第51話 「悪いが秘密だな」
「サンフォード辺境伯家にはファーブルネス帝国から接収した利権の一つ、銅鉱山の権利を――」
アイシスさんに懸けられたあらぬ疑い(間違いじゃないけど)は何とか解いた。
真実を話せないからあれやこれやと、しどろもどろになりつつではあるし、完全に疑惑を払えたとは思えないけど、アイシスさんが捕縛されたり黄天騎士団により調査が入るのは何とか避けられた。
そしてそれから五日後。ファーブルネス帝国との戦後交渉や条約の取り決めなどは残っているものの、殆どのアデルフォン王国の軍は引き上げられた。
そして今は謁見の間にて戦功による褒賞を発表している最中だ。
この後は戦勝記念の式典と宴が開かれる事になっている。
「次に多大な武勲を上げたガイン・グラウバーンと『魔帝』に至ったジュン・グラウバーンに対する褒賞に移る。ガイン・グラウバーン辺境伯とジュン・グラウバーンは前へ」
「(行くぞ、ジュン)」
っと、ボクの出番のようだ。
進行役は陛下の側近が務め、褒賞の発表とお褒めの言葉は陛下が直接授ける事になってる。
父上との再会は三日前で、父上は何一つ変わって無くて安心した。
再会の挨拶の前に力一杯抱きしめるのは勘弁して欲しいのだけど…背骨が折れるかと思った。
「二人の功績により、グラウバーン辺境伯家は公爵家へと陞爵する。ガイン、そしてジュンよ。よくやったな」
「陛下にお褒め頂けた事で全てが報われる想いです。これからは公爵としてより一層の忠誠を持って王家と王国の為に尽くしたい所存でございます」
「父と同じく、より一層、王家と王国の為に尽くします」
「うむ。期待しておるぞ。だがジュン・グラウバーンにはもう一つ褒美がある。ジュン・グラウバーンよ」
「はっ」
「史上最年少で『帝』に至ったのに褒賞が家の陞爵だけというのも味気なかろう。それに、其方の貢献により白天騎士団は死者を出さずに終戦を迎える事が出来た。よって其方に男爵位を授ける事とする」
「え?」
男爵位?え、いや…ボクは次期グラウバーン辺境伯家の…いや、グラウバーン公爵家の当主だけど?二つの爵位を持つとか出来る…の?
周りの人達もざわついている。やはり前例の無い事なんだろうか?
「困惑しておるようだがな。何も其方をグラウバーン公爵家から廃嫡すると王家が命じておるわけではないぞ?其方が公爵家を継いだ後、子の一人に男爵家を継がせればよいだけの事だ」
あ、そういう…なるほど、ボクに子供が二人以上出来た場合、二人に爵位を継がせる事が出来る、と。
貴族には家督争いで血生臭い事になる事なんて珍しい話じゃない。将来ボクに子供が何人出来るかはわからないけど、有難い話かもしれない。
…あの称号の御蔭で困った事になりそうではあるし。
「陛下の御厚情に感謝し、有難くお受け致します」
「うむ。これから其方はジュン・グラウバーン男爵だ。今後の更なる活躍を期待しているぞ」
「はっ!」
父上はもの凄い御満悦顔だ。一言も発しなかったとこを見るとボクが男爵位を貰う事を事前に知ってましたね?
「次、白天騎士団団長ラティス・バーラント。前へ」
お次は七天騎士団の褒賞の発表で、最初に白天騎士団のようだ。
呼ばれたバーラント団長は鎧姿では無く、騎士服。それと七天騎士団の団長に与えられるマントという祭典用の礼装だ。
「長く最前線で戦い続け勝利に貢献し続けた白天騎士団。その指揮官である白天騎士団団長ラティス・バーラントには新たに男爵位を授ける」
「慎んでお受けいたします」
男爵位…ボクと同じか。
七天騎士団の団長は在任中は伯爵位扱い。
だけどそれはあくまで在任中のみ。
騎士を引退すれば元の家の家格に合わせた扱いに戻る。
バーラント団長は子爵家の出だが爵位を継げる立場にないので、引退後は只の貴族になる。
女性は結婚により立場を変える事も可能だけども…その話題はバーラント団長には厳禁らしい。
「続いて、アイシス・ニルヴァーナとノア・ニルヴァーナ前へ」
お次はアイシスさんだ。
アイシスさんは騎士団の礼服で父君のノアさんは一般的な貴族の礼服。
アイシスさんは流石に堂々として凛々しく見えるのだけど…
「ガクガクガクガクガク」
ノアさんは…大丈夫なのかな?
遠目で見ても震えてるのが解るし、顔色が悪い。
「アイシス・ニルヴァーナよ。其方が上げた戦功と『剣帝』に至った事の褒美としてニルヴァーナ騎士爵家を子爵へと陞爵する」
「はっ。ありがとうございます」
「ノア・ニルヴァーナよ、よい娘を持ったな」
「は、ははぁ!きょ、恐悦至極に御座います!」
「そう緊張する事もないぞ…と、余が言っても無駄であるかな。それとアイシスよ。其方にはもう一つ褒美がある。おい」
「はっ」
陛下の声を受けて従者が布に巻いた何かを持って来てアイシスさんに手渡した。
「見てみよ」
「はい。…剣、ですか」
「アデルフォン王家に伝わる秘宝の一つ。魔剣『エア』だ。扱いの難しい剣だが、剣帝の其方ならば問題無かろう。その剣を使い、其方の更なる活躍に期待する」
「はっ!ご期待に添える事が出来るように精一杯励みます!」
アイシスさんに下賜されたのは魔剣。
アイシスさんが好んで使う細剣で、名前から判断して風の聖霊「エア」が宿った魔剣なのだろう。
ヴィクトル殿下が持っていた炎の魔剣「イフリータ」と同等の魔剣だろう。
それを下賜されるというのは陛下からの最大限の期待と信頼の現れだとも言える。
騎士に与えられる褒美としては最大の物だろう。
「続いて――」
その後も褒賞の発表は恙無く進み。戦勝記念パーティーへと移る。
本来であれば陛下は勿論、王家全員が参加して戦争に参加した者達を労って行くのだけど、御子息のヴィクトル殿下が亡くなってまだ日が浅い。
陛下と母親である正妃様は喪に服す意味で不参加となっていた。
その代わり第二王子と第一王女と王妃様方は参加して、それぞれが労いの言葉をかけている。
第三王子と第二王女の姿は見えない。
パーティー会場は主に三つに分かれていて、一つは上級貴族やその子息が集まる会場。
二つ目は下級貴族が集まる会場。三つ目は騎士達が集まる会場だ。
一般兵達も今日はそれぞれの詰所でパーティーを開いている。
騎士や下級貴族が上級貴族のパーティー会場に入る事は基本許されていないが、逆…上級貴族が他の会場に顔を出す事は許されている。
ボクも今は父上について上級貴族用のパーティー会場に居る。
図らずも男爵位を持ってしまったので、後で下級貴族用のパーティー会場にも行くつもりだ。
白天騎士団が居る騎士用のパーティー会場にも行こうかな。
「やぁ、ガイン殿」
「ああ、これはタッカー侯爵。お久しぶりです」
「本当にご無沙汰しておりますな。お互い戦争に参加しておったのに、戦地が離れていましたからな」
白天騎士団と共に戦ったタッカー侯爵様だ。娘であるカルメンさんを連れての御登場。
「で、そちらがガイン殿ご自慢の…」
「ええ。自慢の息子です」
「ジュン・グラウバーン…男爵です。初めましてタッカー侯爵様」
「様では無く、殿で結構だよ、魔帝殿。君はグラウバーン公爵家の嫡男であると同時に男爵殿でもあるのだから」
「あ、はい。ありがとうございます」
「まぁ、さっき男爵になったばかりだからね。慣れぬのは無理も無い。ああ、娘を紹介しよう。娘のカルメンだ」
「カルメン・タッカーですわ。以後、お見知りおきを。若き男爵様」
「はい、こちらこそ」
サンフォード辺境伯領で会った時より雰囲気が柔らかい。
尤も、あの時のボクはアイシスさんだったのだけど。
「今は連れていないが他にもう一人の娘と息子も会場にいてね。後で紹介させて欲しい。特に娘…次女は婚約者がまだ居なくてね。聞けばジュン殿もまだ正式な婚約者は居ないそうだね?」
「は、はぁ…」
始まったか。まさかタッカー侯爵からもそんな話を受けるとは。
エメラルダ様の話にあったように、今日までに何回か娘や孫を婚約者にどうか。という話があった。
他には我が家に遊びに来ないか、とか魔法の指導をしてもらえないか、とか。
誰もはっきりとは次期国王に誰を支持してるかは言わなかったが、殆どの人がそれ絡みで話をしていたのは間違い無かった。
このパーティーでも仕掛けられるんだろうな…トホホ。
「確かに、ジュンにはまだ正式な婚約者は居ませんがね。でも非公式な婚約者なら居るんですよ。なぁジュン?」
「あ、ええ、はい。メイドですけど、幼馴染で…」
「まぁ、幼馴染?それは素敵ですわね」
幼馴染という言葉にカルメンさんが反応する。
婚約者のサンフォード辺境伯様がカルメンさんの婚約者だからか。
「はい。カルメンさんも御婚約者が居ると聞き及んでいますが?」
「はい。私の婚約者…エルネスト様とは幼馴染ですの。やはり貴族とはいえ、結婚するのは相手の事をよく知った上で結婚するのがよろしいですわよね」
「そうですね。今日会ったばかりの人と婚約とか言われても困ってしまいますよね」
「全くですわ。やはり結婚とは――」
「んんっ!ガイン殿、そろそろ失礼。他の方にも挨拶に行かねば」
「ええ、それでは」
次女をボクに紹介して婚約者にしたいのに長女のカルメンさんがそれに反対するかのような意見を述べてしまったので、タッカー侯爵…殿は慌てて退散した。
ありがとうございます、カルメンさん。
「だ~れだ」
「その声は…セーラさんですね」
「せいかーい。御久しぶりね、ジュン君。ガイン様も、御久しぶりです」
「ああ」
次に声を掛けて来たのはセーラさん。
マクスウェル公爵家の御令嬢で二つ年上。
ボクが飛び級した為に同級生だ。
初等学院に通ってる間は何かと眼にかけてくれた人だ。
綺麗な金髪。大きな瞳。整った顔立ちとスタイル。
騎士のように鍛えられた身体つきではないものの、美しい容姿を持つ。
公爵家の御令嬢でありながら誰にでも気さくに接し、初等学院時代から絶大な人気を誇る才女だ。
今は高等学院に進み政を勉強してると聞いてる。
「今日は御父上とは一緒ではないのですか?」
「勿論、来てるわよ。今は兄様と一緒に居るわ」
「セーラさんは一緒じゃなくていいんですか?」
「いいのよ。だってつまんない話ばかりなんだもの。次期国王に誰が相応しいかってね。その内、ジュン君にも話に来るわよ」
「…そうですか。因みにどなたを支持されてるのですか?」
「第三王子よ。決まってるでしょ」
「ですよね」
第三王子の母君はマクスウェル公爵の出。
ならマクスウェル公爵家としては第三王子に即位してもらうのが色々と都合がいいわけだ。
「いやよねーヴィクトル殿下が亡くなってまだそれほど経ってないのに。必要な事なのはわかるのだけど…因みにガイン様は何方を支持なさるのですか?」
「悪いが秘密だな」
「ええー」
父上は秘密と言ってるが…実のところ決めてないだけだ。
より正確に言えば決めてないのはボクなのだが。
父上にエメラルダ様から次期国王の選定の派閥争いについて忠告を受けた話をした際、父上は誰を支持するつもりなのか聞いた。
だが父上は「お前が選べ」と来た。
理由はどうせお前が狙われるし。お前の方が次期国王との付き合いは長くなる。
ならお前が自分で見極めて選べ。
との事だった。
話はわかるんですけど…正直困ります、父上。
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