、何故フルで詠唱を?クリムゾン団長なら火魔法は詠唱省略出来ますよね?」


「ここぞ、という時は詠唱は省略せずに放つのがわたくしのポリシーですわ。その方が威力が高くなりますし」


「妙なポリシーを持ってるな、お前は。それより…どうだ?」


「体毛は全て燃え…あっ」


「逃げた!?」


 クレーター内に残ってる水に潜ってしまった。

火を消す為に潜ったのだとしたら、そこそこの知能はあるようだ。

だけど、それよりもそのまま逃げられたら厄介…おおう!?


「地中を潜って移動してますわ!」


「そしてそのまま地中から奇襲か!」


 そのまま逃げるかと思ったが、エルフ憎しの気持ちが恐怖よりも勝ったらしい。

地中から頭を出して噛み付き、外れたらまた地中に戻って奇襲。

これを繰り返すようになった。


「水を吸収する事で火傷も回復したみたいですね。体毛も戻ってます」


「だねぇ。思ったよりも強敵だね、こりゃ」


「ジュン様…分析は大切ですが、早く倒さないとエメラルダ様が…」

 

 ふむ…水を好む魔獣であるなら火が弱点というのが相場。

実際、火には弱いみたいだけど、水中に逃げられれば消されてしまう。

繰り返せばいずれは弱っていくのかもしれないけど、それじゃ時間が掛かりすぎるし、逃げ出すかもしれない。


「なら…クリムゾン団長!もう一度奴を燃やしてください!」


「構いませんけど、また水中に逃げられれば消されるだけでしてよ?」


「大丈夫です!考えはあります!」


「でしたら、お任せを!」


 また地中から頭を出した瞬間。クリムゾン団長が火を点ける。

そして想定通り、毛蛇魔蛇はクレーター内の水へ逃げ込んだ。

その瞬間を狙う!


神の牢獄コキュートス!」


 氷属性最強の魔法『神の牢獄コキュートス』。

一瞬でクレーター内は全て凍り付く。

水の中に居た毛蛇魔蛇ごと。


「なるほどね。これならもう身動きとれないね…うっ寒っ」


「いえ…身動きがどうこうというより、もう絶命しているのでは?」


「どうかな…二千年はあの地下で、飲まず食わずで生き延びた蛇だ。その生命力は半端ない。きっちり止めはさした方がいい」


「ならばそれは私にやらせてくれ。散々襲われて、少し腹が立ってるんだ」


 ずっと防戦一方だったエメラルダ様はフラストレーションがたまってるらしい。

かなり不機嫌そうだった。

反対する理由も無いので、任せる事にした。


「では『雷帝』たる私の魔法を見せてやろう……『神の鉄槌トールハンマー!』


 雷属性最強魔法『神の鉄槌トールハンマー』。

天から落ちて来た、雷で出来た巨大なハンマーが毛蛇魔蛇を打つ。

その衝撃と威力に、凍結していた毛蛇魔蛇は氷ごと砕け散る。


「フン…此処までやれば再生は不能だろう。いくら水があろうとな」


「討伐完了ですわね」


「皆、無事で良かったですね」


「「「「…………」」」」


「ん?どうした、ストラウド殿。帝国は救われたのだ。もっと喜んではどうだ?」


「あ、ああ…そ、そうですな」


 ストラウド殿を始め、帝国の人達は何か放心してる。

エメラルダ様が言うように、喜べばいいのに。何か気になる事でもあったんだろうか?


「…帝国が王国に勝つ事など、不可能だったのだな…滅ぼされなかっただけ、僥倖か」


「ストラウド様…」


 ストラウド殿の呟きは、ボクの耳には入らなかった。

ただ、その表情は何かを悟り、何かを諦め、何かを後悔する人の顔に見えた。

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