第21話 「なんか本当に聖女みたいだね」

 アデルフォン王国とファーブルネス帝国の戦争が始まって一年以上経過した。


 セーチェ戦線での勝利を皮切りに、アンティナ戦線とフーエル戦線でも王国軍は勝利を納め、帝国の東端の街、三つを攻め落とした。


 このまま破竹の勢いで侵攻を続ける…かと思われたが帝国軍は体勢を立て直し、戦線は再び膠着状態に陥った。


 帝国軍が立て直しに成功したのは冬の間は王国軍の侵攻が思うように進まなかった事。


 更に帝国は同盟国からの支援を取り付ける事に成功。

王国軍の侵攻を食い止めた。


 そして白天騎士団は現在、帝国から奪った城塞都市ストークに駐留していた。


「居心地悪いよねー」


「全くね。まぁこの街の人達にしたら私達は侵略者だし。恨まれるのはわかるけど…」


「出ていけとか言われてもねー。あたし達だって出て行けるなら出ていくってーのー」


「それくらいにしておきなさい。現状に不満を抱いているのは皆同じよ」


 占領した敵国の街に駐留というのは当然針の筵で。

ストークの住民が反乱を起こさないように監視しつつ帝国に奪い返されないように防衛するのが、任務の白天騎士団としては外も内も敵だらけという環境だった。


 そんな環境ではストレスを感じるのが普通。

並の騎士より強靭な精神力を持つ白天騎士団でも辛い生活を余儀なくされていた。


 かく言うボクも…そこそこに辛い。


「アイシスはいつも通りだねー…」


「ほんと。何かいい憂さ晴らしの方法でもあるの?」


「そんなの無いぞ。あったら私が教えて欲しいくらいだぞ」


「ま、アイシスは元々の神経が図太いもんね」


「繊細な私らから見たらアイシスは平気に見えるってだけかもねー」


「さては褒めてないな?」


「はいはい。そろそろ巡回の時間よ。準備して」


「はーい…あ~あ…巡回くらい兵士か別の騎士団だけでやってくれればいいのに」


「そうも行かないでしょ。私達が適任だって任されてるんだから」


「ま、最前線よりはマシだと思うしかないでしょ」


 ストークには白天騎士団にみではなく、王国から派遣された別の騎士団も幾つか駐留してる。

だが主に住民と接触する玄関口になっているのは白天騎士団だ。


 王家直属の七天騎士団の一つである白天騎士団がストークに駐留してる騎士団の中で一番上位の存在だからというのもあるが、女性のみで構成された騎士団の方が住民も打ち解けやすいだろうという判断だ。


 その分、バーラント団長が貧乏くじを引いてるように思う。


「(それにしてもアイシスの口調を真似るの、随分上手くなりましたね)」


「(はは…アイシスさんの口調は男っぽいですから…男のボクより男っぽい気がしますけど)」


 一年以上アイシスさんとして生活していて…女性らしさが身に沁みついてしまい、元に戻った時オカマっぽくなったりしないか心配だったのだけど。

ティータさんに聞いたアイシスさんの仕草は男っぽいので、オカマっぽくはならなそうだ。


「さてさて…今日は何処を周るの?」


「今日の私達の担当は北区…スラム街ね」


「げ。マジ?」


 スラム街…貧困層の人達が住む、少々危険な場所。

殆どの歴史の古い大都市にはスラム街があるという。

グラウハウトにもスラムは


「ねーねー…流石にスラムは別の騎士団に任せない?」


「賛成。私らも女だしな。しかも美人の集りだし」


「自分で言う?大丈夫よ。いくらスラムの住人だって敵国の騎士相手に無茶するほどバカじゃないわよ」


「だといいけど…」


 そんな会話をしながらやって来たスラム街。

スラムに入ってほんの数分でティータさんの考えはアッサリと否定されてしまう。


「スラムの住人は敵国の騎士相手に何だって?」


「思いっきり無茶するバカの集りみたいだねー…」


「……ええと、ご、ごめんなさい」


 スラムとはいえ、妙に人が少ないなと思っていたら。

道を塞ぐ大男が見えて立ち止まった途端にゾロゾロと。

人相の悪い男達が集まりだした。


「よぉー姉ちゃん達。こんな所に何しに来たんだ?」


「ここはスラム街だぜ?いけないなー女がこんな所を不用心に歩いてちゃあよ」


「占領地だからって油断したかい?王国の騎士さんよ」


「私達が何処の誰かわかってる風だね」


「当たり前だ。姉ちゃん達が何しに来たか知らねえが此処にあんたらの居場所はねぇ。今回は授業料だと思って金目の物置いて帰んな」


「オレは姉ちゃん達と遊んでやってもいいぜ?ゲヒャヒャヒャ!」


 う~ん…何というか、凄い既視感。

グラウハウトのスラムでも同じような対応されたなぁ。

こういう時の教本マニュアルでもあるんだろうか?


「(どうするの?)」


「(ぶっ飛ばすのは簡単だけど、やっちゃダメだよね?)」


「(ええ。いくらスラムの住人だからって私達が手を出せばストークの住民は反乱を起こしかねないわ。何とか穏便に済ませないと…)」


「私に任せて」


「え?ちょっと、アイシス?」


「大丈夫。穏便に終わらせるから」


 過去に似たような事経験してますので。

さて、この場においてのリーダー格は…あの大男かな。

都合よく…と言ったら言葉が悪いけど右腕を怪我してる。


「そこの貴方、ケガしてますね。どうされたんですか?」


「あん?近くの森に狩に行った時に魔獣に襲われたんだよ。それがどーした」


「治療院で治療しないんですか?それ、消毒して包帯撒いただけですよね?血が滲んでます」


「てめぇ…バカにしてんのか?スラムの住人が治療院に行けるわけねえだろが。バカ高い治療費が掛かるのによ」


 治療院…回復魔法を使える魔法使いにより治療を受けれる公的な施設。

税をキチンと納めてる住民は低価格で治療を受けれるがスラムの住人は税を納めていない。

その為高額の治療費になるわけだ。


「そうですか。では失礼。『軽治癒ライトリカバリー』」


「て、てめえ!いきなり何を…って、おいおい回復魔法かよ!腕が痛くねぇ!治ってる!」


「ま、マジかよ!ゴラン!」


 戦場で散々使って来たし、聖女の紋章を得た事で回復魔法はかなりの域に達したと自負してる。

あの程度の怪我なら低位の治癒魔法でも一瞬で治せる。


「あ、あんた騎士…いや、剣士じゃないのかよ?」


「ええ、まぁ。私はアイシス・ニルヴァーナ。御存知ですか?」


「アイシス……まさか剣帝かよ!?」


「剣帝!?剣帝が何で回復魔法なんて使えるんだよ!」


「マジか…襲わなくてよかったぁ」


「…まぁ、それはどうでもいいじゃないですか。それよりも貴方…ゴランさん?貴方がこのスラム街のリーダーですか?」


「い、いや…俺は若い男連中が暴走しないように纏めてるだけだ。ボスは別にいる」


「会わせてもらう事は出来ますか?」


「それはダメだ!ボスに会わせる事は出来ねえ。あんたらは騎士、それも敵国のだ。スラムのボスに会って何をする気か知らねぇがボスを危険に晒すわけにゃいかねぇ」


「そうですか。なら私の提案を受け入れるかどうか、確認して来てください」


「て、提案?なんだ、それは」


「此処で治療院を開きます。無料の」


「「「はい?」」」


 スラムで共通する悩み事の一つ。

それは気軽に治療院に行けない事だ。

他にも御金や仕事の悩みなんかもあるけれど、ボクが今すぐに何とか出来るのは治療だけ。


「そ、そんな事やってあんたらに何の得があるんだよ」


「そうだ!何か企みがあるんだろう、こらぁ!」


「勿論ありますよ。ストークの住民と仲良くなりたいって下心が。その為の橋渡しをしてもらえたらなって思ってます」


「な、仲良く?橋渡し…そんなもん、スラムの住民の俺らに出来るわけ…」


「出来なかったとしてもスラムの皆さんとは仲良く出来そうでしょう?兎に角、怪我人を集めてもらえませんか?病人も軽いものなら薬の調合法何かも教えられますし。兎に角ボスに確認してくださいよ。ね?」


「あ、ああ…よ、よし、良いだろう。待ってろ」


 ゴランの行動は早かった。

五分としない内にボスの確認はとれ、了承を貰えたらしい。

更に十分としない内にスラム中の怪我人や病人が集まりだした。


「おお、おお…!わしの、わしの足が動く!」


「こりゃすげぇ!指が生えて来たぞ!」


「ママ!痛くない!もう痛くないよ!」


 と。怪我人の治療は順調。

範囲回復魔法でアッサリと終わった。


 次に病人だが…


「この症状にはポイズンフロッグの肝から作られる薬が効く筈です。然して強い魔獣じゃありませんからゴランさんなら狩れるんじゃないですか?」


「お、おう!任せろ!明日にでも獲って来てやらぁ!」


「貴女は…栄養失調ですね。取り合えず今日はコレを食べてください。スラムで炊き出しが出来ないか、団長と相談してみます。確約は出来ませんが、少しの間待っててください」


「お、おい。あんた今の何処から出したんだよ?」


「収納魔法ですよ。はい、次の方ー」


「…剣帝ってすげえんだな」


 いや、本来は剣帝だから魔法が使えるってわけじゃないんですけどね。


 兎に角、グラウハウトのスラムの住民と仲良くなった時の経験を活かせて良かった。

こうやってスラムの住民から信頼と信用を得て、仕事を斡旋すれば…少なくとも状況改善の一助にはなるはず。


「アイシス…なんか本当に聖女みたいだね」


「それよりアイシスにあんな知識があった事が驚きだよ。何処で…いや、いつ覚えたのさ?」


「……」


「あ、アハハ。気にするな!」


 王都の学院に居た時に医学書も読んだ、とは言えないな。

ティータさんのフォローに期待しよう。


「はい、次の方ー」


「おらおら!並べ並べ!」


「姐さんを困らせるんじゃねぇぞ!」


 いつの間にか最初に絡んで来た男達が姐さん呼ばわりして従順になってるけど…いっか。

順調だと思う事にしよう。


「はい、次の方ー」




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