第18話 「信じるのか?」
初手から…いや、何かする前に躓いてしまった。
油断があったのは確かだけど、私がこうもアッサリ背後を取られるなんて…
「答えてください。誰なんですか、あなた」
「だ、誰って…ジュンだよ。自分の主の顔を忘れたの?」
「いいえ。やはりあなたはジュン様じゃない。ジュン様はノルンの事を自分のメイドだと認めてはいますが、ノルンに対して自分の主だなんて言わない。こういう時、ジュン様なら幼馴染だとか恋人だとか婚約者だと言ってくれます」
「こ、恋人?」
こんの…!言うに事欠いて恋人だとぅ!?
この私を差し置いて!?
「グラウハウトに着いた時からおかしいと感じてました。いつもならジュン様は街の入口まで迎えに来てハグとチューをしてくれるのに。城に着いた時も呼ばれるまで来なかった。ジュン様らしからぬ行動です」
つまり、最初から疑われてたのか。
確かにジュンなら幼馴染が帰って来たとなれば例え使用人でも出迎えくらいするだろう…迂闊だった。
「ですが不可解な事に…あなたの見た目はジュン様そのもの…細やかな仕草や言葉使いから来る違和感に気付かなければジュン様じゃないなんて夢にも思わないでしょう。さぁ、答えてください。あなたは誰ですか?そして本物のジュン様は何処に?答えなければ…」
首筋に当てられた短剣がさらにグッと押し込まれる。
こいつ、ヤバい…本気だ。
「ふぅ…わかった、言うよ。でも到底信じられない話だと思うよ?」
「信じる信じないはノルンが決める事です」
「…出来れば短剣はしまって欲しいんだけど?」
「その言葉もジュン様なら言いませんね。これは小太刀。短剣ではありません。いいから話なさい。ノルンは…ジュン様が関わると色々セーブが効かなくなります。あんまりイライラさせると、うっかり殺しかねませんよ?」
「それは止めた方がいいな。私が死ねばジュンも死ぬと思うから。多分ね」
「…早く話しなさい」
「はいはい…」
こうなった以上、下手に隠すより素直に話した方がよさそうだ。
この子…私と同じでやると言ったらやる子だ。
「というわけで。私はアイシス・ニルヴァーナ。だけど身体はジュン。だから私が死ねばジュンの身体が死ね事になる。そうなったらジュンもどうなるかわかんないよ?」
「……」
ノルンに、こうなった経緯と推測を全て話した。
入れ替わったのは私とジュンのアビリティの相乗効果による物(推測だけど)だという事。
ジュンは私になってて、今は戦場に居る事。
「どう?信じる?」
「…簡単には信じられない、と言いたい所ですが…確かにそれなら今の状況に説明がつきます。良いでしょう、信じます」
「あれ?信じるのか?」
「この状況で嘘をつくならもっと信じやすい話をする筈ですから。ですが、それならそれでわからない事があります。何故、あなたはジュン様の下へ向かわないのですか?元に戻るつもりは無いと?」
「私だってコッソリ抜け出そうと試みた事はあるぞ?でもな…ほら」
「…魔封じの腕輪ですか。それと…逃亡防止用の腕輪ですね」
私だって今日まで訓練しかして来なかったわけじゃない。監視の眼を潜り抜け、ジュンが居る場所へ向かおうとはした。
でもセバスチャンからは逃げられなかった。
メイド達は何とか撒けるんだ。
でもセバスチャンにはどうしても見つかるし、見つかったとわかった時にはもう拘束されてる。
それでも諦めずに挑戦を続けてたら逃亡防止用の腕輪を着けられた。
これを着けてる限り、何処にいても魔法で簡単に位置が特定出来るし、街に入る時に兵士に捕まってしまう。
ここ迄されたら流石に諦めるしかない。
「魔封じの腕輪は私にはたいして意味は無いんだけどね」
「そうですか…セバスチャン様からは剣帝でも逃げられませんか」
「うん。あの人、何者なんだ?」
「ノルンも詳しくは。ただセバスチャン様はグラウバーン家の隠密部隊の長です。噂ではかなり腕利きの冒険者だったとか。しかし、困りました…」
「何が?」
「セバスチャン様が本気だという事が、です。セバスチャン様を出し抜かないと、ジュン様に会いに行けません。しかも一度出し抜いたら終わり、では無く目的地に辿り着くまで逃げおおせなくてはならない…困りました」
「ん?もしかして私に協力してくれるの?」
「当然です。だってそうしないと、ジュン様にハグしてもらえないじゃないですか。ジュン様の身体を女が使っているというのも不愉快です」
「あ、そう…」
私だって別に好き好んでこんな状態になったわけじゃ…何だかんだで結構楽しんではいるけども!
「…しかし、やるしかありませんね。作戦を練りましょう」
「いや作戦ったって…この腕輪がある限り無駄じゃない?」
「その点は問題ありません。ノルンが外せばいいだけです。それは自分では外せないだけで他人なら誰でも外せます」
「ああ、そっか…いや、でもあんたは私に着いてこれるのか?見た目はジュンでもステータスとアビリティは剣帝なんだぞ?その私がアッサリ捕まるのに、あんたが捕まらないとは思えないんだけど?」
「ノルンにアッサリ背後を取られた癖に。よく言えますね」
「ぐぬ…」
「ふふん。問題ありません。ノルンは『忍術LV7』を持っています。隠密行動や暗殺なんかはお手の物。敵地への潜入、脱出も慣れてます」
「忍術…?」
「ああ…アデルフォン王国で言う隠密やスパイの言葉を隣国のヤマト王国では忍…或いは忍者と呼ぶんです。その忍者が使う術を忍術と言います。因みに女忍者の事はクノイチと呼ぶそうです」
「クノイチ…?どう意味?」
「ノルンも昔、アヤメ様に教わっただけですから。そこまで詳しくは」
「アヤメ様?」
「亡くなられたジュン様のお母様です」
ジュンのお母様?
ああ…そう言えばティータがジュンのお母さんはヤマト王国の出身だとか言ってたような。
「さ、兎に角作戦です。今は監視がありませんから、作戦を練るのに丁度良い。多分、気を利かせてくれたんでしょうね」
確かに監視は無い。
それはつまりジュンとノルンの関係は周知の事実…という事か。
「ねぇ、作戦の前にさ。あんたとジュンの関係を教えなよ。私は全部話したぞ?」
「…何も聞いてないんですか?」
「…結婚の約束をしたとか何とか」
「それだけですか。では…ノルンとジュン様の関係はさっき言った通り、幼馴染で恋人で婚約者です」
「それは私が認めん!」
「は?」
「ジュンは私のだ!だからジュンとは別れろ!」
「…何言ってるんです?馬鹿なんですか?」
「誰が馬鹿だ!」
「あなたしか居ませんよ。…で、ノルンの母はノルンと同じく此処で働くメイドだったんですが…早くに病で亡くなり、アヤメ様が母親代わりになって育てて下さいました。そのアヤメ様も亡くなってしまわれましたが……だからノルンとジュン様は兄妹のようなものでもありますね」
ぐぬぬ…兄妹であり幼馴染であり恋人であり婚約者でもあるだとぅ…この女…完璧かっ!
「さぁ雑談はここまで。作戦を考えましょう」
「ふん!」
こいつの手を借りるのは癪だし、最初の予定とは大分違うけど…腕は確かみたいだし。味方に出来るならそれに越した事はない、か。
ジュンとして生活する上で味方が欲しかったのも確かだし。
此処はノッてやるとしよう。
…ジュンは決して渡さないがな!
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