第27話 「悪い予感しかしないね」

 戦争が始まって二年が過ぎた。

戦況は膠着状態ではあるものの、王国軍が優位。


 しかし一年もの間戦況が進展しない事に業を煮やした王家は王国に残っていた予備戦力を増援として派遣。


 国内が手薄になるがファーブルネス帝国とエストア公国以外の隣接する周辺国とは同盟を結ぶ事に成功。


 新たに五万もの援軍を出して来た。

そして、その援軍の指揮官が第一王子のヴィクトル・レフ・アデルフォン。

次期国王筆頭候補の登場だった。


「やー…予想外の大物だね。てっきり軍務系貴族の誰かが指揮官だとばかり」


「ほーんと。何でわざわざ王子様が?」


「まぁ…単純に王族の威光を世に知らしめる為、なんでしょうね。あとは殿下に泊をつけさせてから王位を譲る。そういうおつもりなんじゃないかしら。陛下は」


 何時ものようにレティさんとダイナさんの疑問にティータさんが答える。

このやりとりも二年間で何度も見てきたが、名指しで聞かれたわけでもないのに自発的に答えるティータさんも、名指ししなくても答えてくれるとわかってるレティさんとダイナさんも。

何となく微笑ましい。


「ヴィクトル殿下。お待ちしておりました」


「殿下自らが軍を率いて援軍に来てくださるとは、光栄の極み」


「うむ。出迎えご苦労」


 此処は城塞都市ストークから少し離れた場所に建設された砦。白天騎士団を含む王国軍の半数はそこに集まっていた。

もう半数は父上が大将となって別の場所…ここより南の地に居る。


「この王国軍はタッカー侯爵が大将だったけど、これからは殿下が大将になるのかな?」


「そうなんじゃないの?」


「どうかしらね?タッカー侯爵も軍人として無能ではないし。実際、此処に砦を建設してるわけだから…それらを無かったかのように殿下に大将の座を奪われるのは面白くないでしょうね」


「あたしは有能な方がやればいいって思うけどねー」


「私は人格に問題無い方だな。その点、タッカー侯爵は無茶な作戦で兵を消耗したりしない慎重派だし。私はタッカー侯爵のままがいいな」


 タッカー侯爵は見た目は豪胆な武人といった感じの父上に負けず劣らずの強面の巨漢なのだが戦場における采配は慎重かつ繊細。

タッカー侯爵が大将になってから奴隷兵すら落命率が下がっている。

最前線で戦う身としては、確かにタッカー侯爵のような慎重派がいい。


 だが王家にしてみれば慎重に軍を進めるタッカー侯爵は歯痒く思ったが故の援軍だ。

その指揮官に充てた人物となれば必然…


「ヴィクトル殿下は武人としての才は中々という話だけど指揮官としては…どうなのかしらね」


「凄く短気で我慢が出来ない、視野の狭い人物…らしい」


「うわ…アイシス、怖いもの知らず」


「誰かに聞かれたら拙いよ。それこそいつかの子爵が言ってた不敬罪で捕まっちゃうぞ」


 勿論、今は周りには聞かれたら拙い人物はいないから言った言葉だ。

因みに情報源は父上だ。


「でもアイシスの言う通りなら…悪い予感しかしないね」


「だなぁ。まぁ大将じゃなくなってもタッカー侯爵が助言くらいするだろうし、バーラント団長以外にも七天騎士団の団長がいるから。大丈夫でしょ」


 七天騎士団は王家直属。

基本的に王家の命令に逆らう事は出来ないが、団長は王家に対して意見を述べる事は許されている。


「ていうかさー…アレ、もうおじさんじゃない?」


「あ、私も思った。王子様って感じじゃないって」


 ヴィクトル殿下は確か今年三十二歳。

国王陛下が五十代半ばだから長男であるヴィクトル殿下がいい歳なのは仕方無い。

ただ第一王子が生まれた後暫くは子宝に恵まれず、側室を増やし十年以上も間を空けてようやく第二王子が生まれた。

その後は第一王女、第二王女と続き、第三王子まで生まれている。

一番末子の第三王子はボクより年下でまだ八歳だった筈だ。


 そしてヴィクトル殿下達は今頃作戦会議中の筈だ。

議題はこの砦と森を挟んで対峙するように作られた帝国の砦をどう攻略するか、だ。


「五万も援軍が来たなら、どうとでもなる…わけじゃないよね?」


「問題は砦だけじゃないわ。その前にある森が邪魔なのよ」


 間にある森は大きい。

街道は通ってはおらず、魔獣も存在する。

そこそこ強力な魔獣も存在する為、この森を軍が通過するとなるとどうしても被害を受けるだろう。


「ティータならどうする?」


「難しいわね。森を避けて迂回するとどうしても時間がかかる。その隙を狙ってこちらの砦を落とされたら間抜けだし。だからって被害を覚悟で森を突っ切るのもね…それで帝国の砦を落とせたとさしても、その後が続かない。被害を最小限に抑えつつ勝利する。それが出来ないと戦争には勝てないわ」


「ま、そりゃそうなんだけど」


「ティータも指揮官向きかもね。アイシスならどうする?」


「え、私?」


 ボクなら…いや、アイシスさんならどう答えるだろ?

んー…


「そだな…いっそ森に居る魔獣を全滅させちゃうとか?」


「アハハ!アイシスらしーい!」


「ま、それが出来れば確かに問題無く森は抜けれるだろうけど」


「…現実的じゃないわね。せいぜい前もって森の魔獣を間引いておくくらいかしら」


 どうやらアイシスさんぽい回答だったようだ。


「で、短気で我慢の効かない視野の狭い人ならどうすると思う?」


「さぁ…禄な提案はしなさそうだね」


 数時間後。その予想はバッチリと当たっていた。

嫌な予感ほどよく当たる、と父上も言ってたっけ。


 会議を終えて次の作戦内容を報せる為、バーラント団長が招集をかけたのだが…


「森を焼く!?あの大森林をですか!?」


「ええ…殿下の案よ…」


 予想以上に酷い答えを出して来たな。

そんな事をしたらどうなるか…想像出来ないのだろうか?


「そんな事をすればその後どんな影響が出るか…その森から生きる糧を得てる民は飢える事になりますし、逃げ出した魔獣がどんな被害を出すか」


「他にも様々な影響が考えられます。殿下はその辺りの対策も考えて?」


「…被害を受けるのは帝国の民だけだ、問題無い。だそうよ…」


 それはつまり…対策は何も考えてない、という事か。


「そんな作戦…タッカー侯爵様や他の方々はなんと?」


「まさか承認したんですか?」


「無論、私を含めて殆どの将は反対したわ。でも、この軍の総指揮官は殿下になった。だから…」


「そんな…」


「でも猶予は貰ったわ。森を焼くのは一週間後。それまでに森に居る魔獣の大多数を駆除する。それが出来れば森を焼くのは中止すると約束してくださったわ」


「一週間…」


 あの大森林に居る魔獣を一週間で?

地図を見た限りじゃ…軽く王都の五倍はある広さだぞ?


「…我々白天騎士団だけで、ですか?」


「いいえ。幸い、蒼天騎士団と橙天騎士団の団長も私に賛同してくれた。タッカー侯爵も協力してくれるそうよ」


 それでも一週間でやり遂げるには至難…それに三つの七天騎士団が動けば帝国も動く筈。帝国軍の動きを気にしつつ魔獣を殲滅する…かなり厳しいんじゃなかろうか。


「それでもやるしか無いわ。早速準備に掛かって!明日から作戦開始よ!」


「「「「はい!」」」」


 …面倒な事になった。そんな作戦しか提案出来ない人が次期国王で大丈夫なんだろうか、王国は。


 …ま、魔獣の討伐に関しては、問題無いと思うけど。


「明日から暫くは魔獣討伐の日々かあ…やだやだ」


「大丈夫。何とかなるよ」


「およ?その心は?」


「明日のお楽しみ」


「えー?隠す事ないじゃーん」


 ま、確かに勿体つける事でも無いんだけど。

他の騎士団の協力も必要だから…先ずバーラント団長に話して承認してもらおうかな。

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