第8話 「死んで欲しくないから」

「それでは今日から皆さんには二つの魔法を習得してもらいます。魔法使いが覚える基礎中の基礎魔法ですが武人として高い能力を持つ皆さんに御薦めの魔法です」


「「「はーい」」」


 今日は街の外で白天騎士団の人達と魔法訓練だ。

父上の話では国内で大規模な盗賊狩が行われているのはもう広まっている為、盗賊は隠れているらしい。


 その為、領内の盗賊狩は難航しているがあと一月もあれば終わるだろうという話だった。

あと一月…それだけの時間で戦いに役立つ魔法を覚えるのは難しい。

精々二つが限度。故にボクが選らんだのはこの二つだ。


「先ずは手本を見せます。一つ目はこれです」


「それって…訓練でやってたやつじゃないの?」


「はい。基本は同じです」


 手に魔力を集めて固めて球体を作り浮かべた物。

今度はこれを目標目掛けて飛ばす。

目標は…あの岩だ。


「マジックショット!」


「「「おおー」」」


 無属性の魔力の塊を打ち出す魔法マジックショット。

魔法使いが覚える基礎の魔法だが色々と応用の利く魔法だ。


「岩に穴が開いてる…」


「ただの鎧を着てるだけの人間がくらえば即死だね」


「威力は大した事ないですが打ち出す塊の形を変える事で色々応用を利かせる事が出来ます。こんな風に」


 球体から無数の細長い針ような物に形を変えて打ち出す魔法マジックニードル。


 細い三日月ような形に変え対象を斬る魔法クレセントショット。


 大きな人の手のように形を変えて対象を押さえつける魔法マジックハンド。


「此処まで出来るようになる為には長い修練が必要ですがマジックショットを習得出来ればいずれは出来るようになるはずです。遠距離攻撃手段が無い方が覚えるには便利ですよ」


「ん~…じゃあ私みたいな弓使いには不要な魔法?」


「そうでもないですよ。むしろレティさんのような弓使いにこそ覚えて欲しいですね。もう一つマジックショットの応用魔法をお見せします。レティさん、弓を構えてくれますか」


「んにゃ?うん…そんで?」


「そのまま構えててください。マジックウェポン」


 レティさんが構えた弓矢の矢じりを魔力で覆う。そしてそれを…


「いいですよ、そのまま岩に向って射ってください」


「う、うん!」


 放たれた矢は岩を貫きそのまま飛んで行き更に奥にある岩をも貫いた。

流石弓術LV6を持つ弓の達人。この程度の強化でこの威力を出せるなんて。


「す、凄い…」


「ええ。凄いですね、レティさんの弓は」


「そうじゃないよ!私の弓で岩を貫くなんて!」


「ああ、はい。このマジックウェポンまで覚えるのは時間が掛かるでしょうけど、今までやって基礎訓練を続ければいずれは出来るようになりますよ」


「なぁなぁ、ジュン。これ、剣も強化出来る?」


「可能です。でも剣や槍を強化する場合はマジックショットの応用魔法というより、別の魔法の応用になります。それが皆さんに覚えてもらうもう一つの魔法です」


 それがマジックアーマー。

身体全体を薄い魔力の膜で覆い防御力を高める魔法。

剣や弓などの物理攻撃は勿論、魔法攻撃も防いでくれる。

威力の弱い攻撃なら全くの無傷でいられるだろう。

マジックアーマーを貫いて来る攻撃でもある程度弱めてくれる為、致命傷に至り難くなる。


「ふうん…ちょっと攻撃してみてもいい?」


「…ええと、流石にアイシスさんに剣で攻撃されたら防げないと思うので出来れば素手で軽~くでお願いします」


「うん。じゃあ…そーいや!」


 ガン、とボディを殴られる。

本気で殴られたらアイシスさんのLVなら素手でもダメージがあったと思うけど、痛くない。

ちゃんと手加減してくれたみたいだ。


「おー…堅い堅い。確かに前線で戦う私らにしたら覚えて損はない魔法だね」


「はい。これも応用として盾や鎧にだけ纏わせるマジックシールドという魔法があります。防御する範囲が狭くなる分、より強固にガードされますよ」


「いいですね。じゃあ早速、訓練を始めましょう。ジュン君、呪文を教えてくれますか?」


「あ、この魔法には呪文の詠唱は必要ありません。魔法名を詠唱するだけで使える筈です」


「え?そうなのですか?」


「はい。無属性魔法は全て呪文の詠唱が必要ありません。その点もこの魔法が御薦めの理由ですね」


 無属性魔法は全ての魔法の基本となる魔法。

無属性魔法が使えて初めて他の属性の魔法が使えるようになる。

例外はボクのように「全魔法」のアビリティを生まれつき持ってたように何らかの魔法アビリティを持っている人だけ。


 マジックショットを習得すればファイアショットやアイスショットといった派生魔法を習得できるし、マジックアーマーを習得すればアースアーマーやサンダーアーマーを習得できる。


 無属性魔法しか使えない者は魔法使いじゃないなんていう人もいるけど、ボクの考えでは無属性魔法の利便性は高い。

この短期間で覚えるにはこの二つで間違いない筈だ。


 特に…生存率を上げるマジックアーマーは確実に覚えてもらいたい。


「それじゃマジックアーマーを優先して覚えてもらいたいと思います。イメージとしては体内で練り上げた魔力を――」


「えー。私は先にマジックショットを覚えたいなぁ。地味だけど攻撃魔法を覚える方が性に合ってるし」


「いえ先ずはマジックアーマーを優先しましょう。皆さんが此処に居られる期間はあと僅か。その間に二つ覚えれるかどうか…かなり厳しい。となればマジックアーマーを優先すべきですね」


「何でさ?」


「守りが重要なのは理解出来ますが…」


「それは…皆さんに死んで欲しくないからです」


「え?」


「単純に考えて、生存率を上げるという意味でなら攻撃魔法のマジックショットを覚えるよりはマジックアーマーの方が良い筈です。一対一の戦闘ならまだしも多対多の戦争が始まる前に覚えるなら…うぷっ」


「あーもう!良い子だなぁ!大好き!チュッチュッ!!」


「ダ、ダイナさん!?」


 ダイナさんにいきなり抱きしめられて…ほっぺにキス!?なんで!?


「ごらぁぁぁ!ダイナ!ジュンは私のだ!離せぃ!」


「いいじゃん!こんな可愛いくていい子、独り占めなんてズルい!そもそもアイシスのじゃないしー!」


「そうね。ジュン君はもはや私達白天騎士団のアイドル…アイドルの独り占めは感心しないわね」


「はい!はいはい!私もそう思うー!」


「団長!?レティまで!?」


「んんっ…わ、私もそう思います」


「ティータ!?この裏切り者ー!」


「決まりね。ではダイナだけジュン君をハグしてキスしたというのは実に不公平よね。全員で順番にハグしましょ。では先ず私から」


「えー!ちょ、ボクの意思は!?」


 結局…白天騎士団の全員にハグされてほっぺにキスされて…もみくちゃにされた。

白天騎士団の総数は二千名。二千名全員にハグされるだけでかなりの時間を費やしてしまった。

御蔭でその日は剣術訓練は御休みになってしまった。


 


 そしてそれから一ヵ月が経過。

グラウバーン辺境伯領内の盗賊討伐は完了したとみなされ、白天騎士団が王都に戻る日が来た。


「ご苦労だったな白天騎士団。戦争が始まればまた会う事になるだろうが、それまで達者でな」


「はい、辺境伯様。またお会いしましょう。それにジュンく…ジュン様も、御元気で」


「はい。剣の指導、ありがとうございました」


「いいえ、こちらこそ。魔法の指導ありがとうございました」


 この二ヵ月で何とか全員マジックアーマーの習得までこじつけた。

マナショットも習得出来たのは約半数。残りも習得まであと僅かと言えるとこまで来てるので後は自主訓練でなんとかなるだろう。


 ボクの方は「剣術 LV1」が「剣術 LV2」になってLVが20から21になった。

騎士の腕前に比べたらまだまだだけど…それなりに成長出来たと言えると思う。


「アイシスさんもありがとうございました」


「うぅぅ~…ねぇ、やっぱりジュンも王都に行かない?」


「アイシス!バカ言わない!」


「だぁって~!結局一緒に寝る事も御風呂に入る事も出来なかったしぃ!ハグとほっぺにチューくらいしかしてないんだぞ!?」


「アイシス…辺境伯様の前だって事忘れてない?」


 今は城の門前で見送りに来てるのだけど…父上の他にもメイドや執事も見送りに来てるわけで。

アイシスさんの発言に父上のみならず皆怖い顔してる。特にメイド達。


「…アイシス殿。いくらジュンが貴殿のファンだからといってもだな。ジュンを王都に連れて行く事は許さんぞ」


「う…うぅ…」


「…アイシスさん、御元気で。またいつか会いに来てください。ボクも機会があれば王都まで会いに行きますから」


「うぅ…えいっ!」


「え?むぐっ」


「「「あー!!!」」」


 え?何?え?キス?キスされたの?ほっぺじゃなく唇に?

こんな…父上だけじゃなく、大勢の人の前で?


「グフ…グフフフ…私のファーストキスはジュンにっ…ん?あれ?隠れアビリティが…ぐはっ!」


「すみません!本当にすみません!このバカは私共で折檻しておきますから!どうか穏便に!」


「ほら行くよ!バカアイシス!」


「あんたなんばしよっとか!?」


「もっと時と場合を選びなさいよ!」


 ち、父上が爆発しかかってる…ない?凄いニヤニヤしてる。と、兎に角、離れた方がいいかな、うん。


 何か妙な感覚があるけど…それは後にしよう。


「そ、それじゃ白天騎士団の皆さん!御元気で!全員揃って会いに来てくださいねー!」


「はい!それでは!白天騎士団!出発!」


「ジュンー!必ず迎えに行くからねー!」


 行っちゃったか…何だかんだで忙しくて楽しい日常だったな。

戦争が始まれば次に会えるのは…戦争が終わってからになるかな。

その時は白天騎士団全員無事に会えるよう、祈ってます。


「それでは父上、おやすみなさい」


「ああ、御休み」


 白天騎士団を見送って数時間。

メイド達やグラウバーン家の騎士達に魔法訓練の続きをしてからベッドへ。

今頃は白天騎士団も何処かで野営中かな…zzz









……………………


「……シス!起きてアイシス!」


「…う?ううん…」


 この声は…ティータさん?

何故ボクの部屋にティータさんが?

周りも何だか騒がしいし………爆音!?


「ティ、ティータさん!?何故此処に!?」


「早く起きて!武装しなさい!敵襲よ!」


「え?敵襲!?」


 って、此処どこ?

ボクは自分の部屋で寝ていた筈…でも此処は…テントの中?


「何ボケっとしてるの!早くしなさい!死にたいの!?」


「え、一体どういう…うわぁ!」


 何だ?テントが吹き飛んで…魔法攻撃か!?


「え…どういう事…」


 テントの外は草原で…周りは炎に包まれて…まるで戦場…


「何だ…これじゃまるで戦場…」


「アイシス!いつまで寝ぼけてるの!まるでじゃなく戦場!戦闘の真っ最中よ!」


 部屋で寝て眼が覚めたら戦場…そしてティータさんはボクをアイシスさんと呼ぶ…一体どういう事!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る