第20話 「うん…元気出せ?」
隠し通路の終着点、森の傍にある小屋の中には二頭引きの馬車があった。
その馬車で街道沿いに西に向かって移動中だ。
白天騎士団が居るって話のサンフォード辺境伯領に入るのは四日後か五日後。
そこから更に一日かけて移動してアンティナ戦線に着く…って感じかな。
つまり一週間近く追手から逃げ続けないといけないわけだ。
「それで?此処からの予定は?」
「交代で馬車を走らせてグラウバーン辺境伯領西端の街、グデルメスまで一気に行きます」
「そんなの馬がもたないぞ?」
「勿論、休憩は挟みますがそれも最小限にします。馬に負担を掛ける事になりますがセバスチャン様達が気付く前に出来るだけ距離を稼ぎます」
「…セバスチャン達が気付く前…ね。それはどうも無理っぽいな」
「何を…誰か追って来てる!?」
今は街道を進んでいて、街道の横にある草原に何者か潜んでいる。
数は…正確にはわからないが二十か三十か?
「セバスチャン達か?だとしたら随分早いな」
「いえ…これは…セバスチャン様達じゃない!敵です!」
「…敵?」
追手のセバスチャン達じゃないとすると…ファーブルネス帝国か!
「くっ!待ち伏せ…前方を火で塞がれてしまいましたか」
「何でこんな所に帝国兵が…それもこいつら、正規兵じゃないな。何時ぞやの暗殺者達と同じような奴らか」
馬車が止まったのを見て、草原から姿を現したのは何時ぞやの暗殺者と似たような姿の奴ら。
一体、何が目的だ?
「お前達は何だ?見た所、以前襲って来たファーブルネス帝国の暗殺者達の御仲間のようだが?」
「…お前はジュン・グラウバーンだな?」
「だとしたら?」
「…ターゲットが自分から街の外に出てくれるとは、実に好都合」
「お前には取引材料になってもらう」
「取引?」
「お前の安全と引き換えにグラウバーン辺境伯に砦を明け渡してもらう」
「なるほど」
それでセーチェ戦線の敗北を無かったことにするつもりか。
辺境伯様がそんな脅しに屈するとも思えないけど…此処で捕まるわけには行かないな。
「抵抗しなければこちらも丁重に扱う事を約束しよう。そこのメイドも連れて行ってやる」
「だが抵抗するなら、そのメイドから殺す」
「ふん。やなこった!」
この程度の奴ら、二十人居ようが百人居ようが!
剣帝となり、魔剣もある今!負ける気がしない!
「ノルン!お前は自分の身を護る事に集中してろ!」
「あ、ちょっ、あな、ジュン様!?」
さあて。
ジュンには悪いけど、私が先にこの魔剣の試し斬りをさせてもらおうか!
「先ずは光剣パルーテ!」
「ぐっ!?」
「なっ、ひ、光が!?」
「光が伸びてっ、ぐあっ!」
光の聖霊が宿る魔剣パルーテ。
その能力は光を自在に操り、伸ばした光で物体を斬る事が出来る。
そして本来斬る事が出来ない魔法や霊体…ゴーストや精霊も斬れる。
それだけでなく…光を操る能力を聖霊に任せて、自由に使わせる事が出来る。
敵の識別さえしっかりしていれば実に使い勝手がいい。
「お次は闇剣ミール!」
「なっ!き、消えた?」
「転移魔法か?いや、魔法発動の兆候は無かった!」
「なら何だと、ぎゃあ!」
「攻撃!?、ど、何処から!?ぎゃっ!」
闇の聖霊が宿る魔剣ミール。
その能力は闇を操り自分自身もしくは敵を覆い視覚出来なくする事が出来る。
一度に複数人の視界を奪う事も出来るが夜であれば自分を闇で覆った方が簡単だ。
勿論、魔剣ミールを持っている私は視界を奪われる事は無い。
パルーテと同じように聖霊に任せてしまう事も可能。
「くっ、くそ!お前は魔導士では無かったのか!」
「魔法は今は訳ありで使えないんだ。まぁ、何故使えないかはお前達は知らなくていい事だ。どうせ死ぬんだし」
「ま、待てっ!我々を殺せば城の者達は死ぬぞ!」
「…何?」
「城に居る筈のお前を攫うのに我々だけだと思ったか!何故我々がこんな所に居たと思う?潜入した仲間達の退路を確保する為だ!」
…!グラウハウトの城に敵襲があるって事か!
拙い…セバスチャン達は今、薬で眠っている!
「わかったか?城の奴らを助けたければ我々に従え!」
「さぁ、武器を捨てて大人しく…ぐあっ!」
仕方ない…折角此処まで来たけど、戻るしかないな。
サッサとこいつらを始末しよう。
「それで正解です、ジュン様!」
「き、貴様ら!城の奴らがどうなってもいいのか!」
「何を言っている?お前達を殺さないと助けに行けないだろう?」
「なっ…」
「お前達に捕まると皆を助けに行けない。ならサッサとお前達を殺す。何が間違っている?」
「だ、だから!我々を殺せば仲間を止める手段が!」
「無いんでしょう?そんな手段は最初から」
「無いぞ…な、何?」
「潜入した仲間にすぐさま連絡を取る方法なんてそうはありません。向こうから連絡を取る手段はあっても。つまり、あなた達に従う理由は何もない。此処で始末します」
「ぐっ…な、なら…先ずあのメイドを捕まえろ!かかれ!」
「誰に言ってるんです?」
「もうお前以外は皆死んだぞ」
「なっ…」
何だかんだでノルンも黙って馬車で座ってた訳じゃない。
ノルンも結構な数の敵を倒してた。やっぱりノルンも相当デキるな。
「さて、と。お前で最後だ。覚悟はいいな?」
「ひ、ひぃ!く、来るな!うあぁぁぁ、あげ?」
「逃がしませんよ」
最後の一人はノルンが仕留めた。
いや、気絶させただけか?
「どうすんの、そんな奴捕まえて」
「他にも潜入した敵が居ないか、知ってる事を洗いざらい吐いてもらいます。拘束して馬車で転がしておきましょう。さぁ早く戻りますよ」
「ああ、うん」
そうだ、兎に角城に戻らないと。
間に合ってくれるといいんだけど…
「大丈夫です…流石に騎士や兵士全員を寝かせたりしてません。セバスチャン様達だけどうにかすればよかっただけですから…大丈夫、きっと大丈夫です」
本心では不安で仕方ないのだろう。
ノルンは自分に言い聞かせるように呟いていた。
そして来た道を戻り、隠し通路から城内へ。
出て来た時と変わらず、静かだけど…襲撃前に戻って来れたのか?
「…静かだな」
「ええ。敵が来たとは思えません。どうやら間に合ったようですね…セバスチャン様を起こしに行きましょう。セバスチャン様の部屋は……こっちです」
「うん」
食糧庫から出ると…灯りが点いてる?
でも襲撃があった様子は無いし…もしかして私達が城に居ないのがバレた?
「あら?ジュン様、そこに居たんですか」
「おうわ!」
「メリーアン先輩!?起きてたんですか!?」
「え?そりゃあ起きるよ。敵襲があったらね。でも、やるじゃないノルン。私達より先に起きて、ジュン様を避難させるなんて。それも愛の力?」
「え…襲撃…あったんですか?」
「もう終わったけどね。二度も同じ事して成功すると思ったのかなぁ。一度目は失敗してるのに。こっちだって警戒するってぇの。ねぇ?」
より詳しく聞くと。
セバスチャンの配下が城内だけでなく街の中でも警戒をしていて、侵入者を察知。
兵士や騎士団に連絡して城内に侵入した所を一網打尽。
損害無で殲滅出来たらしい。
「まぁ今日はなんだか妙に頭が重くて…起きるのに苦労したんだけど。御蔭で私、ノーパンノーブラですよ。ジュン様、見ます?」
「メリーアン先輩!もう…兎に角、無事で良かった。そうだ、私も襲撃犯の一人を捕まえてます。後で尋問を…」
「ほう。何処で捕まえたのですか?」
「あ、はい。街の外、西の森を超えた辺りです」
「ほう?街の外?外で襲撃されたと?」
「はい。それが…あ。せ、セセセ、セバスチャン様!?」
「おバカ…」
結局。ノルンのドジでサンフォード辺境伯領に向おうとした事はバレ…無かった。
二人で夜のデートを楽しんでいたと、何とか誤魔化せたのである。
城内の使用人の間では、ジュンはもうかなりの女好きという扱いになってるので疑われる事なく信じられてしまった。
だけど、こうもアッサリと外に出られたのは問題なので、監視を厳しくするとセバスチャンには言われてしまったが。
「まぁアレだ。本当の所がバレなくて良かった良かった」
「良くないです!ジュン様が女好きで認識されてるって…あああ、ジュン様が知ったらどんなにお嘆きになられるか…どうしてくれるんですか!」
「あ、やっぱり?怒るかな?」
「怒るし悲しみます!あああ…どうしよう…バラすわけに行かないし、かといってこのままじゃジュン様の名誉が…あああ…」
戦闘中はピンッとしてたノルンのアホ毛がまたシナッとしてる。
感情を表現してるの?アレ。
「あああ…ジュン様ぁぁぁ…お許しを…!」
「うん…元気だせ?」
そこまで落ち込まれると、流石に悪い事した気になって来るなぁ。
いや、実際悪い事したんだけども。
だから…元気だせ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます