第14話 「怖いねぇ、女の嫉妬は」
拝啓、父上。
父上も大層な活躍をしておられると聞き及んでおりますが、御怪我はありませんか?
ボクは今…
「っぷはー!気持ちいいー!」
「癒されるぅ~!」
「戦場じゃお湯で濡らしたタオルで身体拭くくらいしか出来なかったものね」
大浴場と言う名の、楽園に居ます。
「どしたん?アイシス」
「何で眼を瞑ってんの?」
「気にしないでくだ…気にしないで」
ボクがアイシスさんと入れ替わって四ヶ月。
女性だけの騎士団に居るわけだから、こういう眼のやり場に困る場面はよくあった。
だけど…戦場には御風呂は無かった。
こうなると流石に…アイシスさんの身体は眼を瞑って着替えるとかティータさんに手伝ってもらうとかして何とかして来たんだけど…大浴場はもう無理。
どうしても…眼に入ってしまう。
ボクに出来るのは出来るだけ眼に入らないようにするだけ…
「ティータも何で微妙に離れてんの?」
「もうちょっとこっちおいでよー」
「…気にしないで」
事情を知ってるティータさんはボクに裸を見られないように離れてる。
見ないから安心してください…と言っても安心出来ないだろうな…
「あー生き返る…でも、私達が抜けてアンティナ戦線は大丈夫かな」
「今頃突破されてたりして」
「大丈夫よ。蒼天騎士団と橙天騎士団が来てくれたんだから。だからこそ私達は後方に下がって休息が取れるんだし」
「四ヶ月間、最前線で休み無だもんねー」
「グラウバーン辺境伯様には感謝だわ」
今、アデルフォン王国とファーブルネス帝国との戦いは主に三つの戦線で戦っている。
サンフォード辺境伯領から見て西方、白天騎士団が居たアンティナ草原。
次にアンティナ草原から見て北西。王国が築いた砦を巡って争うフーエル山岳地帯。
最後にアンティナ草原から見て南南東。橋を越えて進軍してくる帝国軍を抑えるセーチェ河。
その三つの戦線の内、セーチェ戦線で父上が指揮する王国軍が帝国軍を撃破。
更に帝国軍の砦を奪取。セーチェ戦線を大幅に前進する事に成功する。
砦の奪取に成功した事で余裕の出来た王国軍は蒼天騎士団と橙天騎士団をアンティナ戦線へ派遣。代わりに白天騎士団は後方に下がってしばしの休息を取る事に。
場所はサンフォード辺境伯領の領都サンメルド。
近くに湖のある、水の豊かな所だ。
「橙天騎士団かぁ…蒼天騎士団ほどじゃないけど、あそこも変わり者の集りだよね~」
「だねー。知らなきゃサーカスの一団にしか見えないよね」
「アハハ…」
ボクも最初に見た時は驚いた。
橙天騎士団…一族代々から受け継がれる特殊な魔法や魔獣を使役するテイマー等で構成された騎士団。特に戦闘支援を得意とする者が多く、騎士団の特色も他の騎士団を支援する事が主任務。
故に別の騎士団をセットで行動する事が多い。
そしてどういうわけか…おかしな格好をしてる人が多いのだ。
魔法的な意味合いのある服装の人も確かにいるのだが、ピエロの恰好や上半身裸の…秘境の蛮族みたいな恰好の人まで。
バリエーションに富んだ騎士団だった。
それでも他の七天騎士団と同じように騎士団の名を冠する色…橙の色で統一はされていたが。
それがまた異常性を感じさせるというか…ボクに言わせれば、見た目は蒼天騎士団の方がずっとまとも。というより蒼天騎士団は見た目は立派な騎士団にしか見えないから、余計に橙天騎士団がおかしな集りに見えてしまった。
「…ふぅ」
「どったの、アイシス」
「溜息なんてついて。珍しい」
「ああ、いや…この戦争はいつ終わるのかなってね」
「…そだね。いつ終わるんだろ」
「いつ終わるのかはわからないけれど…王国の勝利で終わるのは確定的よ」
「ほほう。聞かせてもらおうじゃない。ティータ君の戦略眼を」
「そんな大げさな話じゃないわよ。何故ファーブルネス帝国はアデルフォン王国に戦争を仕掛けたのか、その理由は知ってるわよね?」
「人が住める地域が減少してるんでしょ?」
帝国の南部…元々は湖もある緑豊かな場所だったが湖は干上がり、草木は枯れ。
人が住めない土地へと変わって行った。一部では砂漠化が進み荒地化も進んでいる。
その原因は不明のままだ。
「だから国力がまだある内に王国に戦争を仕掛けた。土地を奪う為に」
「帝国南部が荒れていってるのは王国の陰謀だーって因縁つけて、ね」
「国民と他の周辺国への言い訳ね。嘘だって丸わかりでも大義名分が必要だったのよ」
「ま、それは解るよ。で、それがどうしたの?」
「つまり元々、アデルフォン王国とファーブルネス帝国の国力は互角だった。だけどファーブルネス帝国の国力はここ数年で衰える一方。逆にアデルフォン王国は国力を伸ばし続けた。更に今もなお、帝国は衰弱していく。戦争をしてるから尚更ね。時間を掛ければ掛ける程に帝国は不利になって行く。最初から勝ち目の薄い戦争だったのよ、帝国にとってはね」
それでも戦争を仕掛けざるをえなかった。それが宣戦布告無の奇襲へと繋がるわけだ。
「本音を言えば最初の奇襲で全ての決着を着けたかったのでしょうね。。他国からの批判は承知の上で。だけどそうは行かずに、戦線は膠着状態が続いた。アデルフォン王国は今の戦線を維持するだけで戦争に勝利出来る。という訳よ。勿論、何事も無ければ、だけど」
「ふーん…でもさぁ帝国を支援する国もあるでしょ?帝国と同盟を結んでる国とかさ」
「王国にも同盟国はあるし、帝国を支援する国には交渉を進めている筈よ。…黒天騎士団も動いてるしね」
「「ああ…」」
黒天騎士団…暗殺と敵地での攪乱工作等を主任務とする騎士団。
その任務と黒という色も相まって暗殺者集団と呼ばれたりもする。
今では帝国に侵入し、各地で色々と動いている、らしい…
「ん、んん~!そろそろ上がろっか」
「だね~今日は早く寝よっ」
「そうね(ジュンさんは私より前を歩いてください。振り向いたりしたら…)」
「(はい…)」
もし見たりしたら…殺されそうだなぁ。
ダイナさんとレティさんに関しては…ごめんなさいとしか。
浴場から出て白天騎士団用の宿舎の食堂へ。
そこへ向かう途中、ちょっとめんどくさい人が待っていた。
「あ…サンフォード辺境伯様」
「やぁ。お待ちしてましたよ、アイシスさん」
白天騎士団が後方に下がる時、サンフォード辺境伯も一緒に下がった。
そして此処はサンフォード辺境伯領の領都サンメルド。当然、そこにサンフォード辺境伯の居城もあるわけで。
そして、それはいいのだけど…この人、アンティナ戦線でも暇を見つけてはボクに話し掛けて来た。その理由はまぁ…ボク…じゃなくてアイシスさん狙いなのは明白だった。
「ええと…何か御用でしょうか?」
「はい。よろしければ我が居城でお食事などどうでしょう?」
「折角のお誘いですが、ご遠慮します」
「…何故でしょう?」
「辺境伯様には奥方がいらっしゃるではないですか。誤解されては大変です」
「まだ婚約者ですから、妻ではありませんよ。それに父が死んで他の親族も先の襲撃で大勢死んでしまいました。サンフォード家の当主となった私には多くの子を作る義務がある。わかって頂けますよね?アイシス殿」
と、まぁ…中々に露骨な誘い文句で誘って来る。
アイシスさんに断りなく辺境伯家の一員となるチャンスを潰していいのか、と悩みはしたがティータさん曰く、確実に嫌がるから何とか断った方が良いとの事だし。
ボクも何となく嫌なので断り続けているのだが…かなりしつこい。
「仰る事は理解しております。ですがやはりご遠慮させてください。私は騎士。今は戦時下です。いつ戦場で命を散らすか解らぬ身の者を婚約者にするのは避けた方が良いでしょう。それに…後ろを見た方が宜しいかと」
「え?」
サンフォード辺境伯様の後ろにはとても怖ーい顔をした女性が。
サンフォード辺境伯様と同じ十代後半、桃色の髪で釣り目の女性。
確か王城に勤める軍務系貴族の重鎮、タッカー侯爵の長女カルメンさんだ。
「カ、カルメン…何故此処に?」
「あら?私が此処に居ては何か不都合な事でも?」
「い、いや…そういうわけでは…」
「…ふん。長きにわたり戦場で戦って来た婚約者であるエルネスト様を癒してさしあげようと思いましたの。ですが…その必要は無かったようですわね」
「い、いやぁ!そんな事は無いぞ、カルメン!で、ではアイシスさん、これにて失礼!また今度武勇を聞かせていただきたい!」
「はい、機会がありましたら」
「…ふん!」
…行ってくれたか。
カルメンさんの噂は少し聞いた事があるけど、噂通りに嫉妬深い方みたいだ。
今回はその性格に救われたけど。
「いやぁ…怖いねぇ、女の嫉妬は」
「サンフォード辺境伯様がアイシスを狙うのは解るけどねぇ。詰めが甘いね」
「何と言っても『剣帝』の称号を得たアイシスだものね。戦争が終わればニルヴァーナ家は騎士爵から最低でも男爵へ陞爵。これまでの活躍を考えれば伯爵位もありえる。そうでなくても『剣帝』を欲しがる貴族家は多い。もしかしたら王家も動くかもしれないわね」
アデルフォン王国では「帝」の称号を得た者は平民でも貴族として召し上げられ、平民の場合は最低でも男爵位。元々が貴族家だった場合は輩出した家が二階位陞爵する。
サンフォード辺境伯様がアイシスさんを欲しがるのは弱ってしまったサンフォード辺境伯家の権勢を取り戻す為と将来男爵位以上になる事が確定的なニルヴァーナ家を自分の傘下に置きたいって所かな?『剣帝』を妻にしたっていう箔も欲しいのだろうけど。
「じゃあさじゃあさ。きっと今頃ジュンちゃんも大変だろうねぇ」
「『魔帝』に至ったって噂だもんね。それが本当ならグラウバーン辺境伯家は…公爵家になるの?」
「公爵位は王家の分家筋にあたる血筋にのみ与えられる爵位だから、いきなりは無いんじゃないかしら?先ず侯爵に陞爵させて…王家の娘をジュンさんの妻にしてから公爵位を授ける、という形になるんじゃないかしら?」
「あちゃ~ジュンちゃんが王家に取られちゃうのか~」
「あ、グラウバーン家は元々王家の遠い分家筋なので、それは無いかと」
「へ?そうなの?」
「ていうか、アイシス?何その喋り方?まるでジュンちゃん本人みたいだよ?」
「あ。ああ…えっと…き、気にしないで」
「ん~?」
…ハァ。自分の話だからついうっかり、素で応えてしまった。
で、ダイナさん達の話の通り、アイシスさんの剣術LVは10になり。
ボクの全魔法はLV10になっていた。
それは凡そ一月前。ボクの誕生日が過ぎたくらいに、ステータスをチェックした時に分かった。
ボクとアイシスさんが入れ替わっている状況についても解った事がある。
先ずはボクが経験値を稼ぐとアイシスさんにも経験値が入る。逆もまた同様に。
アビリティのLVも同じで、ボクが全魔法のアビリティを上げるとアイシスさんの方も上がる。
アイシスさんが剣術アビリティのLVを上げるとボクの方も上がる。
従って…今のアイシスさんのステータスはこんな感じだ。
-----------------------------------------
アイシス・ニルヴァーナ LV62 状態:接続 (ジュン)
性別:女
職(身分):騎士(白天騎士団所属 アデルフォン王国騎士爵令嬢) 賞罰:無
年齢:十五歳
称号:剣帝 殲滅者 戦場の女神
アビリティ:剣術LV10 体術LV3 全魔法LV5 アビリティリンク
能力値:HP939 MP4531
物理攻撃力3260(350)
魔法攻撃力3227(50)
物理防御力1522(200)
魔法防御力2177(120)
力555 魔力1947
体力1187 器用さ1150
知力1180 精神力1112
速さ1399 魅力867
----------------------------------------
この短期間で所持すらしていなかったアイシスさんの『全魔法』のLVが5に。
『英雄を生むのは戦争である』なんて言葉を言った人が居たけど…確かにLVはグングンあがる。
ボク…アイシスさんだけじゃなく、白天騎士団全員がかなりLVが上がっているらしいし。
そしてボクのステータス。
ボクのステータスはアイシスさんになってるボクには確認出来なかった。
今までは。
だけど、いつの間にかボクの隠れアビリティの詳細が開示されていた。
その結果ボクのステータスも確認出来るようになったのだ。
ボクの隠れアビリティの正体は『ステータスリンク』。
間違いなく特殊アビリティで詳細はこの通り。
【ステータスリンク:選んだ対象の能力の数値が自己の能力の数値より上の能力がある場合、一時的に自分の能力値を対象の能力の数値と同値にする。発動条件:対象にキス】
っと、まぁ…アイシスさんの【アビリティリンク】と似通った能力ではある。
要するにボクの力よりアイシスさんの力の方が数値が上だから、ボクの力の数値はアイシスさんの力の数値と同値になる、という訳だ。
だけど見て解るように『ステータスリンク』に精神が入れ替わるなんて効果は無い。
てっきりボクの隠れアビリティが原因かと思ったのだけど、そうでは無かった。
でも全くの的外れでもなかった。
正解は『アビリティリンク』と『ステータスリンク』の両方が原因だった。
どういう事か。
それは二種類以上のアビリティが同時に発動した際に起きる相乗効果…シナジーだ。
それは良い効果の場合もあるし、悪い効果の場合もある。
例えばこんな例がある。
『心眼』というアビリティがあって、ある盲目の少女が持っていた。
その少女は眼が全く見えないのに『心眼』のアビリティの御蔭で普通の人と同じように生活出来た。
その少女はある日『感覚共有』というアビリティを得た。
それは他人が体験した感覚…木から落ちた時の落下感や真新しい生地に触れた時の手触り等を実際にする事なく体験出来るというだけのアビリティだった。
だが『心眼』を常時発動していた少女は『感覚共有』も同時に発動。
すると『心眼』と『感覚共有』の相乗効果が発動。
少女の眼は普通の人と同じように見えるようになった。
これは良い例と言えると思う。
次に悪い例。
『読心』という他人に触れる事で対象の心を読むアビリティを持った青年が居た。
その青年が『飛耳』というかなり遠くの布ずれの音さえ聞き取る事が出来るという…平たく言えば耳が良くなるだけのアビリティを持つ女性に『読心』を使った。
すると『読心』と『飛耳』とで相乗効果が発動。
青年と女性を含む、その場にいた人間全ての声がその場に居た全員に聞こえるようになったという。
そしてボクとアイシスさんの場合だけど…良い効果と悪い効果、両方あると言えると思う。
精神が入れ替わったのは…悪い効果だ。間違いなく。
良い効果はお互いの成長が飛躍的に早くなった事。
称号の恩恵をお互いに受けてる事が出来ているのも良い効果と言えると思う。
つまり、このままの状態でLVを上げて行けば…ボクとアイシスさんは『魔帝』と『剣帝』、二つの能力を併せ持った存在へと至る。
それは一体どんな存在なのか…自分がそんな存在になる事に喜びを感じ、興奮する。
でも同時に少し怖くもあり、ズルをしたようで少し引け目も感じる。
きっとアイシスさんなら気にしないのだろうけど。
「あ~あ~…アイシスだけじゃなくジュンちゃんまで遠い存在になっちゃいそ」
「まぁ、ジュン君は元々辺境伯家の御曹司。最初から私らからしたら遠い存在だけどね」
「そういう事言わない!あ~元気にしてるかなぁ、ジュンちゃん」
「…元気だよ、きっと」
「だよね!でも…今頃ジュンちゃんには縁談の申し込みが山ほど来てるはず…ジュンちゃんが誰かのモノになっちゃう前に、もう一度会いたーい!」
「会ってどうするのよ。それにグラウバーン辺境伯様は戦場に居るのよ?親である辺境伯様を通さずに縁談なんて進まないわよ。だから安心しなさい」
「そっかー!良かったね、アイシス!」
「う、うん…」
ええっと…申し訳ない。
実はもうボク、結婚の約束した人が…居るんですよね。
公にしてませんけど。
バレたら面倒そうだから言わないでおきます、ごめんなさい。
…まだ王都に居る筈だけど、元気にしてるかな。
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