第16話 「お許しあそばせ」
「帝国の第三皇女?」
「はい。そう名乗ってました」
サンメルドへの帝国軍の空からの奇襲。
それを退け、団長に第三皇女の事を報告。
破壊された建物の瓦礫の撤去は残っているが消火は完了。
今は領軍の兵が逃げ遅れた人の救助と治療にあたっている。
「大物が出て来たわね」
「アヴェリー・アーデルハイト・ファーブルネス…帝国の皇族の中でも随一の武闘派。長槍を持って龍に乗って戦う姿は美しく、勇ましい。『龍姫』と呼ばれる民からの人気も高い皇女ですね」
付け加えると確か今年十八。槍の腕だけでなく指揮能力もある為、若くして飛竜騎士団の一部隊を預かる女傑だ。
「どうして逃がしちゃったの?アイシス」
「だよね。捕虜にすれば良かったのに」
「それも考えたけど…そうしようとすると敵も死に物狂いになって抵抗するだろうし。街への攻撃を優先されると、防衛に周らざるを得ないし。これ以上街に被害が出る前に帰ってもらった方がいいかなって」
「「「……………」」」
「え。何、その反応…」
何かおかしな事言ったかな?
口調がおかしかったかな?まだ完璧じゃないのは自覚してるから、変に思われるのは仕方な……
「アイシスが頭を使ってる…」
「アイシスが魔法を使った事より衝撃的だわ…」
「えー…」
アイシスさん…貴女普段どんな言動を…
「…まぁ、いいわ。救助活動はまだ終わってない。私達も手伝うわよ。…ん?」
「アイシスさん!いやーよくぞ敵を追い払ってくださいました!遠目にですが、見させていただきました!素晴らしい戦いぶりでしたね!」
うあ、出た…サンフォード辺境伯様。何しに来たんだ?
「何か御用でしょうか?サンフォード辺境伯様」
「ええ!貴女の素晴らしい活躍を称えようと!よろしければ城でワインでも如何です?」
「…はい?」
何言ってるんだ、この人…城から此処まで来たなら街の惨状を眼にしただろうに。
領主なら他にする事がいくらでもあるだろう。自分が治める街が襲われたのだから。
「辺境伯様?そのような事をしてる暇があるのですか?」
「うん?敵は撃退したのだから何も問題はないでしょう?」
「…逃げ遅れた人の救助や瓦礫の撤去。更には再度敵の襲撃が有った場合の備え。いくらでもやる事がある筈です」
「救助や瓦礫の撤去などは兵の仕事です。襲撃に対する備えは騎士団長がやりますよ。何も言わなくてもね。我が領の騎士団は優秀なのです」
「………」
領主はそうでもないみたいですね…と、言ってしまおうかと思ったけど。
今のボクはアイシスさん…今言うのは得策じゃない…かな。
陞爵してたら…いや、ダメか。
「…そうですか。それは何よりですね。ですが私はこれから負傷者の治療に行きますので。それでは」
「治療?何故?貴女がそんな事をする必要は…」
「私は回復魔法が使えます。役に立てる筈です」
「おお!そう言えば戦場でも我が軍の治療をして頂いてましたね!いや素晴らしい!そうだ、先ず私に回復魔法を御願い出来ますか?」
「え?負傷をしたのですか?」
「はい。最初に攻撃を受けたのは我が城ですから。これこの通り」
…どれ?右腕の袖を捲くってこちらに見せてくるけど…怪我らしい怪我なんてないけど?
「…どれです?」
「これです、これ」
もしかして、ちょっと赤くなって蚯蚓腫れになってる軽い火傷の事?
………ほっとけば治るわ!
「時間が惜しいので、失礼します」
「は?ちょっと!私の治療は!?」
「必要無いでしょう!どれだけの怪我人がいるかわからないんです!無駄にMPを消費したくないので!」
「な…無駄!?辺境伯たる私の治療が無駄!?如何に剣帝と言えども許し難い!発言を撤回して、あだぁ!?誰、っあ、カ、カルメン!?」
「…全く。何をしているのですか」
いつの間にか辺境伯の背後にカルメンさんが。
いきなり後頭部を殴ってるけど…いいの?
「エルネスト様。自分の領地の民が苦しんでいるというのに。貴方は一体何をしているのですか」
「い、いや、これはだな…敵を撃退してくれたアイシスさんを労いにだな…」
「そんな事は後になさいませ。やるべき事を全てやってからで充分です。さぁ!指揮をお執りなさい!貴方が先頭に立たないでどうするのです!」
「あ、ああ…はい。すみません」
「…ふん。アイシスさん、でしたか。エルネスト様が失礼しました、お許しあそばせ」
「あ、いえ…はい」
「では、失礼いたします。ああ、白天騎士団の皆さんも、救助活動に御協力をお願い致しますわ。それでは」
怖い人だな…カルメンさん。
でも嫉妬深いだけではなく、プライドも高く何をすべきなのか良く分かってる人だ。
エルネスト様は領主としては今一つだけど…既にカルメンさんが尻に敷いてるみたいだし。
カルメンさんが傍に居る間は心配ないだろう。
愛想尽かれなきゃいいけど。
「ん~…サンフォード辺境伯様はダメだね。この状況であんな事言うようじゃ、この領地の未来は暗そう」
「レティも中々辛辣な事言うね。完全に同意するけど」
「カルメン様が居るなら大丈夫じゃないかしら。何でもあの二人は幼馴染で昔からカルメンさんが主導権を握ってるそうだし、カルメン様の実家のタッカー侯爵様も居るから、そうそうおかしな事にならないわよ。…多分」
「だといいんだけど…さ、余計な時間を取ったし、早く救助に行こう」
サンフォード辺境伯領の未来はカルメンさんに委ねられたみたいです。
頑張ってください、カルメンさん…いや、ほんと。
それから救助活動と負傷者の治療に数時間。
襲撃があったのが深夜。終った頃にはすっかり夜も明けて…結局ほぼほぼ徹夜になってしまった。
疲れた…でも…
「ありがとう、ありがとう…!」
「お母さんもお父さんも元気に…!ありがとうございます!」
「むしろ襲撃前より健康になりました!ありがとうございます!」
「王国の聖女様…!ありがとうございます!」
助けた人達の笑顔が見られたなら、疲れなんて吹き飛ぶね。
そう言えばグラウバーンでも同じ事したっけ。
その時は聖人様なんて言われて…おやぁ?
「癒しの聖女?」
「どしたのアイシス」
聖女って言われたからだろうか?
新たに『癒しの聖女』なんて称号を獲得してしまった。
相変わらず精神が男のボクである事は関係ないみたいだ。
詳細はっと…
【癒しの聖女:多くの負傷者を癒し、感謝と尊敬の念を集めた女性に贈られる称号。魅力上昇。光魔法と回復魔法の効果上昇。アンデットに対して強くなる】
んん~?獲得条件が『戦場の女神』とほぼ同じだけど…何故一緒に獲得出来なかったんだろう?
街と戦場の違いはあれど負傷者を治療したのは同じだし。
「『癒しの聖女』?また称号をゲットしちゃったの?」
「聖女ね…最近のアイシスならわからなくもないけど、ちょっと前のアイシスには似合わない言葉だよね」
「そうね。でも…アイシス、聖女の称号を得た事は黙って置いた方がいいわ」
「え?」
「ああ~…そうかもね」
「教会の連中が黙ってなさそ」
「確実に勧誘に来るわよ。剣帝ってだけでも近寄ってくるでしょうし。名誉司祭にしてあげるとかなんとか言って。信者集めの客寄せの為に。剣帝で更に聖女となれば…そうね、教皇の妻に。何て言いだすかも」
「うわぁ…教皇ってお爺さんでしょ?いやすぎー」
「それは羨ましく思えないね。ステータス、隠しときなよ、アイシス」
「う、うん…」
教会…
人のみならず、エルフやドワーフ。獣人、魔族においてすら、知性ある者は皆、神の子である。
故に皆、手を取り合い愛すべき隣人であり、争うなどもってのほかである。
という教義を掲げる宗教団体。
その考え方事体を否定するつもりは無いし、教会がやってる慈善活動や孤児院の経営なんかには大いに賛同するところだけど…いくら知性があるからってゴブリンやオークまで良き隣人扱いはちょっと…
勧誘も熱心…というよりかなりしつこくて。
グラウハウトの城にも良く来てた。
幾らか寄付するまで帰らないから、父上は嫌ってたっけ。
ボクもどっちかと言えば苦手。
因みに。ステータスボードで他人に自分のステータスを見せる際、一部は表示しないように隠す事が出来る。
職や賞罰なんかは隠せないが、称号やアビリティは隠す事が出来る。
「さ、瓦礫の撤去なんかは領軍の兵に任せていいでしょ。私らは寝ようよ」
「その前に御風呂入りたーい!」
「そうね。汗まみれだし御風呂に行きましょ」
「だね」
ボクも流石に疲れたし…御風呂で汗を流してゆっくりと…
「(ジュンさん。鼻の下、伸びてます。わかってると思いますが…)」
「(はい。見ません。決して)」
ティータさん…御風呂の時は毎回釘を刺すつもりなのかな。
そりゃ見られるのは嫌でしょうけど。少しは信頼して欲しいです。
ハァ…女性になるって大変だな。アイシスさんは上手くやってくれてるだろうか…
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