第30話 「アイシスが第一夫人?」

 大森林の魔獣討伐を開始して二日目。

一日目で相当数の魔獣を討伐出来たし、主も倒した。

もう充分じゃないか、という意見もあったけど念には念を。


 更に木を伐採して森の中に道を作っている。

馬車が通れる程度の道でいいので急ごしらえだが。

主にボクの魔法と橙天騎士団の協力で作られてる。


「見事なものだな。魔法の腕も大したものだ」


「…こ、光栄です」


 何故か殿下が付いて来てるのが凄い気になるし、やり辛い。


「あの…殿下?何故、此処に?」


「何、昨日と同じだ。それにお前ともう少し話そうと思ってな。何せ互いによく知らぬであろう?」


「は、はぁ…」


 いつ帝国軍が襲って来るかわからない以上、此処は最前線。

戦場なんですけど…そんな呑気な事言ってていいのかな。


「(どうやら本気みたいだねえ、殿下は)」


「(よかったねぇ、アイシス。これ以上ない玉の輿じゃん)」


「(ショタコンのアイシスにとってはジュンちゃんとは真逆もいいとこだろうけど)」


「(ジュン君の事は私達に任せて。安心してお嫁に行きなよ)」


「(他人事だと思って好き勝手…)」


 しかし、実際どうしよう。

考える時間をくれたけど、普通に考えたら第一王子直々にされた結婚の申し出は…断れない。

サンフォード辺境伯の時と同様、ティータさんに相談したらアイシスさんは嫌がるって話だし、何とか断りたいけど…


「アイシスは何が好物だ?肉か?今度王家に献上された上物の牛肉を分けてやろうか?」


「殿下。女の子にはあまりガツガツ行かない方がいいわよん。がっつきすぎると嫌われちゃうわよ」


「む?そうなのか?」


「そうよ。いい歳して女の子の口説き方も知らないの?」


「…事実そうだが、お前に言われるのは物凄く腹立たしいな、ニューゲイトよ」


「あら失礼ね。あたし、これでもちゃんと結婚してるんですけどぉ?」


「「「「えー!」」」」


 今日も殿下が来るという事で、バーラント団長だけでなくヒューゴ団長とビッテンフェルト団長も殿下の傍にいるのだが。

もの凄い衝撃の事実!ここ最近で一番驚いた…殿下に求婚された時以上の衝撃!


「ちょっとあんた達…なんでそんなに驚くのよ」


「いやだって…」


「ヒューゴ団長が既婚者…奥さんは人間ですか?」


「もしくは政略結婚で無理やりですか?」


「失礼ね、レティちゃんもダイナちゃんも。あたしじゃなかったら怒ってるわよ?」


「まぁ無理も無かろう。何せお前だからな。確か妻はエーベルバッハ子爵家の娘だったか?」


「ええ。あたしの幼馴染ですよん。因みに恋愛結婚だからね?ちゃんと人だし、政略結婚じゃありませんー」


 そ、そうなのか…人は見掛けによらないという事か。

しかし恋愛結婚…奥さんは何故、この人を選んだのだろうか。

悪い人じゃないんだけど…


「ま、七天騎士団の団長で結婚してるのって、あたしとヨシュアちゃんくらいだけど」


「ヨシュア…黄天騎士団のヨシュア・ロイエンタール団長ですか」


「そ。今頃は王都の護りに付いてるはずよん」


 黄天騎士団。

黄を冠する騎士団で主な任務は犯罪の取り締まりだ。

ただし…貴族専門の。


 普通は犯罪の取り締まりは各街の衛兵、時には騎士団の仕事だが黄天騎士団の仕事は王国内にいる貴族全てを対象に犯罪を取り締まる。

証拠さえ揃っていれば国王陛下の採決無しに断罪出来る権限を持っている。

ある意味、王国貴族から最も恐れられている騎士団だ。


 王国の腐敗を防ぐ事を目的に創設された騎士団で、時には王家も捜査の対象になる。

そんな騎士団に入れるのは清廉潔白な正義感溢れる人格者のみ。

騎士としての腕も勿論求められるが、人格が第一に求められる騎士団で全騎士団の中で最も規律の厳しい騎士団だ。


「歴代の黄天騎士団の団長は皆、堅物で…ヨシュアちゃんも例に漏れず堅物も堅物。超堅物だけど、彼も恋愛結婚よん?」


「ほう?そうだったのか」


「ええ。殿下も、帰ったらヨシュアちゃんから女の口説き方とか聞いてごらんなさいな。堅物なヨシュアちゃんの慌てる姿が見れるわよ?」


「それは面白そうだな。ビッテンフェルトも行くか?」


「いや、私は女性に興味がありませんので」


「…相変わらずだな、貴様。そんな事で大丈夫か?ビッテンフェルト伯爵家は」


「私は次男ですから。妻を娶る必要はありませんので」


「無駄よ、殿下。あたしも以前クリスちゃんには女の子紹介しようとしたんだけど、全く靡かなかったもの。女の子の方はそうでもなかったのに。勿体ない」


「…ではバーラントは?お前もいい歳して独身だろう。ニューゲイトに紹介してもらったらどうだ」


「パワハラですよ、殿下」


「女の子に年齢の事言うのはタブーよ。特にラティスには。で、勿論ラティスにも男を紹介した事はあるわよ?三日でフラれたみたいだけど」


「…何をした?」


「プライベート、かつデリケートな内容なので黙秘します」


「そ、そうか…」


 あの殿下に有無を言わせず黙らせた…一体何があったんだろう?


「(この話ってアレでしょ?以前団長が王都で…)」


「(ああ、アレね。相手の男性と王都でデートする日に団長がゴシックロリータ全開の服装で目撃された件)」


「(あたしも見たけど…ないわーアレはないわー。いや団長も美人だから似合ってたけどぉ…五十代のおばさんが初対面の男性とゴシックロリータな服装でデートはないわー)」


「(いくら見た目が若いって言ってもね…アレはないわー)」


 そ、そんな事が…バーラント団長、ゴシックロリータな服装が趣味だったんですね…


「ついでに言うとネーナにも紹介したんだけど、あっちは即日フラれてたわねぇ。同じような理由で。あんた達仲悪い癖に変なとこだけ似てるんだから。困ったものよねぇ」


「うるさい!あんな奴と一緒にしないでくれる!?」


 紅天騎士団のネーナ・クリムゾン団長も独身で似たような事してフラれたのか。

……何したんだろう?


「確かクリムゾン団長はウェディングドレスを着て行ったんだっけ。デートに」


「ええ…私も見たわ。真っ赤なウェディングドレスを着ていたわね…相手の男性は逃げ出してたわ」


「バカよね、ネーナは。あいつは即日フラれたけど、私は三日後。私の方がマシね」


「どっちも大差ないわよ…全く。ラティスもネーナももう少しちゃんとしなさいな。でないと次の犠牲者おとこを紹介出来ないわよ?」


「う…」


 今、犠牲者と書いて男と言ったような…そ、それよりもだ。


「ヒューゴ団長は何故バーラント団長の事はラティス、と呼び捨てなんです?クリムゾン団長もですけど」


「うん?」


「いや…私達やビッテンフェルト団長はちゃん付けでしょう?でもバーラント団長は呼び捨てだから…」


「ああ~まぁ今の七天騎士団団長の中であたしとラティスとネーナは古株だからね。と言ってもあたしは三人の中で一番若くて新参なんだけど、あたしが団長になったばかりの頃に二人は何かとフォローしてくれたのよ。まぁそれで友達にね。あたし、仲の良い女友達は呼び捨てなのよ」


「ふん。私はネーナと友達じゃありませんけどね」


「また…いい加減仲直りしたらいいのに。あんた達、結構似た者同士だから仲良く出来ると思うわよ?」


「それは無いし、大きなお世話よ」


 これは相当根が深いな。

一体過去に何があったのやら。


「もう…そんな事ばかり言ってると、男紹介してあげないわよ?」


「う…い、いいんです。私達は既に理想の男を見つけてますから」


「あら、そうなの?ん?私達って?」


「あの、団長…それってまさか…」


「そうよ、ティータ。私達白天騎士団のアイドル、ジュン君よ」


「ブッ!」


 な、何故ここでボクの名前が?

てかアイドル?ボクいつアイドルになった?


「ジュン君?それはまさか魔帝か?」


「はい、殿下」


「ちょっと…確かガイン様の御子息よね?まだ子供の…本気で言ってるの?」


「グラウバーン辺境伯領では領民に大人気な超がつく美少年だと噂の彼か。初等学院を飛び級で卒業し最年少で『帝』に至った天才。王都に居た頃には会えなかったが私も是非会いたいと思っていた」


「クリスには絶っっっっ対!渡さないし会わせないわよ!」


「それはいいが…バーラントよ。私達というのは?お前が子供を狙ってるというのもどうかと思うが…」


「私達白天騎士団が戦争開始前の盗賊討伐でグラウバーン辺境伯領に派遣されたのは殿下も御存知かと思います。その二ヵ月余り滞在した時に、ジュン君は私達に魔法を教えてくれたんですよ」


「ほう?そう言えば報告が上がっていたな。白天騎士団が全員魔法を使っていると」


「はい。マジックアーマーとマジックショットの二つだけですが御蔭でこれまで私達白天騎士団は誰一人欠ける事無く生き抜いて来ました」


 戦争が始まってもう二年。

未だ白天騎士団は戦死者0。

これはアデルフォン王国の歴史の中でも前例の無い快挙だ。


「魔帝のジュン・グラウバーンに教わったから魔法を使えるようになったと?」


「そうです。彼に魔法を教えてもらってなかったら…私達は今頃生きていないかもしれません」


「ふむ…全くと言っていいほど魔法が使えなかった騎士団全員を短期間で使えるように…優秀だな」


「ええ、素晴らしい功績だと思います。是非、我が蒼天騎士団も御指導願いたいものですね」


「だからクリス!あなたはジュン君に絶対近づいちゃダメですから!」


 うわぁ…何かビッテンフェルト団長を見てると寒気が…もしかして本気でボクを狙ってる?

勘弁してください…


「クリスちゃん…あたしが女を紹介するって言った時にそういう顔しなさいな…それよりラティス。もしかして白天騎士団全員がジュンちゃんを狙ってるの?」


「ええ。彼は見た目は超が付く美少年。能力も『魔帝』になるほどの逸材。人格も申し分なし。彼の事を知る者なら誰しもが魅力的に思うでしょう」


「…ラティスが狙うのは年齢差がどうとか色々あるけど…この際、それはいいわ。でも白天騎士団が全員?そりゃ一夫多妻は認められてるけど、無理があるんじゃない?」


「ですね。でも彼は優しいですから。彼なら何人か娶ってくれます。仕方ないから第一夫人の座はアイシスに譲るとして…私は第二夫人で我慢します」


 いやいやいやいや。

何言ってんの!?複数の妻を娶るとか、勝手に決めないで!


「ちょっと待て。今のは聞き捨てならんぞ、バーラントよ」


「はい?…あ」


「アイシスが第一夫人?どういう事だ」


「あ、ええとぉ…ジュ、ジュン君はアイシスのファンだそうで…アイシスにとても懐いてるんです…」


「ほう?つまり…魔帝も剣帝を狙ってると。そういうわけだな?」


「そ…そうなる、かと…」


 ちょっとおおおおおおお!!団長!?何言ってくれてんの!?


「なるほど。そしてアイシスよ、お前も満更ではないという事だな」


「え?えっと、それは…」


 これ…肯定しても否定してもアウトじゃ?

どっち転んでもボクにとって碌な結果にならないような…


「よくわかった。ならば私は近い内に魔帝に会いに行くとしよう。いや、いっそここに召集してやろうか」


「それはいい!是非我が蒼天騎士団にも会わせて頂きたいですね!」


「だからクリス!あなたには会わせないわよ!」


「それ以前に…流石に殿下の御命令でも子供を戦場に呼ぶのは無茶よ殿下。そんな事したらグラウバーン辺境伯様がどんな行動に出るか…考えるに恐ろしいわ」


「む…そうかグラウバーンは息子を溺愛してるという話だったな。困った奴だ…仕方ない、サッサと帝国の砦を奪って戦争を終わらせるとしよう」


 どう考えても困ったちゃんは殿下です…此処に呼ぶっていうのは好都合だったんだけど。

そして殿下は本気も本気。本当にアイシスさんを妻にする気なんだな。


 それにバーラント団長も……困ったなぁ。

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