168 毎週デビュー、期待のルーキー。

「いらっしゃいませ、おはようございまーす!」

「ごきげんよう、アリ様。今日もお仕事前にホットレモネードをと…………あら?」

普段と何一つ変わらぬように見える、開店直後のいつもの当店。レジに立つ私に律儀に深々とした挨拶をしてくれた、食堂勤務お仕事前のゴルテーシャさん。彼女はお目当てのペットボトルを手にし、そのまま隣のおにぎりの棚に目を向けた。

「このおにぎりは見覚えがないですわね……へぇ、チーズおかか……美味しそう、とても気になるわ……あら、おぼろ昆布ですって。こちらもお初かしら?ねぇアリ様、これらはどうされたのですか?もしかしてアリ様の手作りかしら?」

ゴルテーシャさんはホットレモネードとおにぎり二つを両手に抱え込み、にこやかに尋ねてきた。

「あ、そちらは今日から発売開始した新商品です!私の手作りじゃないですけど、本部の商品開発部が頑張って開発したイチオシだそうです。濃厚なチーズとおかかの相性が抜群で、お腹も心も満足できる一品だそうですよ」

って、新商品案内のページに書いてありました。私は試食したこともないし、説明文を読んで入荷してるだけだから、ぶっちゃけ詳しくは知りません。

「あらあら、新商品?素敵ね。よく見たらこっちのサンドイッチにも、サラダにも……もしかしてあちこちにあるのかしら?」

「はい、ようやく当店のシステムを更新できたので、これからは定期的に新商品を入荷できるようになったんです!お菓子にもドリンクにもお酒にもカップ麺にも、売場のあちこちで新種類がお待ちかねですので、どうぞごゆっくりご覧ください!大体どれも棚の最上段か二段目にありますし、コーリンさんお手製の新商品POPを付けたので、すぐに分かるかと思います」

物静かで読書と文字好きの当店バイト、コーリンさん。彼女の面接時にひっそりと企んでいた手書きのお手製POPを、今回導入してみたのだ。『新商品!』とか『店長のオススメ!』とかいうフレーズを、非常に多種多様なデザインと綺麗な文字で仕上げてくれた。まぁ私には読めないけれど、お客様に通じれば問題なし。

「あら、それはとても素晴らしいですわね!是非買ってみなくちゃ。お友達やガゼータさんにもお知らせしておきますね」

「ありがとうございます!」

お客様から直接喜んで貰えるなんて。電話越しのパワハラに堪え忍んだ一昨日と、一人で大苦戦した昨日が、報われるってもんだよ。



めでたく開店を迎えた異世界二号店に足を運んだり、そこでまぁ思い返したくもないほどの色々があったり、自分の店に戻ったらお馴染みのレジ内を、お馴染みじゃない魔術具リスちゃんが走り回ってたり。そんな超濃厚な日の夜八時前。

プルルルルルルル

何の変哲もない固定電話のコール音が、今の私にはストレス地獄への誘いにしか聞こえない。大袈裟にごくりと生唾を飲んでから、私は覚悟を決めて受話器を取った。早く帰宅してこのピンク髪ギャル変装から解放されたかったんだけどなぁ……

「お電話ありがとうございます、カインマート鈴浦店でございます」

どうせこの番号にかけてくる相手なんて決まってるんだから、お決まりのご挨拶もいらないかな?長いし面倒だし噛みそうだし。『どーもー』とかでもいい?

「はい、いつも棒読みの挨拶をご苦労様。SVの早寺です。喜びなさい、貴女の願いを叶えて差し上げましたよ」

ほらー、やっぱり開口一番嫌味爆発の早寺さんだよ。相変わらず人の神経を逆撫でするのがお上手ですね。

「それはそれはありがとうございます………で?何の話でしたっけ?」

「は?正気ですか?」

やたらと有頂天な早寺さんには申し訳ないけれど、彼曰くの私の願いって何のことでしたっけ?私何か頼んでたっけ、こんな人に?

「はぁ……貴女の極小脳みそには毎回驚かされますよ。もはや野生の小動物と共に森を駆け回る方がお似合いなのでは?」

「小動物……」

こっちではシマリスちゃんが森じゃなくてレジカウンターを走り回って、レジ接客をしてくれる世界ですよ。あなたは知らないでしょうけど。


「手短に簡潔に教えてあげましょう。今頃になって貴女が呑気に報告してきた、新商品入荷の件ですよ。この俺が情報収集に各所への手回し、更には発注システムの再構築まで、全てを短期間でクリアしてあげたんです。『新商品がなく代わり映えのない売場故に売上が延びない』等という、大人げない戯れ言はもう言わせませんからね?これからはより売上向上に努め、本部と俺の成績に貢献して下さいね?それじゃあ」

手短にって言ったのになっがい台詞だなぁ…ってそうじゃなくて!

「ちょっと待って下さい!新商品が取れるのはすっごくありがたいんですが、私新商品登録とか品揃え追加とか、パソコンの操作がまるっと全部分かってないんです。お手数ですが教えて頂けますか?」

「はぁ?そんなのも知らないで、貴女それでもコンビニ店長ですか?」

仕方ないじゃん。つい一年前まではただの家業手伝いの学生アルバイト、半年前までは名ばかりの店長もどきだったんだから。

「そう仰らずどうかお願い致します」

超丁寧にお願いしたのに、彼の返答はというと。

「お願いしますと、それだけですか?もっと物の頼み方ってのがあるでしょう?俺がどれだけそちらの為に奮闘したと思ってるんですか?優秀な俺はそちら以外にもたくさんの店舗を受け持っているんです。愚鈍な貴女に分かりやすく言ってあげると、つまりは俺は超多忙な訳です。そこんとこ、分かってます?分かってて感謝してるなら、それ相応の態度ってのがありますよね?とりあえず土下座くらいはして貰わないといけませんねぇ?」

ここぞとばかりにこの捲し立てである。はいはい、もうけっこう耐性ついてきたよ。

「はい、とっても感謝してますとも。異世界越しの電話越しに土下座なんかしても意味ないので、それはいつかのお楽しみってことにしておいて下さい。お忙しいならとにかく早く、新商品入荷の一連業務をさくっと教えて下さい」

どうだ、この成長っぷりは!私は電話の相手早寺さんに見えないのを良いことに、全力のドヤ顔をしておいた。



嫌味と暴言たっぷりの早寺さんの講習を終えてすぐ。私は今書き殴ったメモを片手に、かつてないほど真剣に事務所のパソコンと向かい合っていた。

「えっと、パソコンの……二番の品揃えのページ……ここからゴンドラを選んで新商品を追加して……これで品揃え登録されるんだよね……」

いつも以上に大袈裟な一人言と共に、パソコンの画面と読みにくいメモとの間の、視線の往復が忙しい。

「中食にドリンクにお菓子にカップ麺……多すぎでしょ、新商品たち……あれもこれも全部取る訳にはいかないよね、売場のスペース的にも、当店の環境的にも。え?対象商品を二つ買ったらクリアファイルをプレゼント?うちには関係ないな、異世界だし、販促物届かないし。この対象品は取らなくていいな…あ、タバコも丸々無視できる、ラッキー……お、このチョコ原価引き?昔取り扱いやめたやつだけど、復活させようかな?」

パソコンのメニューを閉じたり開いたりしながら、案内された新商品を取捨選択していく。なかなかに手間がかかる作業だ。おかげで口と頭がフル回転だよ。

「あれ、次はどのページだっけ…?よく分かんないな……」

新商品入荷とか品揃え整理とか、なんせ初めてやるんだもん。今までは前オーナー父さんとか現オーナー母さんがいつの間にか済ませている業務で、名ばかりの仮店長の出る幕はなかったんだもん。仕方ないよね。

「よーし、これで全部発注できた!パソコンとタブレットもお疲れ様だ……しかしこれから毎週この業務も追加されるのか……二十四時間営業しながらこの業務をしている他所のコンビニ店長さんたちって、凄いんだなぁ」


ちなみに同じブランド商品を卸している異世界二号店の新商品入荷は、私の独断で暫く見送ることに決定した。

「これで合ってるのかな…?他の定番商品と同じように納品数の入力が出来たから、合ってるんだよね…?でもちゃんと届くか自信ないなぁ……大丈夫かなぁ……」

元祖当店の新商品発注ですら、この不安たっぷりな有り様だからね。向こうの店長ラースさんに新商品の詳細を筆談で上手く伝えられる自信も、二店舗分のパソコン入力業務を滞りなく済ませられる自信もないのだ。

「まだ開店したばっかりのヒヨコちゃん店舗だし、慌ててラインナップを増やす必要もないでしょ。いずれでいいや、いずれで」

一気に色々始めようとするのは無謀すぎるからね。


こうして脳みそフル回転で新商品を発注し終えた翌日夜からの任務は、無事納品された新商品たちの居場所作りだ。店に来るのが今日初めての商品の売場など、当然あるはずがないからね。

「前SVから聞いた話だと、事前に棚を空けて売場を作っておく人もいるみたいだけど……私はどうも実物を手にしながらその場で売場作る方がしっくりくるんだよなぁ……商品のサイズが予想外で、用意した居場所に収まらないこともよくあるし」

それっぽい言い訳を一人大声で唱えている訳だけど、要はぶっつけ本番の方が得意ってだけだね。

「さて……今日の大問題君はカップ麺とドリンクだね……特に炭酸飲料が四種類もある……ただでさえキッツキツな売場をどう縮めよう?」

新商品というのは今週のイチオシ。値入れ率も抜群に良いし話題性バッチリな商品も多い。つまりはハリウッドスター、もしくは国民的アイドルグループのセンター的存在だ。

「まぁ一週間だけのスターだけどね。来週にはニュースターがやって来ちゃうから」

そんな新商品は、売場の棚で最も目に付きやすい高さに、多フェイスに広げて並べて、真っ赤な『新商品』のPOPを貼り……とにかく目立たせていきたいのだ。


「あー、このロイヤルミルクティーは当チェーンオリジナルブランドなのか……じゃあルイボスティーの隣にでもしよっかな」

ちなみにちゃんと、本部推奨の棚位置は定められてたりする。パソコンの週次フェイスというページに、ご丁寧に画像と表で見やすく分かりやすく表示してくれている。

しかしチェーン全店舗が定められたフェイス通りに寸分違わず売場を作るなんてのは不可能だ。店舗の広さも什器の形式も既存商品の種類も、何もかも違うのだから。

「うん、こんな感じかな。頑張ったぁ……綺麗だぁ……」

新人商品の居場所を決めて、先輩商品の場所を移動したり縮めたりして、スペースを空けて新人を並べる。

以前はこの業務を営業しながら頑張っていたけれど、今は違う。閉店して無人で無音の店内で、集中して取り組めるんだから。

「出来た頑張った!よし、帰ろ!明日のお客様の反応が楽しみだなぁ」

弾む心を抱きスキップしながら店裏手の自宅に戻った私は、三十分後には再び店に戻ってくることになる。

「いけないいけない、新商品の翻訳を忘れてた……日本語のままじゃ、エルフさんたちには商品名も味も特徴も通じないもんね。今更口頭PRするのも嫌だし。えっと、旅の成果ザッツブーフェはどこにしまったっけ……?」

未だに異世界仕様業務にはなかなか慣れません。


こうして頭と腕と時間を酷使して用意した新商品、総勢なんと約七十種類を揃えて、迎えた翌日。

「売場を見て回るのがこんなに楽しいなんて、すっかり忘れてたぜ。なんだか久々だな!おっ、なんだこのカップ麺?これも新アイテムか……へぇ、超超激辛……いいね、俺好みだ」

「アリ様、チーズいももちを一つお願いします!僕こそがこのホットケースを制覇した者だと自負していたというのに、まさか新顔が現れるだなんて!喜ぶべきか悔しがるべきか………」

こういうお客様の喜ばしい声もありつつ。

「長老様、いくらなんでも新アイテムを全て買い占めるのはやり過ぎですよ!!あたしだって、その新しいカフェラテ飲んでみたいのに!!」

「いやいや、まずはこの長老たる私が全ての新顔を試してみねば!この為に私は長老になったのだ!!みな大人しく明け渡しなさい!!!」

お客様同士のこんな醜い争いもあったりした。流石にお客様同士で新商品の取り合いをされるのは困るので、慌てて宥めに行きましたとも。

一日総じて、新商品たちは思った以上に大盛況だった。予想以上だ、新商品というステータスは。



「おお……一日の売上が、今までの1.5倍くらいある……客数は……そんなに変化ないな……あ、客単価が爆上がりしてるんだ、すごいな……ニューフェイスパワー恐ろしや……」

新商品がデビューして二日目の昼二時前。表はバイトのトラバーさんに任せて、事務所に籠り休憩兼事務作業に取りかかっていた私は、思わず声を上げてしまった。

「こんなに売れるなら発注も見直さなきゃ……ああそうだ、二号店に新商品を卸すのはいつからにしようかな…?」

パソコンのモニターを凝視した直後に、手元のタブレットを操作する。そんなザ・現代っ子みたいな二刀流を披露しながら、売上実績観察と発注を進めていく。

「あー……マジでよかった……」

カチカチ…ピッ…ピッピッ……カチカチカチ………ガラッ!

画面の中ばかりに夢中になっていたら、勢いよく事務所のドアが開いた。

「アリ様、レジヘルプを…………アリ様?!どうしたんですかっ?!どこか痛いんですか??!!」

「……え……?」

ドアを開けたそのまんまの体勢のトラバーさんの、なにやらすっとんきょうな声で、はじめて私は気がついた。自分が涙を流していることに。

「何か嫌なことがあったんですか?!誰が悪いんですか?僕が退治して来ましょうか?!」

「あ、いえ……すみません……何でもないです、大丈夫です」

私は知らない内に流れていた涙を急いで拭って、接客業で鍛えられたスマイルを発揮する。物騒な拳を構えて見せているトラバーさんを宥めて、一緒にレジに戻る。そして改めて、レジ中から売場をじっくりと見渡した。

目立つ所に新商品をビシッと並べた美しい棚に、熱心に働いてくれるバイトさんたち。それに何よりも、まるで子どものように無邪気な顔で未知数の商品を手に取る、お客様の楽しそうな顔。それが今のカインマート鈴浦店。

「これだ、これこそがコンビニの在るべき姿だよね……すごい、なんなら以前よりもよっぽどコンビニっぽい……嬉しい……頑張って良かったなぁ……」

ヤバい、またもや瞳が潤んできた。



それから二週間近くが経ち、私もバイトさんも常連客様もルーキー商品の登場に慣れてきた頃。

「アリ様、明日は新商品の日でしたよねぇ?今回はどんな商品が来るんですかぁ?次回の記事の為に是非教えて下さい!!」

お釣りを受け取って買い物袋を持って、あとは帰るだけの状態の雑誌記者ガゼータさんが、唐突に取材してきた。

「えっ?!えっと、内緒ですよ、内緒。お楽しみっていうアレです。是非明日もいらして、実物をご覧になって下さい!」

我ながらよくもまぁこんなにスラスラと舌が回るものだ。いきなり聞かれても、全然覚えてなかっただけなのにね。

「この僕には教えて下さいますよね?なにせ僕はこの店で最も有能な社員ですから!」

「え?トラバーさんまで…?仕方ないな……ちょっと待ってください……」

私は慌てて事務所に走り、発注用タブレットと黒マウスの魔具を取ってきた。いくらまだ売場作りを済ませてないからとはいえ、昨日発注入力を済ませたルーキーの詳細なんて覚えてられないもん。レジを打って納品便を並べてレジを打ってる間に、昨日の記憶なんてすっぽーんだよ。


お客様の目の前でタブレットをいじる私は、早寺さんに教わった新商品情報のページを開いて、適当に中食のページを選び、目ぼしいアイテムを急いで探す。

「じゃあえっと、本部イチオシのパンの話でも……。明日からは開発陣イチオシのスイーツパンが三つ来ます。ティラミス風とか焼きチョコとか、パンなのにデザートみたいな味わいだそうですよ。あとアイス売場では、去年私の国で大バズりしたアイスが再登場します!濃厚なバター味が絶品だと商品説明にも書いてあったので、楽しみにしていて下さい」

「デザートパン!あたし、ティラミス大好物なんですぅ!いっぱい買います!すぐに帰って記事にしなくちゃあ!それじゃあ!!」

間延びした喋り方とは真逆の素早い動きで、全力ダッシュで帰宅されたガゼータさん。彼女の反応を見ると、強気に発注しておいた昨日の自分を誉めたくなるね。

「バターアイス!楽しみですねぇ」

私の隣には、その濃厚な味を想像しているのか、目を閉じてうっとりとしているトラバーさん。新商品を楽しみにして思いを馳せてくれるのは嬉しいけど、ケースに並べ途中の揚げたてチキンを落とさないでくださいね。

毎週何かしらのニュースターが来てくれるおかげで、売場の品揃えを楽しみにして下さるお客様も増えたし、お客様との雑談のネタも増えたし、相対的に売上も増えた。新商品が並ぶ日とその翌日の営業は、エルフさん大集合大行列大混雑の、あの伝説の異世界営業開始日の売上に並ぶ勢いだ。

「カインマート鈴浦店異世界支店、いよいよもってコンビニらしさ百パーセントになれました!売上好調人気店の仲間入りです!」

え?煙草の販売や宅急便、代行収納やチケット発券がないからまだコンビニらしさが足りないって?そんなのは知りません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る