第29話 「私の妻となれ」

 順調かと思われた大森林の魔獣殲滅作戦。

ヒューゴ団長が言うには蒼天騎士団が何やらトラブルらしい。


「どういう状況なの?ヒューゴ」


「うんとね~…何か大型の魔獣に襲われたっぽいわね。部隊が一つ、壊滅的打撃を受けたみたいね。ほっとけば死人が出るかも」


「大変じゃないですか!早く救援に行かないと!」


「落ち着きなさいな、アイシスちゃん。クリスちゃんから救援要請が無いのに救けに行ったら蒼天騎士団の面目を潰す事になるわよ。ウチの団員にも回復魔法を使える子はいるから、早々死にゃしないわ。もう少し様子を見ましょ」


 面目って…命の方が余程大事だろうに。


「どうした?何かトラブルか?」


「え…で、殿下!?」


「あらぁん?どうして此処に?」


 どういうわけかヴィクトル殿下が僅かな護衛だけを連れて森に来ていた。

こうして近くで見ると父親である国王陛下に似てるように思う。

髪の色は陛下の銀髪と違い殿下は金髪。でもそれ以外は鋭い目つきに鍛えられた身体、碧眼の強面。本当に陛下によく似てる。


「作戦の状況が気になってな」


「此処は危険です。砦にてお待ちください、報告は送りますので」


「砦が安全とは限るまい?それに報告を気長に待つというのは性に合わん。それで?何かトラブルか?」


「…ヒューゴ」


「ええとね…クリスちゃんとこが大物の魔獣に襲われたみたい。多分、あれはこの森の主ね」


「ほう?主か…面白い。私が直々に手助けしてやろう」


「は?で、殿下が自ら主の相手をすると?」


「まさか止めるのではないだろうな、バーラント」


「当たり前です!もし殿下に何かあれば…」


「くだらぬ。私が魔獣如き後れをを取るものか。良いから案内しろ、ニューゲイト」


「…しゃあないわねぇ。せめて私とラティスの傍からは離れないでよね、殿下」


 何処から来るんだろう、あの自信。

魔獣如きって…大体の人間には魔獣は脅威だけど。

そりゃ子供でも勝てる魔獣から国が総力を挙げてようやく勝てる魔獣までピンキリだけどさ。


「(ねぇねぇ。ヴィクトル殿下ってそんなに強いの?)」


「(さぁ…私は知らない。ティータは知ってる?)」


「(私も詳しくは…王家の中でも武闘派という事くらいしか)」


 王子の得物は…大剣か。

見た目から受ける印象は蒼天騎士団の人と同程度かって感じ。

そこそこ強いみたいだけども…無茶が過ぎるんじゃないだろうか。


「(殿下ってさ…確かまだ結婚してないんだよね?)」


「(らしいね。噂では自分の妻は自分で決めるって言って全ての縁談を断ってるって)」


「(じゃあ子供もいないよね?もし死んじゃったら跡継ぎはどうすんだろ)」


「(その点はヴィクトル殿下はまだ王子で他にも陛下の御子息はいらっしゃるから問題ないけど…もし此処で殿下が死んだら私達白天騎士団にどんな罰が下るか…考えるだけで恐ろしいわね)」


「(げ。あたし達の責任になるんだ?)」


「(当たり前よ。混戦状態の戦場で殿下が暴走したとかならともかく。気合い入れて殿下を御守りしなさい)」


「(はーい…護りと言えばダイナちんだよね。期待してるよ!)」


「(う…私か。あ~もう!団長の言う通り砦で大人しくしてくれればいいのに)」


 本当に。もし此処で殿下に何かあって、その責任を白天騎士団が取らされる事になったら…もう二度とアイシスさんには会えないだろう。それだけは何としても避けなければ。


「…それでヒューゴ団長、森の主とはどんな魔獣です?」


「…な~んかアイシスちゃんらしくないわねぇ。別の人と喋ってるみたい。まぁいいわ。えっと主ね…私の知らない魔獣なんだけど、ドラゴンに似てるわ。でも亀にも似てるのよね。亀の胴体とドラゴンの頭を持った魔獣なんだけど…ラティス、知ってる?」


「それはドラゴンタートルだな。鉄より堅い甲羅を持ったドラゴンだ。だが…確かにそこそこ強い魔獣だが蒼天騎士団が勝てない相手とも思えん」


「あら?意外と博識なのね、殿下」


「バカにするな。いつもは王城に居たとてこれくらいの知識は手に入る。…しかし、蒼天騎士団が手古摺る相手なら上位種かもしれんな」


 ドラゴンタートルの上位種…ボクは両方知らないな。

防御力の高い魔獣なのは想像つくけど。


「見えて来たわね」


「うん、持ち堪えてる。お~い!クリスー!無事~!?」


「ヒューゴか!ラティスも…何故来た!?援護要請は出してないぞ!」


 この一見真面目で堅物に見えるのがクリス・ビッテンフェルト団長。

青色の髪を七三分けにした美青年。王国では父上に次ぐ槍の達人でビッテンフェルト伯爵家の次男。そして…男色家。


「そう言うな、ビッテンフェルト。私が直々に手助けしてやろうと言うのだ。光栄に思え」


「な…で、殿下ぁ!?何故此処に!おい!ヒューゴ!」


「あたしに言わないでよ。殿下が勝手に来ちゃったんだから仕方ないでしょ。それよりどうなの?勝てそう?」


「勝てるさ。…時間を掛ければ、な」


「あまり時間は掛けれないわよ?そろそろ帝国軍が動き出してもおかしくないんだから」


「わかってる!」


 帝国軍は未だに動いてないけど…王国軍が何をしてるのかはもう察してるはず。

この魔獣に時間は掛けてられないのだけど。


「ならば行動しろ。私も手伝ってやる」


「ダメです。奴の防御力は並ではない。武器による攻撃が主体の我らとは相性が悪い。時間を掛ければ何とかなりますが殿下では…」


「ビッテンフェルト、貴様…私を愚弄するか?」


「し、しかし…」


「ふん。まぁ見ていろ!いくぞ!」


「あ、ちょっと殿下ぁ!せめてあたしの支援魔法受けてから…ああんもう!」


 団長達の制止も聞かず、ヴィクトル殿下は突撃した。単騎で。

ホントに短気だなぁ。いや、ジョークじゃなく。


「ちょっとちょっと。殿下行っちゃったよ?」


「どうする?」


「援護するしかないでしょう!行くわよ!」


「待った。武器による攻撃は効果薄いなら魔法の出番でしょ。ビッテンフェルト団長、周りの騎士を下がらせてください」


「何?わ、わかった」


「行きます!アイシクルエッジ!」


 此処は森の中だし、火魔法や雷魔法は森が延焼するかもしれない。消火出来るけど。

ま、安全重視で氷の刃を出す魔法、アイシクルエッジで…おやぁ?


「何か首と手足を甲羅の中に引っ込めたよ?」


「本当の亀みたいだね」


 それにあの甲羅…魔法を防いでる?完全に防いでるわけじゃなさそうだけど、かなり軽減されてる。まるでミスリル製の防具みたいだ。


「援護御苦労!後は私に任せるがよい!くらえっドン亀がっ!」


 首と手足を引っ込めた隙に殿下が甲羅の上に。

そこに乗られると魔法で攻撃が出来ないんだけども…


「ぬうぅ!堅い!何という堅さだ!」


「だからクリスがそう言ってたじゃないの。クリスが貫けないのに殿下に出来るわけないでしょ」


「言ってる場合か!殿下を援護しろ!」


「待ってクリス!あいつ、何かするわよ!全員、距離を取りなさい!」


「殿下もこっちに来てー!危ないわよー!」


「ふん!何を馬鹿な。まさか甲羅の上にいる者を攻撃する手段などあるまい!このまま…ぬお!」


 森の主は甲羅に閉じこもったままその場で回転し始めた。

そのまま周辺の木をなぎ倒しつつ体当たり。上に乗っていた殿下は吹き飛ばされた。


「で、殿下は御無事か!」


「大丈夫みたいよ。木にぶつかって衝撃で動けないみたいだけど」


「そう…なら今の内になんとかしたいわね」


「そーねー殿下がまたおバカな事しない内に倒しちゃいましょ」


 確かに。さてどうするかなぁ。


「ビッテンフェルト団長…あいつの甲羅を攻撃して何か気付いた事は?」


「そう言われてもな…普通の亀とは違い金属の塊のようだったくらいとしか」


 金属…ならこうしましょうか。


「私がやります。あいつから距離を取ってください」


「アイシス?何か手があるの?」


「ええ、まぁ。ああ、橙天騎士団にも手伝ってもらえますか」


「もちろん、良いわよ。何するの?」


「先ず火魔法をあいつにぶつけてください。森が燃えないように気を付けて、ファイアショットで十分ですから」


「りょーかい」


 魔法攻撃を始めた途端、森の主はまた甲羅に閉じこもった。

動かない的になってくれた方が今は都合がいい。


「うわー…熱そ」


「甲羅が赤くなって来てない?蒸し焼きにするの?」


 蒸し焼きにするのも悪くないけど狙いは違う。そろそろいいかな?


「次は氷結系の魔法に切り替えてください!」


「氷?ああ~なるほどねぇ」


 こいつの甲羅が何で出来てるのか知らないけど…金属のように堅いなら急激に熱した後、急速に冷やせば…金属疲労のように脆くなるはず。そこを狙えば…


「そろそろいいんじゃな~い?」


「ですね。行きます!」


 甲羅の上に乗り甲羅を斬り付ける。

『剣術』のスキルの一つ…千刃。

千の斬撃を浴びせるスキルだ。

その斬撃を一点に集中する!


「ハァァァァァ!」


「ヒビ入ってる!凄い凄い!流石剣帝!」


「行け―!アイシス!」


 一度の千刃じゃ割れなかったか。ならもう一度だ!


「ハァァァァァ…ハァッ!」


「ギャオオオオオオオオオ!!!」


「割れた!今だ、止めを刺せ!」


「「「オオオオオ!!」」」


 甲羅が割れた痛みでたまらず首を出した森の主。

その首目掛けて蒼天騎士団が集中攻撃。

ビッテンフェルト団長の攻撃が止めとなり、主は倒れた。


「ふぅ…ようやく倒せたか」


「よくやってくれたわ、アイシス。さぁ急いで撤収しましょう」


「余計な時間くっちゃったものねぇ。それにしてもアイシスちゃんて、頭使うようになったのねぇ。最後はアイシスちゃんらしく、ごり押しだったけど」


「アハハ…」


 まぁ周りに誰も居なくて森じゃなければ魔法で始末出来たんだけど。

少しはアイシスさんらしく戦わなきゃって思って剣でゴリ押しした。


「見事だったぞ、剣帝」


「あ、殿下。怪我は無い?」


「舐めるなよ、ニューゲイト。私はそんなやわな身体ではない。それよりも…お前、名前はアイシス・ニルヴァーナだったな?」


「はい」


「先程の剣技、見事であった。流石は剣帝だ」


「ありがとうございます」


「うむ。気に入ったぞ。アイシスよ、私の妻となれ」


「……はい?」


「「「「えー!!!」」」」


 え?妻?妻となれ?妻って何だっけ…妻ぁ!?


「ちょ、ちょっと殿下!」


「何か問題があるか?ニューゲイト」


「で、殿下!アイシスは騎士爵家の出ですよ?その…釣り合いというものが…」


「くだらん。家格の釣り合いなど私は気にせん。それに剣帝となったならば爵位はあげられる筈だ。何も問題は無い筈だぞ、バーラント」


「しかしですよ、殿下。陛下の許可なく彼女を妻とするわけには…」


「それも問題ない。父上は必ず認めてくださる。剣帝を王家に迎えるのは歓迎すべき事だからな。そう思んか、ビッテンフェルト」


 うわー…どうしよう。

少なくともニルヴァーナ家にとってはこれ以上は無い話。

騎士爵家から一気に王家の仲間入りだもの。

ただ今のアイシスさんはボクであって本人の承諾なく断る事も受ける事も…どうしよう?


「それで返事は?アイシスよ」


「あ、あの…とても光栄な御話しですが、急すぎて…」


「ふむ、確かに。妻にしようと言うのに何の手土産も無くする話では無かったな。失礼した」


「そ、そうですよ、殿下。それにアイシスは白天騎士団に必要な戦力です。今は戦争中ですし、此処は日を改めて…」


「そうだな。では戦争が終わったら返事を聞かせてもらおう。これは私としてはかなりの譲歩だぞ?これ以上は待たぬからな?」


「あ、ありがとうございます…」


 戦争が終わるまで…時間が出来たのはいいけど…どうしよ。

最悪、ボクがアイシスさんのまま妻になりかねないし…それは嫌すぎる。


 本当に…どうしよ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る