第23話 「私はソースをかけた物がいいわ」

「アイシス…じゃなくて、ジュンさん。また日記ですか?」


「はい。日記というより日誌のような物ですけどね」


 フラルダン子爵の不祥事の結果、当然の如く噂は広まり。

王国軍に対する非難の声は強まった。

しかし、被害にあいかけた女性達は皆こちらの謝罪を受け入れてくれた事と、バーラント団長自らが住民達の前で謝罪。

一応事態は鎮静化された。

それでもまだ王国軍を避難する人は声高に叫んでいるが。


 今は寝る前にボクとアイシスさんが元に戻った時、入れ替わっていた間の出来事をなるべく正確に伝える為に日々の出来事を日記につけている処だ。


「ジュンさんは真面目ですね。アイシスはそんな事、言われてもやりませんよ?恐らくアイシス側からの情報は何も期待出来ないかと」


「それは…仕方ないですね。アイシスさんにもティータさんのような存在…現状を相談出来る相手がいたらいいんですけど」


 アイシスさんがグラウバーン家の中で信用して話す事が出来る人物というのは居ない筈だ。

セバスチャンは話せば味方になってくれるとは思うけど、得体の知れない所があるからアイシスさんは警戒しそうだ。


 メイド達…特にメリーアンは論外。

彼女に話したら…事態は悪化する一方な気がする。


 ノルンはもうグラウハウトに帰ってる筈だけど…ノルンなら何か気付いて自分からアイシスさんに問い質してくれるかもしれない。

ただノルンは思い込みが激しいというか妄想癖があるというか。

ボク絡みの事だと若干暴走しがちなのが不安。

後、ボクが見てない所ではドジっ子らしいから…おかしな事になってないといいんだけど。


「どうしました?」


「あ、いえ…この状況を改善するには、やはりボクとアイシスさんが直に会うしかなさそうだけど…今はどうしようもないな、と。」


「そうですね…王国内ならまだ何とかアイシスがこっちに来れば会えたかもしれませんが…占領地とはいえ今では私達は帝国内に居ますから。王国の許可無に国境を超える事は許されません。犯罪者になってしまいますから、流石のアイシスもそんな無茶はしないでしょう。誰かが唆しでもしない限り、ですが」


「……」


 あ、なんだろ…今、嫌な予感が。

ノルンがアイシスさんの味方に付いて行動した場合…国境を超えるくらい簡単に出来てしまいそう。


 アイシスさんとノルンの組み合わせ…危険な匂いがプンプンする。

いや、流石に無断で国境を超えるなんて無茶はしないと思うけど。


「ジュンさん、そろそろ寝ましょう。明日は外へ出る任務があるそうですから」


「そうでしたね。じゃあ、おやすみなさい」


 そうして翌朝。

ティータさんを隊長として、ボクとダイナさん、レティさんの四人である任務が与えられた。


 何でもストークの近くの大森林にこの辺りには居ない筈の魔獣が棲み付いたそうだ。

スラム街の住人からの情報だそうだ。

それを退治するように、と命令を受けた。


「狩に行った時に目撃したそうよ。一匹や二匹じゃなく複数。群れで行動してるんじゃないかって話ね」


「それはいいけど…なんであたし達が魔獣退治なんてやんなきゃいけないの?」


「しかも群れを相手に私達四人だけ。私達は冒険者じゃないよ?」


「仕方ないでしょ?今は魔獣相手に大部隊を出すわけには行かないし、そこそこ強い魔獣らしいから一般兵には危険が大きい。ストークの冒険者ギルドは休業状態。なら私達白天騎士団がやるのが一番確実なのよ」


 戦時下において、占領地の冒険者達は活動の自粛が求められる。

戦う力を持った彼らを自由に野放しには出来ないのだ。


「だからって何で私達?」


「せめてもう一個小隊つけてくれてもいいよねぇ」


「はいはい、文句ばかり言わない。剣帝が居れば充分だと考えてるのよ、上は。元狩人のレティも居るしね。期待してるわよ?二人共」


「は~い…優秀なのも考えものだねぇ、アイシス」


「…だな」


 魔獣退治か。

弱い魔獣相手ならグラウハウトでも何回かやって来たけど…この辺りの魔獣はどうだろうか。


「倒した魔獣の素材なんかは私達の好きにしていいって話だから。臨時の小遣い稼ぎにはなるわよ。だからもう少しやる気を出しなさい」


「ティータは真面目さんだねぇ。でもさ、魔獣の素材の買取と言えば冒険者ギルドだけど休業中でしょ?何処で買い取ってもらうの?」


「肉は皆で食えばいいけど…魔石は軍が買い取ってくれるとして革とか爪とか。冒険者ギルド以外じゃ捌くのは難しいぞ?」


「…良いから行くわよ。レティ、先導お願い」


「あー!ティータが誤魔化した!」


「ま、出来るだけ綺麗に保存して王国で売るしかないかね。やれやれ」


 文句を言いつつもレティさんとダイナさんも森の中を進んでいく。

森の中は王国の森と大きく違ったりはしない。

勿論、森に住んでる動植物に違いはあるのだが。


「ティータはこの森にはどんな魔獣が居るのか、知ってるの?」


「大まかにはね」


「これだけ広い森だと、ゴブリンとオークは居そうだね」


「ゴブリンとオークは勿論居るのだけど、その二種は少数だそうよ。代わりにオーガが居るらしいわ」


「げ。そっちのが厄介じゃん」


 小鬼族ゴブリン…緑色の体色をした人間の子供くらいの体躯で非力。

だが繁殖力が高くずる賢い。進化してホブゴブリンやゴブリンロード等の上位種になるとそれなりに厄介だ。


 豚頭族オーク…人間の身体に豚の頭という見た目の魔獣。

ゴブリンと同じく高い繁殖力とゴブリンよりは高い知能を持つ。

こちらも進化するとハイオークやオークキング等になり、強力な存在となる。


 大鬼族オーガ…三メートルを超える巨躯を持つ角のある巨人。

その巨躯に見合った怪力を持ち、武具を扱う知恵もある。

繁殖力はオークやゴブリンに劣るが仲間との連携も可能で主食は魔獣。

特に狩りやすいオークやゴブリンを良く狙う。

逆に人間はオーガの好みではないらしく、積極的に襲ってきたりはしない。



「今回の目的はオーガじゃないから平気よ。いえ、オーガより厄介な相手だから平気とは言えないかしらね」


「あ~…まぁねぇ」


「あたしからすればどっちもどっちだけどね。取り合えず、探そうか」


 今回目撃された本来居ない筈の魔獣。

それは…


「ミノタウロスね。名前は聞いた事あるけど、私は見た事ないなぁ。レティは?」


「あるよん。ミノタウロス一体でオーガ二体分の強さって思えばいいかも?」


「うへぇ…やだやだ」


 牛鬼族ミノタウロス…牛の頭を持つ巨人で体格はオーガといい勝負。

だがオーガより怪力で凶暴。グレートミノタウロスに進化すれば並のオーガでは歯が立たない。

因みにミノタウロスの肉は美味だそうな。


「ミノタウロスは警戒心が薄く気配に鈍感だから奇襲は容易な筈だよん。こっちが先に見つけたら、だけどね」


「場所は森の中央、川がある辺り。先ずは森の中心に向かうわよ。レティ」


「りょーかい」


 レティさんを先頭に森を進む。

二時間後、目的のミノタウロスを発見出来た。


「数は…五匹ね」


「情報通りね」


 ミノタウロス達は木で簡単な雨避けを作り、そこで食事中のようだ。

それをボクらは少し離れた木の上から見ていた。


 アレは多分…ゴブリンかな。

見てて気分のいいものではない。


「何で此処に来たのかな」


「ミノタウロスは此処よりずっと南の山岳地帯に生息してるそうよ。そして南と言えば…」


 荒地化が進んでいる地域。

そこから追いやられた魔獣達がミノタウロスの住処を荒らし、エサが不足。

新しい住処を探して辿り着いた場所が、この森というわけか。


「どーする?」


「予定通り、奇襲で行きましょう。このまま木を伝って私とアイシスで突っ込むからレティは援護を御願い。ダイナは私達が討ち漏らした奴の相手を」


「「「了解」」」


 ボクが切り込み役、か。

まあ剣帝であるアイシスさんになっている以上は仕方ないか。


「今日はミノタウロスのステーキだね」


「だね!味付けは塩のみのシンプルなのがベスト!」


「あら。私はソースをかけた物がいいわ」


 現物を見た上で食べるって思えるんですね…皆さん意外とワイルドですね。逞しいなぁ…

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